第176話 準備万端

 その後結局、アイギス三姉妹はライトにラウル、マキシとともにラウル特製極上スイーツを堪能してからお店に帰っていった。

 ライトも一応レオニスに声をかけておこうと思い、カタポレンの家に一度戻ってみたのだが生憎レオニスは不在だった。


 アイギス三姉妹を玄関の外まで見送った後、ライトは屋敷の中に戻る。

 それからさほど時間の経たないうちに、レオニスが屋敷の玄関から入ってきた。


「あっ、レオ兄ちゃん。おかえりなさーい」

「お、ライトももう学園から帰ってたか。おかえりー」

「さっきまでカイさん達が来てたんだよー」

「おう、さっき門の手前でちょうど店に帰るところだった三人に会ったわ。フォルのための魔導具を早速届けてくれたんだってな」

「うん、とっても可愛いペンダントを持ってきてくれたんだ!」


 ライトの肩に乗ったフォル、その首に着けられたペンダントをレオニスは眺めた。


「おお、フォルによく似合ってるじゃないか。良いものを作ってもらってよかったな」

「うん!……あ、ところでさ、レオ兄ちゃん。ひとつ相談があるんだけどー……」

「ん?何だ?」


 ライトは先程脳内で考えついた『フォル用の魔導具の代金として、幻の鉱山で得た宝石類を少し分けてもらおう!大作戦』をレオニスに話す。


「そうだな。カイ姉達の作る品は、服だけでなくアクセサリーもまた超一流で人気絶大だしな」

「見たところ、このペンダントには宝石10個はついてるか。まぁ間違いなく良い値段するだろうなぁ」

「そういやライトにも幻の鉱山での手伝い賃、まだ何も出してなかったもんな。分かった、そしたら後日俺がアイギスに行ってカイ姉達に宝石選んでもらってくるわ」


 ライトの話を聞いたレオニスは、ライトのお願いに近い提案を快諾した。

 これでひとまず魔導具の代金支払いは一安心だ。


「ありがとう。レオ兄ちゃん、よろしくね」

「ああ、任せとけ」

「ところでレオ兄ちゃん、今日は珍しく玄関からこの家に入ってきたけど、どこか出かけてたの?」


 魔導具代金支払いの話がまとまったところで、ライトはふと疑問に思っていたことをレオニスに聞いてみた。


「ああ、今日はラグナロッツァの冒険者ギルドの方にちょっと用事があってな」

「何かあったの?」

「昨日の日曜日に例の品、アイテムバッグがマルクト地方のアドナイという町の冒険者ギルドに提出されたらしい」

「!!……それって、フェネぴょんが提出したの?」

「ああ」


 レオニスとフェネセンが共同で開発したアイテムバッグを、作者不詳の遺跡出土品として公的機関に提出するという計画が早くも実行開始されたようだ。

 フェネセンは大魔導師なので、本来ならば主たる所属である魔術師ギルドに提出するのが筋なのだが、マルクト地方にあるアドナイという町はディーノ村と大差ない辺鄙な田舎なので魔術師ギルドは設置されておらず、冒険者ギルドの小さな出張所しかないらしい。

 故に、フェネセンは冒険者ギルドの方に提出した、という訳だ。


 ちなみに魔術師は、その力の持つ特性上冒険者稼業を兼任している者も多いので、本所属である魔術師ギルトだけでなく冒険者ギルトの方にも登録していることが殆どだ。

 もちろんフェネセンも例外ではなく、魔術師ギルトに所属しつつ冒険者ギルトの方にも登録している。


「冒険者ギルドや魔術師ギルドだけでなく、鍛冶に薬師に商業その他諸々全ギルドで話題沸騰らしいぞ」

「そりゃそうなるだろうな、空間魔法陣を使えない人間でも同じものを使えるようになるかもしれない、となりゃあ話題にならん訳がない」

「歴史や生活を一気に変える、画期的な大発見ですもんねぇ」


 レオニスの話に、ラウルもマキシも頷いている。


「早くアイテムバッグが普及するといいねー」

「ああ、そのためにあれやこれやと細工したからな」

「ぼくも早くアイテムバッグ持ちたいなぁ」

「早ければ、一年後くらいには持てるようになるかもな。ま、そこら辺は魔術師ギルドの解析手腕にもよるし、まずは富裕層が手にしてから徐々に広まっていくんだろうがな」


 もとはといえば、ライトが空間魔法陣を使いたい!と言ったことから、アイテムバッグの研究開発が始まった。

 その発端であるライトに、一日でも早く還元されることを願うばかりである。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて、じゃあ早速このペンダントに魔法付与していくか」


