第142話 討伐報奨金の申請と検分
その後、結局お昼ご飯のテバブ全部で30個を堪能したライト達一行は、クレハの勧めに従い先程ツェリザークに戻る途中の道中で倒してきた邪龍の残穢についての報告をするために、再度冒険者ギルドに戻った。
冒険者ギルド内にいた数多の冒険者達が、クレハもクレア両者が並び歩いている場面を見てびっくりしたり、呆気に取られながら眺める者までいた。
確かに、全国各地で受付嬢をしているクレア姉妹が複数人同時に並び立つ場面など、滅多にあることではないだろう。
そういえば、ラグナロッツァにいるクレア姉妹五女のクレナさんもそっくりだったが、見分けるポイントは耳の大きさだったっけ。
このツェリザークの八女クレハさんは、何処が他の姉妹と見分けるポイントなんだろう?後でレオ兄ちゃんに聞いてみよう。
あーでもなー、聞いても多分っつか絶対に区別つかないよなー。んだって、未だにクレアさんとクレナさんの違いだって分からんし。
んー、やっぱ聞くだけ無駄かしら?
ライトがそんなことを考えながらクレハについて歩いていくと、先程の事務所の奥の部屋の前に通された。
クレハが扉をノックし、中にいるであろう人に向けて声をかける。
「支部長、クレハです。急ぎご報告したいことが発生しました」
「構わん、入れ」
中から許可が出たので、クレハが扉を開きライト達一行を中に入れてから一番最後に部屋に入り、扉を閉める。
部屋の中には大きな執務机があり、そこに男性が座って書類仕事を懸命にこなしていた。
「今日は午後は接待のために、半日休暇にしたんじゃなかったのか?」
「はい、それはこのご報告が終わってからまた再開します」
「そうか。で、接待中断してまで急ぎの報告とは何だ?」
「城塞門から北西の近郊にて本日、邪龍の残穢が出現したそうです」
それまでずっと、クレハ達の方を見ることもなくひたすらペンを走らせていた、おそらくは冒険者ギルドツェリザーク支部長であろう男性の手がピタッと止まる。
そしてガバッ!と顔を上げて、ようやく机の真ん前まで来ていたクレハを見た。
「何っ!?邪龍の残穢!?それは本当か!?」
「はい。ですが、ちょうどその出現の現場に居合わせた者がその場で討伐したそうです」
「……はい?」
「ですからぁ、邪龍の残穢が出現と同時に討伐された、という話でしてー」
「……はいぃ??」
「その現場の検分に、今からギルド職員を派遣していただきたいのですが」
「……はいぃぃ???」
「で・す・か・らぁ。正当な討伐報奨金を出していただくために、必要な手順ですよね?」
「…………」
ツェリザーク支部長は、未だに事態を飲み込めていないようだ。
「……なら、今日出現した邪龍の残穢は既に討伐されていて?今から討伐のための派遣部隊を組織しなくてもいい、ということ、か?」
「はい、そういうことです。というか、さっきからそう申し上げているんですけどー」
「いや、だってね?そんな俄には信じ難いことを、いとも簡単そうに言われても……」
「全くもう。人の話をちゃんとしっかり聞いてくださいやがれませですぅ」
クレハが少し頬を膨らませて、不満アピールをする。
何か言ってることが若干不遜気味に聞こえるのは、多分気のせいだろう。キニシナイ!
