第186話 神殿の過去の所業と今
「魔剣でもあり、聖剣でもあるとは……何とも不思議な話だな」
ライトがああでもないこうでもない、と考えている間にレオニスが感心したように呟いた。
「レオニスさんはご存知なかったんですか?」
「ああ。俺はラグナ教の信徒ではないし、神殿に入るような用事も滅多にないからなぁ」
「そうなんだ……何でもご存知なんだと思ってました」
「つか、ここだけの話だぞ?俺、あの神殿苦手なんだ……そもそも神殿に良い思い出が全くないどころか、悪印象しかないんでな」
「えっ、そうなんですか!?」
少しだけ苦々しい顔をしながら、レオニスが頭をガリガリと掻く。
一方ネヴァンはレオニスの言葉に驚いていた。
「あの聖遺物のところで具合が悪くなる子が、十年に一度あるかないかの頻度で出るらしい」
「ライトも先日、ラグーン学園の社会見学の一環で神殿訪問の行事があったんだが、その時に神殿の中で体調崩して倒れてな。それで今日は聖遺物の話を聞きたくて、皆に来てもらったという次第なんだが」
「俺もかつてジョブの適性判断の時に具合悪くなったし、何より―――」
「あっ、それ私の学年の時もありました!」
レオニスがその理由を淡々と語っていると、その途中で龍虎双星の最年長者であるモルガーナが声を上げた。
モルガーナは現在19歳なので、ラグーン学園在籍中の出来事となると約10年くらい前のことであろう。
「モルガーナ、その時の話を聞かせてくれるか?」
「はい。私と同じクラスだった男の子が、神殿訪問の時に水晶の前で急に体調を崩しまして……倒れるとまではなりませんでしたが、急激な目眩が起きてしばらくその場から動けなくなったんです」
「その男の子は、今どうしている?」
「その子は……今はラグナ教の聖職者になっていて、何処かの地方に赴任しているはず、です……」
モルガーナは明らかに口調が重たくなり、その表情にも翳りを浮かべる。
普段快活なモルガーナが珍しく沈んだように暗い様子に、レオニスが問いかける。
「何か問題があったのか?」
「ええ……その子の家は代々薬師の家系で、当然その子が後を継ぐ予定だったんです。ですが……」
「神殿での体調不良の一件と、その後の十歳の時のジョブ適性判断でジョブ候補の中に【神聖治癒師】が出たことで事態が一変し、聖職者となって【神聖治癒師】を選ばざるを得なくなりました」
「というのも、神殿からの圧力が相当すごかったようで……自宅も兼ねていた薬屋のお店の方に日夜複数の司祭や司教が押しかけてきては居座って、その子に聖職者になるように延々と説得していったそうです」
当時の彼らの心境を思ってか、伏し目がちに話すモルガーナ。
ちなみに神殿でのジョブ適性判断というのは、必ずその場ですぐにどれかを選択しなければならない訳ではない。
もちろんその場で即決即断で決めてもいいのだが、複数の候補が出てきた場合には後日改めて神殿にてスクロールの授与を受けてもいいことになっている。
そして、特にコレ!と最初からなりたいジョブがあるのでなければ、複数の候補が出た場合には大抵は一旦保留にして結果を持ち帰り、家族や学園の先生達に相談してから後日正式に選択することがほとんどだという。
何故ならば、この世界においてジョブの決定は一生一度のことであり、一度その職に就けばその後一切変更することはできない。まさに己の今後の人生を大きく左右する、一世一代の重大な分岐点なのだ。
その分岐点において複数の道があるならば、家族や周囲の人間に相談したり存分に検討した上で決めるべきである、という理念のもと猶予が認められているのだろう。
ただし、その猶予も最大で一週間程度のものらしいが。
「本当にその子、将来薬師になってお店を継いでいくつもりだったんです。ご両親のような立派な薬師になりたいって、いつも言ってました」