 カタポレンの森の家に帰宅したライトとレオニスは、晩御飯を済ませた後にフォル用の魔導具として作ってもらったペンダントに魔法付与を施すことにした。

 ちなみに付与する魔法は、物理攻撃反射、火炎吸収、水氷反射、雷撃吸収、麻痺毒無効、石化無効、HP自動回復、位置追跡等である。


 フォルの首からペンダントを外し、レオニスは付与できる魔法をちゃちゃっと施していく。

 一通り付与した後、一息つきながら話し始める。


「さて、問題はここからだ。フォルに最も持たせたいのは、認識阻害魔法なんだが」

「認識阻害魔法は基本的に王家、このアクシーディア公国で言えばラグナ大公直系のみが使う、門外不出の秘匿魔術なんだよなぁ」

「えっ、そうなの?」


 初めて聞く話に、ライトはびっくりした。

 認識阻害とはその文字通り、対象者への認識を主に視覚的な面で阻害して正しく捉えさせない魔法である。

 何故にフォルにそんなものを最も持たせたいかと問われれば、伝説の幻獣カーバンクルであるということを伏せたいがために尽きる。


「主に王族がお忍びで城下に出かける時とか、公務での移動中などに認識阻害をかけておくんだと。まぁ確かにそうしておけば命を狙われる危険性はかなり減らせるし、警備の負担も軽くなるからな」

「だがそれ以外にも、認識阻害魔法を王族のみの門外不出にする理由はあってな」


 レオニスが小さなため息をつきながら、その理由をライトに語って聞かせる。


「この認識阻害魔法ってのも、実は転移門と同様でな。悪人に利用されたら洒落にならんから、積極的に広めることはできないんだ」

「というか、転移門の場合は普及の恩恵も莫大だが、悪用された時の危険性以外に運用面で費用が高くつくせいもあるから大々的に広められないってだけで、もし普及すればその利益は全ての者に平等に発生するんだ」

「だが、認識阻害なんてもんは普通に生きてる大多数の者にとっちゃ全く必要のない魔法だからな。身分や素性を隠したい人間以外に、使う利点なんぞこれっぽっちもないし」

「転移門は利害両方あって一長一短だが、認識阻害はほぼ百害あって一利なし、なんだ」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 前世の現代日本には、人に見られない利点として個人情報やプライバシーの保護という観点が挙げられるが、この世界にはプライバシー云々などそこまで声高に語られるような権利ではない。

 それに、もし凶悪犯が認識阻害魔法を自分自身や仲間に簡単にかけられるようになったら、それこそ逃亡し放題の野放しになって悪党が跳梁跋扈する世紀末な世界になってしまう。


「んー……とりあえず、隠密魔法を残りの二枠両方に入れとくか……」

「認識阻害ほどの強力な効果は望めないが、それでも魔力の低い者にはその存在を全く感知できなくなるし」

「感知できるほどの魔力持ちでも、二つ重ねてつければ相当気配も薄れて分かりにくくなるはずだ」

「でもってこれらはラグナロッツァ内だけでなく、カタポレンの森の中でも通用する。余程強力な魔物や高位の存在でもなければ、フォルの存在を捉えられず素通りするだろう」


 これで十個の宝石全部に付与魔法を施したことになる。


「この先他にも施したい付与魔法が出てきたら、ペンダントヘッドなりチャームなりで追加していくことにしよう」

「ライトももし何か思いついたら、すぐに言えよ。俺ができるものならいつでもしてやるし、もし俺ができない類いのものでも付与できそうな人を探してくるから」

「うん、分かったー。レオ兄ちゃん、ありがとう!」


 ライトの膝の上にちょこんと座っているフォルの頭を撫でながら、ライトはレオニスに礼を言った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「よし、これでフォルを使い魔としてお出かけに送り出すことができるぞ!」


 ペンダントへの魔法付与の作業を終えて一段落したレオニスが風呂に入った隙に、ライトはガッツポーズを取る。

 使い魔の卵から生まれたフォルが、そのか弱さを魔導具で克服して本来の使命である【旅に出る】を行使できるようになったのだから、ライトが歓喜するのも無理はない。


 だが、窓の外は既に真っ暗闇。いくら早く旅に出したいといっても、さすがにこんな夜遅くに出す訳にはいかない。


「フォル、明日の朝になったら外にお出かけしていいからね。今日はもういっしょに寝ようね」

「フィィ」


 フォルの喉をさわさわと撫でるライトに、目を細めて気持ち良さそうな仕草をするフォル。

 明日の朝が待ち遠しいライトであった。





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 文中にも書きましたが、認識を阻害する魔法なんてあったらいくらでも悪用されそうで怖いですよねぇ。それこそ泥棒入り放題の盗聴盗撮し放題のいたずらし放題の……って、作者の考える悪用レベルは非常にみみっちい……

 まぁ現代社会でも凶悪犯が整形して市井に紛れて逃亡し続ける、とかありますもんねぇ。故に、如何に魔法のあるファンタジー世界でも法と秩序は大事!ということで門外不出の王族専用魔法にしちゃいました。

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