第148話 次こそは

 ラグナロッツァの屋敷で皆と楽しいひと時を過ごしたライトは、レオニスとともにカタポレンの家に戻る。

 ここ最近はレオニスの研究の邪魔をしないように、ご飯だけはカタポレンでレオニスとともに食べて就寝はラグナロッツァの家と分けて行動していたのだが。

 今日は土曜日で、念願の氷の洞窟への日帰り旅行を果たしたということもあり、今日くらいはいつもの慣れたカタポレンの家で寝泊まりしようか、ということになったのだ。

 ライトも初めての遠出をしたので、ベッドに入ってしまえばすぐに夢の中だろう。


「ライト、今日は一日出かけたんだから寝る前にひと風呂浴びてこいよー」

「はぁーい」


 レオニスに言われた通り、冷えない程度に風呂で温まりつつ日帰り旅行の汗を洗い流す。風呂上がりにはいつも通り、レオニスに髪を乾かしてもらうライト。

 乾かし終えた後、ライトは思い出したように自分の部屋に戻り、レオニスのために買った例の土産を持ってきた。


「そういえばね、レオ兄ちゃんにもお土産買ってきたんだよ!」

「おっ、そうなのか?それは嬉しいな、何買ってきてくれたんだ?」

「えへへ、えーとねぇ、これ!」


 ライトは大人の手のひら大の革袋をレオニスに差し出す。


「ん?これ、何だ?」

「氷の洞窟にしかいないアイスライムの粘液を使って作られた、氷嚢だよ!」

「おお、氷嚢か。こりゃまた珍しいもんを……確かにアイスライムってのは、氷の洞窟にしか棲息しない魔物だもんな」

「しかもねぇ、これ、ただの氷嚢じゃないんだよ?」

「んー?……そうなのか?ただの氷嚢とどう違うんだ?」


 ライトからお土産として手渡された手のひらサイズの特殊氷嚢を、持ち上げたり表裏を見返したりしながら繁繁と眺めつつ、ライトに問うレオニス。

 特殊氷嚢のことを知らなさそうなレオニスのその様子に、鼻高々にフンスと鼻息も荒く胸を張りながらライトが答える。


「それはねぇ……」

「……それは?」

「ななな何と!」

「……何と?」

「アイスライムの変異体から採取された粘液で、普通の氷嚢の10倍以上の強力な特殊氷嚢なんだよ!」

「……10倍以上!……って、それ、すごい、のか?」


 レオニスが、ツェリザークでのライトと全く同じような挙動になる。

 確かにその解説だけならば、レオニスにもそのすごさはイマイチ伝わりきらないだろう。


「最初にその特殊氷嚢のことを教えてくれた、氷蟹売りのおじさんによるとね?一度完全に凍らせたら、何もしなくてもその冷たさが最低でも三ヶ月以上は保つんだって」

「ほうほう」

「ツェリザークなら余裕で半年以上は保つし、そのおじさんの知り合いがラグナロッツァまで行くってんで試しに持たせていったら、ななな何と!」

「何と!?」

「あのノーヴェ砂漠を通る最中ですら、完全に溶けきることなくラグナロッツァまで冷たさを保ったんだって!」

「何ソレすげぇ!!」


 ライトの語り口が何やら前世で言うところの、TVショッピング番組の司会者トークのようになってきている。

 だがその物販トークもどきのプレゼンのおかげか、ようやくレオニスにも特殊氷嚢の素晴らしさが伝わったようだ。


「氷蟹売りのおじさんからもらった特殊氷嚢は、これよりもう少し大きくてね。フェネぴょんがとっても欲しがったから、そっちはフェネぴょんにあげちゃったんだけど」

「レオ兄ちゃんにも同じものをお土産にしたくて、他のお店で買ってきたの」

「ほら、レオ兄ちゃんも冒険者だから、討伐や依頼でノーヴェ砂漠に行くこともあるんじゃないかと思ってさ」

「使うならやっぱり夏だと思うし、もうすぐ冬になるから当分は出番なさそうだけど……いつか使ってくれると嬉しいな」


 お土産の説明をしながら、もじもじとはにかみつつレオニスに使ってほしいと懇願するライト。

 レオニスからしてみれば、ライトがくれるものなら何だって嬉しいし喜ぶに違いない。ライトもそう思いつつ、実際にこうして何処かへ出かけて購入してきたお土産を渡すなど、今日が初めてのことなのだ。


 食べ物などの消え物とは別に、長く使ってもらえそうなもの。そして、大抵のものならばその財力で買えてしまうであろうレオニスにとっても、何か珍しく思ってもらえるような品をお土産にしたかったライト。