「だから、十歳になったらすぐに冒険者登録して、薬草採取の依頼をこなしたいとも言っていたんです。私や他の友達にもいっしょに薬草採取しようね!って、楽しそうに話してたのに……」
「ジョブ適性判断で【神聖治癒師】が候補に出たことで、その日を境に何もかもが崩れてしまいました」
悲しげな顔で語るモルガーナ。
この話の場合、最終決定までに数日の猶予があることが逆に神殿からの猛烈な勧誘という災いとなったのだ。
「何度も何度も、いくら断ってもしつこく勧誘されたそうで……その子は『僕は薬師になってお店を継ぐから、神官になんてなれない』と言ったら、連中何て言ったと思います?」
「『お店は君の妹が継げばいいだろう』って言い放ったんですって」
「そんな言い種、酷いと思いません!?」
最初のうちこそ落ち込んだような暗い表情だったモルガーナだが、かつて身近に起きた出来事を語っていくうちに当時の怒りが沸々と湧いてきたのか、だんだんと憤慨した口調になってきた。
「神殿側としては、何が何でもとにかくその子をラグナ教に引き込みたかったようで……」
「最初は頑として受け入れなかった本人もご両親も、そのあまりのしつこさに辟易して最後には折れたようです」
「だから私、レオニスさんと同じように神殿にはあまり良い感情持ってません」
一頻り憤慨した後は、抱えていた鬱憤を全て吐き出して気が済んだのか声のトーンも落ち着いてきた。
その一方で、レオニスは相変わらず渋い顔をしていた。
「そうか……奴等のそういう強引な性根は変わってねぇんだな」
「俺が神殿に良い印象を持てないのも、モルガーナの話の同級生と同じようなもんだ」
「俺もジョブ適性判断時に候補がいくつも出て、その中に【回復導師】なんてちょっと珍しいものもあったもんだから、そりゃもうその後執拗にラグナ教への入信と【回復導師】を選択するように迫られてな」
「ま、俺はそんなもんになるつもりは全くなかったからずっと突っ撥ねたし、あまりに鬱陶しいからしばらく孤児院抜け出して家出状態でやり過ごしてから、七日目にとっとと【魔法剣闘士】を選択して終わらせたがな」
十歳で何日も家出とはかなりワイルドな話だが、そこはディーノ村ならではのド田舎的人情の厚さ。一晩くらいなら寝泊まりさせてくれる村人達がいたからこそできた、究極のゴリ押し技である。
「俺が【魔法剣闘士】になってからはさすがに執拗な入信勧誘もなくなったが、それでも神殿行く度に何かしら言われるんでな」
「神殿行くの嫌さに、回復魔法や解毒魔法を自力で必死に覚えたくらいだ。神殿でスクロールを買って覚えることはできなくても、遺跡やダンジョンで魔法の書を発見することで魔法は覚えられたからな」
苦々しい顔で、吐き捨てるように言うレオニス。
レオニスが得意の物理攻撃や魔法攻撃だけでなく、回復魔法やら何やら多数の補助系魔法まで使えるのは、過去にそういう背景があったからこその努力の結晶だったのだ―――ということを、ライトや龍虎双星のメンバーはこの時知った。
「レオニスさんも、すごく苦労してきたんですね……」
「まぁな……だが、俺は魔法の資質も高めだったし自力で何とか逃げられたが、そうじゃない者も多いだろう」
「そうですね……ネヴァンの場合は幸いにして自ら希望して回復師となりましたが、モルガーナの同級生のようなことも実は結構あることなのかもしれませんね」
「ああ。ただ、回復系のジョブを持つ者全部を根こそぎ取り込む訳ではないだろうがな。そんなことしたら街の診療所の回復師や薬師、冒険者の回復師なんかが一人もいなくなっちまう」
「言われてみればそうですね……やはり強力な回復系や治癒系のジョブを持つ者が、特に目をつけられやすいってことですかね?」
「そういうことだろうな」
「……そしたら、ぼくも将来そうなる可能性が高い、の?」
レオニス達の話に、ライトが不安そうな声で問うてきた。
