第175話 フォル専用の魔導具

 ラグナ神殿。その正式名称は『ラグナ教主教座聖堂』という。

 ラグナ教はアクシーディア公国を中心とした大陸全土に教区を持つ、世界有数の宗教組織である。

 神の御座す神殿と礼拝施設を指す聖堂とは、本来の意味からすると別物らしい。だが、この世界のラグナ教は人々にジョブを授けるという神殿的な役割も担っているため、聖堂の中に神殿が同居しているような形となっているのだろう。


 ライトはジョブの話の流れで神殿の存在は知っていたが、その本丸の組織のことまでは今まで詳しく聞いたことはなかった。

 レオニスがライトにジョブの話をする時に、ただ単に神殿としか言わなかったことからも分かる通り『神殿=ラグナ教』という絶対的な図式が人々の意識の中にある。

 それほどまでにラグナ教とは人々の中に溶け込んでいる、という証である。


 ちょっと前まで、カタポレンの森から一歩も出ることのなかったライト。当然のことながら今までラグナ神殿に行ったことは一度もないが、いずれはジョブの適正判断のために神殿を訪れる日が来るだろう。

 その日が来る前に一度は神殿を見に行きたい、とライトは常々考えていた。

 故に、ラグーン学園の社会見学という授業の一環で訪ねることができるという。まさに渡りに舟である。


 ラグーン学園初等部の見学訪問で、果たしてどこまで見れるのか、どこまで見せてもらえるものなのか。

 それは当日になってみないと何とも分からないが、少なくともライトにとってはラグナ教とラグナ神殿を知る良い機会になることは間違いない。


 何らかの理由により滅亡したアヴェルブ教。

 その旧教亡き後、アクシーディア公国で栄華を誇るラグナ教。

 その二つの違いは何なのか、そしてできればジョブの適正判断の儀式などももっとよく知りたい。

 今週の金曜日が楽しみになってきたライトだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その日の授業を無事終えて、ライトがラグナロッツァの屋敷に帰宅する。

 いつものように玄関から真っ直ぐ二階に行き、制服から私服に着替えてラウル達がいるであろう食堂に顔を出す。

 するとそこには、アイギス三姉妹の姿があった。


「ラウル、マキシ君、フォル、ただいまー。……あ、カイさんにセイさんにメイさん、いらっしゃってたんですね」

「あ、ライト君。おかえりなさーい」

「お邪魔してまーす」

「三人で押しかけちゃって、ごめんなさいね」

「いいえ、皆さんならいつでも大歓迎ですよ!ところで今日はどうしたんですか?」


 ライトが食堂に入るなり、ラウルの肩からライトの頭の上にピョイッ、と移動したフォル。

 三姉妹の突然の訪問に、フォルを頭に乗せたライトが質問してみる。


「昨日、フォルちゃんの護身用の魔導具製作の依頼の話があったでしょ?」

「はい、もしかしてもうできたんですか?」

「ええ、首にかけるペンダントにしてみたの。ベースは人間用のブレスレットなんだけど、それに長さをもうちょっと足してゆったりめに余裕を持たせてね」

「ペンダントなら装着も手軽で長さの調節もできるし、付与魔法用のパーツの増減もしやすいからちょうどいいと思ってね」

「ありがとうございます!」

「この手のアクセサリーなら私達の得意分野だから、すぐに作っちゃった。で、今日はその品をフォルちゃんに実際に着けてもらって、サイズの確認をしたくてこちらにお邪魔したの」