 ライトのそんな気持ちが伝わったのか、レオニスはとても嬉しそうにライトの頭を撫でた。


「ライト、ありがとう。こんな珍しいもの買ってきてくれるなんて、思ってもいなかった」

「えへへへ……あッ……でも……」

「ん?どうした?」


 レオニスに喜んでもらえて嬉しかったライト、何かを思い出したようで突然顔を強張らせながら俯いた。

 突然の表情の変わりように、何事かとレオニスは心配そうにライトの顔を覗き込む。


「んーとね、さっきの氷蟹とかアイギスのカイさん達へのお土産とか、かなり買っちゃって……レオ兄ちゃんからもらったお土産用のお小遣い、ほとんど使い切っちゃった……」

「お財布にあんなにたくさん入ってたから、絶対に足りると思ったんだけど……」

「残った分はレオ兄ちゃんに返すつもりだったのに、もう全然残ってないの……ごめんなさい……」


 確かに、ライトの財布には10万G以上のお金が入っていた。それはライトの予想通りで、ラウルから氷蟹の買付けを頼まれたライトのためにレオニスが多めに持たせたものだ。

 10万G以上と言えば、日本円にして100万円以上になる。

 そんな大金のほとんどを使い切ってしまったことを、ライトは申し訳なく思いレオニスに謝ったのだ。


「……なーんだ、そんなことか」


 レオニスは苦笑いしながら、安堵したように言葉を洩らす。


「俺がお前に持たせてやったんだから、使い切ったところで何の問題がある?」

「え……でも、10万G以上はあったよ?」

「そりゃラウルから土産に氷蟹頼まれたってんなら、それくらい持たせておくさ。そもそも氷蟹なんて、端から高級食材だってこと分かってるしな」

「うん、それはそうなんだけど……」

「小遣いのことに関しては気にするな。それよりだな……」

「……それより?」


 これ以上ライトが小遣いのことで気に病まないよう、レオニスが話題を変える。


「最初、お前が氷の洞窟に行きたいって聞いた時には、アルに会いに行くためとはいえ正直不安しかなかったが……」

「とても楽しかったようで、本当に良かったな」

「今回はどーーーしても俺の都合がつかなんだから、クレアとフェネセンに護衛を任さざるを得なかったことだけが本当に、本ッッッ当ーーーに残念無念でならないが……」


 俯き加減に目を閉じ眉間に皺を寄せ、グググ……と拳を握りしめながらギリギリと歯軋りまでしつつ、心の底から悔しそうに唸るレオニス。


「だが……今日の経験は、ライトにとっても大きく成長できる良い経験になったと思う」

「そして、次こそは……俺といっしょに冒険行こうな!」


 突然ライトをガシッ!と捕まえて、高く抱き上げたレオニス。

 高い高いされた格好のライトは、驚きつつもそのプチサプライズに喜ぶ。


「きゃっ!レオ兄ちゃん、ちょッ、きゃー!きゃはははッ!」

「うん、次は絶対にレオ兄ちゃんと冒険するー!」

「レオ兄ちゃんだけじゃなくて、ラウルやアルやイード達ともいっしょに冒険したーい!」

「皆と世界中回りたーい!」


 前世では橘 光として、この世界を模したブレイブクライムオンラインというゲームで散々冒険してきたライトだが、それはいつも画面越しだった。

 だが、今は違う。目の前に広がる大地、空、森林、山河、その全てが色付く現実で、肌身に触れれば本物の感触を持っている。

 それだけではなく、ゲーム内では語られなかった場所、人、景色、たくさんのものがある。


 レオニスに高く抱き上げられながら、それらのまだ見ぬ世界にライトは思いを馳せた。





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 今更ながらに特殊氷嚢についてプチ補足。

 イメージ的にはアイスノンですねー。魔法はあってもエアコンや扇風機などの現代的な白物家電がない世界で、夏の涼を得るのに魔力消費せずに済むアイテムがあったらさぞかし貴重な品になりそう。


 しかし、原材料がアイスライムの粘液ということで、よくよく考えたらぬるぬるドリンクの亜種なんですよねぇ。

 ……と、いうことは?食用に改良したら、ぬるぬるシャーベットとかぬるぬるシェイクなんかが出来上がる、かも?

 とはいえ、アイスライムの棲息地が氷の洞窟のみという超極小局地範囲なので大量生産不可なのは間違いないですが。


 つか、それ以前にぬるぬる成分とシャリシャリ氷って両立するもんなのかしら?

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