確かにそれまでの話から考えると、現時点で既に相当魔力が高いライトはジョブ候補が多数挙がりそうだ。ジョブ候補が多数挙がるということは、回復系のレアなジョブも含まれる可能性もそれなりに高い。
また、それだけでなくレオニスや薬師の子同様に神殿内の水晶の壇の前で具合が悪くなり、倒れてしまっている。となると、ライトも彼らと同じ憂き目に遭うことは十二分に予想された。
「大丈夫、心配すんな。俺がそんなことはさせんから」
「……本当?」
「ああ。昔は俺もただのガキだったから、ラグナ教から逃げ回るしか方法がなかったが。そこそこの冒険者となった今なら、お前を守る後ろ盾くらいにはなれるさ」
「そうだよ、ライト君。サイサクス大陸一の英雄であるレオニスさんなら、ラグナ教といえども無理強いなんてできないよ」
「そうよね。ただの平民が神殿相手に抗うのはかなり厳しいけど、レオニスさんは金剛級冒険者ですもの。多方面に影響力があるわ」
「いくら神殿と言えど、養い親であるレオニスさんの意向を無視してゴリ押しできるとは思えないよなー」
レオニスが力強い言葉とともに、ライトの頭を優しく撫でる。そしてレオニスの言葉をクルトやモルガーナ、ガロンも肯定した。
彼らの言葉に、絶対的な証拠や確たる保証などない。だが、レオニスが金剛級冒険者でありその言動に多大な影響力があるのは、紛れもない事実である。
そこに、ネヴァンが申し訳なさそうにおずおずと口を開いた。
「あの……えっとね、神殿で昔そういうことがあったってのは、私も話に聞いて知ってる。でも、5年くらい前に今の総主教様の代になってからは、そういうのは控えるようにきつく言い渡されてる」
「そうなのか?」
「うん……神殿の権威を振り翳して無理強いするのは良くない、というのが今の総主教様の方針」
「そうなんだ……もう少し早くそうなってくれていれば良かったのに」
ネヴァンの話に、モルガーナが残念そうに呟く。
「でもまぁ、そういう方針になったならそれはそれで良い事だ」
「そうですね……良い方向に変わることに違いはないですから」
「だから……皆、あんまり神殿のこと嫌わないでほしい……前はそういう強引なこともしてたし、嫌なこと言ったり態度の悪い人は今でもいるけど……助けを求める人々のために、一生懸命頑張ってる人もたくさんいるから」
ネヴァンが涙ぐみながら訴える。
そんな健気なネヴァンの頭を、今度はクルトが優しく撫でた。
「そうだね。良い人もいれば悪い人もいる、何も神殿に限ったことじゃないよね」
「その頑張ってる人の中にはネヴァンもいるしね」
「そしたら今度俺も久しぶりに神殿行ってみるかな。もう何年も久しく訪れていないが」
「……!!」
ネヴァンの懸命な訴えが、皆の心に響いたのだろう。ネヴァンの言葉を受けて、クルトやヴァハ、レオニスがそれぞれに頷きながら言う。
皆の言葉に、それまで申し訳なさそうに俯いていたネヴァンは息を呑みながら顔を上げる。
ネヴァンの言うように、神殿も襟を正して悪しき慣習を抑えているのだとしたら、ライトも入信を無理強いされたりしないかもしれない。
皆に受け入れてもらえて喜びと安堵の涙を流すネヴァン同様に、ライトは彼らの言葉に少なからず安堵を覚えたのだった。
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孤児院時代の、家出を繰り返すレオニス少年。
まぁ今回の話のような、神殿の執拗な勧誘から逃げるための逃避行は致し方ないとしても、それ以外でもちょくちょく出奔してるでしょうねぇ。
こんなとんでもないやんちゃ坊主、当時のシスターは散々手を焼いてかなり苦労したでしょうねぇ……
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