「では、邪龍の残穢をその場で倒したという者達は?」
「私の後ろにおられます、大魔導師フェネセンさんと私の姉のクレアです」
「ん?それは先程君が接待しに行くと言っていた方々か?」
「はい。彼らは今日とある人物の護衛として、この街を経由して氷の洞窟周辺の散策に来ておりまして。その帰り道に邪龍の残穢の出現に遭遇し、護衛主を護るためその場で討伐したとのことです」
「そういうことか。それは何とも我々にとって僥倖だな」
ここでようやく支部長なる人物が机から立ち上がり、ライト達の方に歩み寄る。
紅柄色の髪に赤褐色の瞳、左目の目尻に大きな傷痕があるが視力に問題はなさそうだ。年の頃は四十代半ばくらいか。
見るからにその屈強な体躯は、かつて強力な冒険者だったであろうことを窺わせる。
「ご挨拶が遅れて申し訳ない。私はこのツェリザークにて冒険者ギルド支部長を務めている、ハイラム・ルガードという者だ」
「この度は、ツェリザークにとって最大の危機である邪龍の残穢を即時撃退していただき、心から感謝する」
ハイラムはその屈強な体躯の背筋をピシッと正し、深く頭を下げて礼を述べた。
冒険者ギルドの支部長ともなれば、その権力を笠にふんぞり返りながら居丈高な振る舞いをする者もいそうだが、ここツェリザークではどうやら当てはまらないようでライトは内心ホッとする。
「ついては報奨金に関して、先程クレハ君からも申請のあったように今から他の職員をすぐに現場に派遣して検分を行わせよう」
「……いや、何なら私自身が今から赴き直にこの目で見てこよう」
「すまんが、君達も同行願えるか?現場への道案内も兼ねて、少し話を聞いておきたいのだが」
ハイラムの要請に、誰からともなく一行はライトをじっと見る。
そう、今日はライトの目的を達成するためにここツェリザークや氷の洞窟周辺の探索に来たのだ。故に、今日の行動の決定権を有するのはライトである。
ライトは唐突に自分に集まった皆からの視線に焦りながらも、脳内で必死に考える。
『えーと、邪龍の残穢と遭遇してからこのツェリザークに辿り着くまで徒歩25分くらいだったか』
『今からそこに行くとなると、検分時間諸々合わせて1時間程度ってところか』
『できれば先に市場回りたいけど……冒険者ギルドの支部長を待たせる訳にもいかんよなぁ』
『まぁ1時間程度で済むなら、先にそっちを済ませてしまう方がいいか……どの道検分してもらわんことには報奨金ももらえないし』
脳内会議からその結論に至るまで、約3秒。
ライトは意を決して答えを口にする。
「分かりました。今からすぐに皆で先程の場所に行きましょう」
ハイラムとクレハは安堵の表情を浮かべ、フェネセンとクレアは意外そうな顔をした。
「ライト君、いいんですか?それでは市場を回る時間が少なくなってしまいますよ?」
「そうだよ、ライトきゅん。ラウルっち師匠にもお土産頼まれてたじゃん?」
クレアとフェネセンが、口々に心配そうにライトに問い質してくる。
「うん、でもここから邪龍の残穢の出たところまで往復1時間もあれば済むことだし」
「それに、クレハさんや支部長さんもお仕事しなきゃならないし」
「何より、邪龍の残穢の討伐報奨金はきちんと受け取りたいの。それは邪龍の残穢を倒したクレアさんとフェネぴょんの立派な功績で、受け取るべき正当な報酬なんだから」
「ライト君……」
「ライトきゅん……」
ライトの言い分に、クレアとフェネセンは感動している。
ライトの算段には『さっき食べたお昼ご飯のテバブ代30個分の支払いもかかっている』というものが含まれているのだが、それは口が裂けても言えない空気である。
「よし、決まりだな。では早速で申し訳ないが、今から現場に案内してもらえるか?」
「分かりました。では道案内はこのクレアが務めさせていただきましょう」
「おお、クレハ君の長姉クレア嬢だね。冒険者で君の名を知らぬ者はおるまい。私も初めてお会いできて光栄だ」
「あらまぁ、ツェリザーク支部の支部長さんという方はとても立派な紳士なのですね。こちらこそ妹のクレハがいつもお世話になってますぅ」
「いやいやクレハ君も姉君に負けず劣らず、非常に優秀な受付嬢ですからな。我々一同、彼女の有能さに日々助けられております」
「オホホホホ」
「ハッハッハ」
「支部長め、それ絶ッ対に書類仕事から逃れたいだけですよねぇ……後で今回の報奨金申請書類全部、支部長に書かせることにしましょう」
