第174話 週明けの風景

 目出度くライトの副業が決まった翌日の月曜日。

 今日からまたラグーン学園生として、その本分である勉学に励む一週間の始まりである。


 昨日使い魔の卵から孵化したばかりのフォルは、まだ護身用の魔導具がないのでひとまずラグナロッツァまで連れて行き、ライトが学園に行っている間ラウルとマキシに見てもらうことになった。


「ラウル、マキシ君、申し訳ないけどぼくが帰ってくるまでフォルのことよろしくね」

「申し訳なくなんかないぞ、フォルの世話ならいくらでも引き受けるからな」

「うん、ぼくもラウルといっしょにフォルちゃんのこと見てますから、ライト君は安心して学園で勉強してくださいね!」


 さすがフォル信者第一号第二号、何をどう言わずともお世話係という任務を全うする気満々である。

 ライトは手のひらにフォルを乗せながら、フォルに語りかける。


「フォル、ラウルとマキシ君の言うことをちゃんと聞いて、おとなしくしててね?」

「ぼくも学園の授業終わったらすぐに帰ってくるからね、それまでお利口さんで待っててね?」


 幻獣に言葉が通じているのかどうか定かではないが、それでも言葉に出して言い聞かせてしまうのは人の性というものか。

 当のフォルは、つぶらな瞳でライトを見つめながらキュゥン、と軽く鳴く。それはまるで、主であるライトに向かって「はぁい」と返事をしたかのようだ。


 その反則的なまでに愛らしい仕草に、思いっきり胸を射抜かれるライト。

 仰け反るライトの、クゥッ!という小さな呻き声とともに、バギューーーン!という効果音がどこからともなく聞こえてきた、気がする。


「ハァ、ハァ……と、とりあえず、ラウル、マキシ君、後はよろしくね……」

「おう、任せとけ。いってらっしゃーい」

「ライト君もお気をつけてー」


 ライトはフォルをラウルに渡し、ラウル達に見送られながらラグーン学園に向かっていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 さて、ここらでライトの学園生活について少し触れておこう。

 ラグーン学園初等部に一年生として通い始めたライトが、今どんなことを学んでいるのか。

 それは文字の読み書きや算術など基礎教養が主体で、他には体力作りのための体育や体術、魔法学の基礎などを授業で勉強している。


 初等部には8歳から10歳の子供が通う。

 ジョブの適性判断は早くて10歳からなので、まだ専門的な授業やクラス分けなどはなされていない。

 まずはその前段階として、全員が文字の読み書きや簡単な四則演算をきっちりと学ぶのだ。


 そして体術や魔法学の基礎も全員が学ぶ。これも子供一人一人の適性を、子供自身と周囲がきちんと把握していくためのものだ。

 特定の稼業を持つ家に生まれた子供ならば、将来の進路もほぼ確定しているだろうが、それでも全員一通り同じ授業を学んでいく。

 たとえ継ぐべき稼業があろうとも、必ずしもそれだけが進む道ではない。他に群を抜く才があるならば、それを見出してやるのも教育者の務めである―――そう提唱したのが今の理事長オラシオンであり、その理念を色濃く反映したカリキュラムになっているのだ。


 ちなみにこのラグーン学園には貴族も通っているが、基本的に男爵や子爵の子が多く伯爵家や侯爵家の子は少ない。

 伯爵以上の爵位を持つより身分の高い貴族は、ラグーン学園とは別の貴族学院なる王侯貴族専用の学校に通わせるのが常識だそうだ。

 ただし、ライトのご近所さんにして同級生のハリエットのウォーベック家は跡取り息子もラグーン学園に通わせているが。

 こうした例は極稀だが、そこら辺はひとえに両親である現当主の意向が大きいようである。


 そんな訳で、由緒ある名門校ラグーン学園の現在は貴賎問わず学べる場となっていた。

 前世でゲームやラノベ、漫画やアニメといったサブカルチャー好きだったライトとしては安堵の一言に尽きる。

 入学初日に同級生にも聞いていた通り、もしサブカル世界みたく貴族と平民の身分格差がとんでもなく開いていて、虐めの標的にされたらどうしよう……という不安があったからだ。