 フォル用の魔導具が入っているであろう綺麗な小箱を、セイが鞄から取り出してテーブルの上に置く。

 小箱を自分の目の前に置かれたライトは、箱の蓋をそっと開ける。

 すると、中にはとても愛らしいフォル専用ペンダントが納められていた。


「うわぁ……すごく可愛い!」

「早速だけど、フォルちゃんに着けてみていいかしら?」

「はい、お願いします!」


 ライトは頭の上にいたフォルを手でそっと捕まえて、テーブルの上に降ろす。

 そしてフォルの頭を指でさわさわと撫でながら、ライトはフォルに言い聞かせるように語りかける。


「フォル、今からカイさんにフォルのためのペンダントを着けてもらうからね。良い子だから、おとなしくしててね?」

「キュ?」

「うん、フォルはお利口さんだね。じゃあ、カイさん、お願いします」


 ライトの言葉を受けて、カイがフォルの首にネックレスをかけて首の後ろを留め具で繋ぐ。

 首輪のようにカッチリと留めると息苦しくなりそうなので、本当のネックレスのようにゆったりとした感じで留めてもらう。


 フォル専用に用意されたそれは、コネクター状のラインストーンを繋げた人間用のブレスレットだ。

 その両端をアジャスターチェーンと引き輪で留めることで、長さを調節できる仕様になっている。

 実際小動物のような体格のフォルならば、人間用のブレスレットをネックレスにしても全く問題はないだろう。


 そして、最も注目すべきはラインストーンである。

 一つだけかなり真紅の大粒のものがあり、他も小粒ではあるが透明度の高い紅、蒼、翠、様々な色の石がバランス良く配合されている。

 ラインストーンと言えば、通常は色付きのクリスタルガラスもしくはプラスチックや樹脂製になるのだが、アイギスで作る品々に安物が使われていることなどあり得ない。


 ちなみにライトは前世も今世も男として生まれたが、前世ではミサンガを極めたミサンガマイスターという地位?を独学で得ていたため、ミサンガ以外にも手芸全般の知識は一通り持っていた。

 それ故アクセサリーのことも多少は分かるライト、今目の前のフォルに着けられている綺麗な石のお値段が非常に気にかかるところである。


 ライトはおそるおそる、カイに聞いてみた。


「あのー、カイさん……このネックレスに使われている色とりどりの石は……」

「ええ、このルビーやエメラルド、サファイアは付与魔法用に組み入れたのよ。魔法の付与はレオちゃんにお任せだから、どの防御魔法を付与するかはライト君とレオちゃんで話し合って決めてね」

「ヒョエッ、ルビーにエメラルド、サファイア……」


 宝石界における貴族か重鎮かというくらいに有名な、それらの名を聞いただけでライトは目眩がしてきた。


 いくら小粒だからって、そんなお高級品をふんだんに使われたらこのネックレスのお値段は一体おいくら万Gするの?

 アイギス品質とブランド価値を加えたら、絶対に5桁G突破してるよね?

 それもう俺がミサンガベースの御守や装飾紐を商取引で収めても、何百本も作らなきゃ補填できなくね?


 製作代金の支払いのことを考えると、ますます目がクラクラするライトだったが、ふと幻の鉱山のことを思い出す。

 あの幻の金属と言われたヒヒイロカネですら、幻の鉱山での水晶採掘ついでにかなりの量を確保できていたのだ。

 ならばルビーやエメラルド、サファイアだってヒヒイロカネ以上の量を採掘していたはずである。


 というか、レオニスが幻のツルハシ・ニュースペシャルバージョンで幻の鉱山の岩肌をガンガン切り崩し、切り崩された傍から金属類や宝石類に変化したものをガンガン拾って空間魔法陣に放り込んでいたのは、他ならぬライトだ。

 あの時の記憶では、色とりどりの宝石類も片っ端から拾い集めた覚えがある。


 ……よし。今回だけはあの時の幻の鉱山で拾った宝石類を、レオ兄から少し分けてもらおう!

 なーに、あの時のバイト代と思えば多少は分け前いただいても罰は当たらんだろう!……多分。

 つか、この魔導具ペンダントの代金を俺の御守装飾紐作りバイトだけで賄うとか、やっぱ無理無理無理ゲー!