クレアとハイラムが和やかに会話しながら部屋を出ていくのを、クレハがジロリンチョ、と睨みながらついていく。
その他の面々は、それらに静々とついていくしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……確かに、これは……邪龍の残穢の放つ魔瘴気に間違いありませんな」
「はい。ここでの出現に、たまたま遭遇してしまいまして。邪龍の残穢をそのまま放置しておく訳にはいきませんでしたし、護衛主であるライト君を護るためにもその場で討伐すべき、と判断したまでのことです」
先程邪龍の残穢を倒した場所に辿り着いた、ライト達一行。
倒した時からまだ数時間しか経過していないのだから、今もまだその生々しさがそのまま残っているのは当然のことである。
だが、本来なら白く輝く氷雪の景色がどす黒い魔瘴気で染まった景色というものは何度見ても悍ましく、決してそれに慣れることはないだろう。
「いやいや、邪龍の残穢に出くわしてそのまま倒せる者もそうはおりませんよ。さすがは『完璧なる淑女』と呼ばれた、世に名高きクレア嬢だけのことはある」
「んまぁ、ツェリザークの支部長さんは本当にお口が上手ですこと。我がディーノ村の無粋な面々に支部長の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですねぇ」
「私は本当のことしか口にしませんぞ?」
「オホホホホ」
「ハッハッハ」
道中でもずっと和やかに会話していた、クレアとハイラム。
確かにディーノ村での扱いに比べたら、ハイラムのそれはクレアを下にも置かない、まるで要人を扱うような対応ぶりだ。
それにしても、ハイラムの言う『完璧なる淑女』とは言い得て妙である。要するにそれは、クレアが自称する例の二つ名『何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!』を最も端的かつ簡素に略した、究極の最終形態なのだ。
「では、邪龍の残穢の出現及び討伐がなされたという認定になりますか?」
「ええ、ここ以外に魔瘴気が周辺にまで広がっている形跡は一切ないですからね。邪龍の残穢はここで出現して、ここで討伐された。冒険者ギルドツェリザーク支部長である私が認定しましょう」
「ありがとうございますぅ」
邪龍の残穢の出現と討伐が、冒険者ギルドツェリザーク支部長によって認定された。これにより、討伐報奨金は確実にクレアとフェネセンに支払われることだろう。
正当な報酬を得ることができて本当に良かった、とライトは内心思う。
「それにしても、邪龍の残穢に対する報奨金が出るようになったとは、本当に良いことですねぇ」
「ええ。お恥ずかしいことに、そうしないことには事前に邪龍の残穢を狩ってやろうという気概のある者がいませんでしてな」
「討伐証明部位も素材も取れないようなのが相手では、致し方のないことですよぅ。それに、お恥ずかしいというならそんな素晴らしい制度ができたことを今日まで知らかなった私も同類です。冒険者ギルドの受付嬢として、当然知っておくべきことですのに」
「ああ、それこそ致し方のないことです。その制度はこの地方独自のものですし、立案されて正式運用が開始されたのも今週の月曜日からのことですから」
「まぁ、そうだったんですか」
クレアとハイラムの会話から、邪龍の残穢に関する報奨金制度が正式に発令されたのは今週に入ってからだったということをライト達は知る。
ということは、もし氷の洞窟周辺探索が一週間早ければ、今回の報奨金は出なかったということになる。
本当に偶然ではあるが、星の巡り合わせの良さに内心で感謝するライトだった。
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ハイラムの提唱する『完璧なる淑女』、実に端的かつ簡素ですよねぇ。冒険者ギルドツェリザーク支部長、なかなかに有能な御仁かも。
これからは『何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!』を『完璧なる淑女』に置き換えようかしら?
……あッ、これダメなやつだ、
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