 オラシオンのおかげで平穏な学園生活が送れるというのは、ライトにとって実にありがたいことだった。


 10分ほど歩いてラグーン学園の貴族門に着いたライトは、門番をしている衛兵に声をかける。


「おはようございます」


 いつもライトから挨拶をしているが、目礼のみで言葉を発さない職務に忠実な衛兵だ。

 だが、今日はそのまま通る訳にはいかなかった。


「衛兵さん、先週の金曜日はお世話になりました」

「これは、その時のお礼です。もしよかったら、衛兵の皆さんで食べてください」


 そう言いながら、ライトはクッキーの入った袋を衛兵に手渡す。

 そのクッキーはもちろんラウルのお手製だ。

 そして、先週の金曜日に世話になった云々は、フェネセンが貴族門の入口に座り込んで梃子でも動かなかった件である。


「ああ、あの時のことか……俺達は自分の仕事を全うしただけのことだが……気遣い、ありがたくいただくことにしよう」

「いえ、皆さんがちゃんとお仕事してくれているからこそ、ぼく達も安心して学園に通うことができてますから。いつもありがとうございます」


 ライトはペコリと頭を下げた。

 そんなライトの姿を、少しびっくりしたように見つめる衛兵。

 門を潜る子供達と、普段は会話を交わすことなど殆どないのだろう。ましてや面と向かって礼を言われることなど、一度もなかったに違いない。

 びっくりした後、少しだけ照れ臭そうな笑顔になる衛兵。

 そんな衛兵の表情を見て、ライトはニコニコしながら言う。


「これからもお仕事頑張ってくださいね!」


 ライト再び一礼して、ラグーン学園の中に入っていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライトは一年A組の教室に入り、自分の机に着き鞄を置いたり授業の準備などをしている。

 週明けの教室は賑やかで、休みの土日に何をしてたかなどの会話があちこちで交わされている。


「ライト君、おはよー!」

「イヴリンさん、おはよう」

「あっ、ジョゼが来た、ジョゼおはよー!」

「おはよう、イヴリン。今日も元気だね」

「うん、元気は私の一番の取り柄だからね!あっ、リリィちゃんもおはよー!」

「イヴリンちゃん、おはよー!」


 以前ライトといっしょに市場を案内してくれた同級生達、イヴリンやジョゼが教室に入ってくるなりライトに挨拶をしてくれる。

 転入生だったライトも、クラスの一員としてすっかり馴染んでいるようだ。

 少し遅れて、ハリエットも教室に入ってきてライトのひとつ前の自分の席に座る。


「ハリエットさん、おはよう」

「ライト君、おはようございます」


 優雅な仕草と穏やかな笑顔で、ライトに挨拶を返してくれるハリエット。彼女はウォーベック伯爵家の長女で、正真正銘上流階級の子女である。

 だが、彼女の両親である当代のウォーベック伯爵夫妻は『平民の暮らしをよく知るためにラグーン学園に通うべし』という教育方針のようで、彼女の兄の嫡男ウィルフレッドもラグーン学園中等部に通っている。

 貴族と呼ばれる人々もピンキリで、こういう気さくな人達が多いといいのになぁ、とライトは思う。


 皆でわいわいと過ごしていると、担任のフレデリクが教室に入ってきた。

 子供達は自分の席に座り、先生の言葉を待つ。


「皆さん、おはようございます」

「「「おはようございまーす」」」


 こうしてラグーン学園での一日が始まっていくのだ。

 フレデリクは生徒の出席を確認した後、今週の行事の予定を話していく。


「今週の金曜日の午前は、社会見学としてラグナ神殿訪問を行います」

「筆記用具以外に特に必要なものはありません」

「当日雨が降っていても訪問の中止はしませんので、朝の天気により雨具など各自用意してください」

「今から配るプリントに詳しいことが書いてありますので、お父さんやお母さんにも見せておいてくださいね」


 フレデリクが説明しながら、プリントを配っていく。

 生徒達は、配られたプリントを机の引き出しの中に仕舞う。


「では、一時間目の授業を始めます」


 フレデリクの合図により、午前中の授業が始まっていった。





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 昔々も大昔、作者が保育園児や小学生低学年だった頃。

 母によくお花を差し入れとして持っていかされました。

 今となっては、それが親心からくるものだということがよく分かります。我が子が日頃お世話になっている保育園や学校、先生方への純粋なお礼とともに、

「これからもうちの子のことをよろしくお願いしますね」

というメッセージが込められた、親が子を思う故の行動であるということを。


 ですが、当の子供である私はそれが嫌で嫌で。『先生に何か品物を渡す』という行為全般が恥ずかしくてたまりませんでした。

 子供の頃って、何であんなにも恥ずかしがり屋だったんでしょうね?

 我ながら本当に謎いし、当時親子など全く理解できなかった自分自身が情けないです。まぁそれも、歳食って図太くなった今だからこそ分かることなのですが。

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