 自身を救う妙案を思いついたライト、早速カイに交渉することにした。


「……カイさん、そしたらこのフォル用の魔導具のお代は後日、同等の宝石類をカイさん達に選んでもらってそれを受け取っていただく、という形にしてもらってもいいですか?」

「もちろんそれでもいいわよ」

「ありがとうございます!」


 魔導具の代金の目処がついたことで安堵したライトは、改めてフォルに着けたネックレスを眺める。

 顎の真下にある中央部に一際大きな紅玉があり、左右対称に5個づつ並べられていて、図にすると次のような配色になっている。



 蒼―翠―紅―蒼―翠―【紅玉】―翠―蒼―紅―翠―蒼



 中央にある一番大きな紅玉が、フォルの胸元でよく映える。

 真ん中に大粒の紅玉を配置したのは、やはりカーバンクルの象徴である額の真紅の宝石をイメージしたものなのだろうか?


「フォルのためにこんな素敵な魔導具を作ってもらえて、本当に嬉しいです」

「どういたしまして。私達もフォルちゃんの身を守るためのものを作れて、とても嬉しいわ」

「それに、カーバンクルは幸運を運んでくる幻獣として有名ですもの。私達もその幸運に肖れたらありがたいし」

「でもまぁ、何てったってフォルちゃんの可愛らしさに比べたら……」

「「「ねぇーーー?」」」


 メイの言葉の最後の部分、「ねぇーーー?」をアイギス三姉妹が顔を見合わせながらハモるように口にした。


「結局私達、フォルちゃんの可愛らしさにメロメロなのよ」

「もちろん他ならぬライト君からの依頼ってのもあるけれど」

「可愛いフォルちゃんが、私達の作ったアクセサリーでさらに可愛さに磨きがかかるんですもの!」


 三姉妹はこぞって興奮気味に話し始める。

 ここでライトは、ふと思ったことを三人に聞いてみた。


「でも……三人もこっちに来ちゃって、お店の方は大丈夫なんですか?」


 それまでキャイキャイと賑やかに話していたアイギス三姉妹が、ピタリと動きを止めた。


「え、ええ、最初は私達も誰か一人出向けば済むと思っていたのよ?でも……」

「全員、どーーーしてもフォルちゃんがアクセサリーを着けたところを見たくて……」

「誰がその一人になるか、結局決められなかったのよ……」


 三人してモジモジしながら、気恥ずかしそうにその理由を教えてくれた。

 確かに、もしこれがレオニス・ラウル・マキシの三人だった場合でも、壮絶な取っ組み合いによる選抜戦に突入しそうである。

 だが、アイギス三姉妹は話し合いの末?に三人全員で訪れるという平和的解決方法を取ったあたり、同じフォル信者でも穏健派と言えるだろう。

 ただし、店は臨時閉店という別の意味で強引な力技を行使してはいるのだが。


「じゃあ、せっかくカイさん達にも来ていただいたんですから、今から皆でおやつにしましょうか。ラウル、お願いできる?」

「もちろんだとも。今から支度してくるわ」

「まぁ、ラウルさん特製のおやつまでいただけるの?」

「私達のアクセサリーを着けたフォルちゃんの可愛らしい姿も見れたのに、さらに素敵なお茶会までいただけるなんて」

「早速私達にもフォルちゃんの幸運のおすそ分けが来たのね!」


 ラウル特製おやつと聞き、アイギス三姉妹がパァッ!と明るい笑顔になりながら大喜びする。

 あー、これはレオ兄が後で聞いたら絶対に悔しがるやつだよなー、どうしよう、今からでも呼ぶべきかしら?


 喜ぶ三姉妹の横で、密かに悩むライトだった。





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 フォル用の魔導具アクセサリー。ラインストーンだとかコネクターだとか、ファッション通の人やアクセサリー作りするような人くらいにしか分からない半ば専門用語ですよねぇ。でも、文章として文字にして表すとなるとどうしてもそうならざるを得ないという……


 このままではイメージがなかなか伝わりにくいと思うので、何か伝えやすいような例えられる品とかないかなー、と探してみましたら。「シャネルストーン」で検索して出てくる画像類がイメージ的に最も近いですかね。……思いっきり某超有名海外ブランドの名を冠していますが。

 他に一般的な呼称を使ったものとして「フレームストーン」なんて呼び方もあるようですね。

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