第124話 レオニスの秘策

「レオ兄ちゃん、ただいまー。ラウルのご飯も持ってきたよー」


 カタポレンの森の家に帰ってきたライトは、レオニスのいる部屋に顔を出す。

 そこには、相変わらず机に向かってうんうん呻きながら頭を悩ませているレオニスの姿があった。

 そして今回もまた、ライトの声が聞こえないようだ。ライトはそーっとレオニスの背後に忍び寄り、ガバッ!と襲いかかり脇の下や腰をこちょこちょとくすぐった。


「うひゃぁッ!あひゃひゃ、や、やめッ、やめるんだライトぉぉぉぉッ」


 毎回毎度、ライトに完全に背後を取られて身をよじるレオニス。

 もちろんそんな懇願をされたところで、ライトは止めない。ライトの呼びかけに応じないレオニスが悪いのだ!と言わんばかりに、こちょこちょの刑をしばらく執行し続ける。


 存分にお仕置きしたところで、気が済んだライトがくすぐる手を止めてレオニスの背中からピョイ、と離れた。そしてレオニスはというと、散々くすぐられてぐったりと机にうつ伏せになる。

 これが、ここ最近ずっと続いているお約束の流れだ。


「んもー。呼んでも全然気づいてくれないレオ兄ちゃんが悪いんだからね?」

「ハァ、ハァ……だったらライトも、もうちょい優しく肩を叩くとかにしてくれてもいいんだぞ……?」

「前にそれしたけど、優しく突ついたくらいじゃ結局気づかなかったじゃん」

「……あッ、はい、すみませんです……」

「さ、レオ兄ちゃんもご飯食べて一休みしよう?」


 ライトは食堂にタタッと走っていき、ラウルが持たせてくれた食事をテーブルに乗せて晩御飯の支度をテキパキとしていく。

 ライトはまだレオニスやラウルのように空間魔法陣は使えないので、ワゴンに出来立ての食事を乗せて転移門でワゴンごと移動してしまうのだ。


 パスタの皿やスープ、サラダなどをテーブルに並べている間に、レオニスがのそのそと移動してきた。

 早速手を合わせて食事の挨拶をしてから、晩御飯にありつく。

 ご飯を食べながら、二人はその日にあった出来事などをお互いに話していく。いわゆる団欒のひと時である。


「そういえば、こっちに帰ってくる前にマキシ君に会ってきたんだけどさぁ。人化してたよ」

「えっ、そうなのか?」

「うん、レオ兄ちゃんは人化したマキシ君には、まだ会ってない?」

「ああ、俺今日はあっち行ってないから見てないわ。どんなだった?」

「うん、八咫烏の時の姿と全然違ってかなり細身だったよー」

「ええええ?八咫烏の姿は、これでもかってくらいにまんまるなのにか?」

「うん、マキシ君曰く『着痩せするタイプ』なんだって。レオ兄ちゃんも、マキシ君の人化の姿見たらすんげーびっくりすると思うよ」

「……着、痩、せぇ……??」


 レオニスにはスリムな姿のマキシが全く想像つかないようで、半目になりながら顔を顰めている。


「あ、それでね、レオ兄ちゃん。マキシ君に会ったこととも関係あるんだけど、ぼく、今度の土曜日にアルのところに行きたいんだ」

「ん?今度の土曜日にか?つーか、何でまた急にアルのところに行きたいんだ?」


 先程マキシに八咫烏の羽根を欲しいと話した時のように、ライトはレオニスに事情を話していく。

 学園の図書室で見つけたおまじない本のこと、そこに書かれている御守を作って旅に出るフェネセンに渡してあげたいこと、その御守の素材に銀碧狼の毛が欲しいこと。

 ライトはレオニスに包み隠さず、全てを伝えた。


「……んんんんん……ライトの気持ちは十分に分かるし、ライトの手作りの御守を貰えばフェネセンも絶対に喜ぶだろうから、是非とも取り組んでほしい、とは、思う、ん、だ、が……んんんんん……」


 レオニスは首を上下左右に捻りながら、非常に強い苦悶の表情を浮かべながら唸り声を漏らす。


「……レオ兄ちゃん、やっぱり忙し過ぎて、無理?」

「……んぐぬぬぬぬ……」


 ライトがおそるおそる聞いてみたが、レオニスは腕組みしつつしばらく考えあぐねていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アルの住処の目印である氷の洞窟。それはこのカタポレンの森のはるか西の果ての方にある。

 そんな場所に、とてもじゃないがライト一人で行くことなど不可能だ。故に、ライトがアルに会いに行くにはレオニスもしくは同等の屈強な大人の同行が大前提となるのだ。


 だが、先程もこちょこちょの刑執行というお約束の流れがあったことからも分かるように、レオニスの研究課題である空間魔法陣の付与研究の方も大詰めを迎えていた。

 予定通りに事が進めば、約一週間後にはフェネセンは旅に出る。そして、空間魔法陣の研究は天才大魔導師たるフェネセンがこの地にいるうちに、何としてでも1個は完成形を作り上げておきたいのだ。


「これは、フェネセンとも話し合ったんだが。空間魔法陣を袋や箱に付与することは、確実に可能だという結論に至ってな」

「実はその第一号が、もう少しで出来上がるところまできているんだ」

「で、その出来上がった品は『フェネセンが旅路で立ち寄った天空島の遺跡で発見した品物』、つまりは遺跡からの出土品ということにして、冒険者ギルドに出そうって話になったんだ」

「そうなの?何でまたそんなことをするの?」


 初めて聞かされる話に、ライトはすぐにはその意図が掴めなかった。


「例えばの話、もし俺やフェネセンが空間魔法陣の袋―――そうだな、ここではもう『アイテムバッグ』と呼ぶことにするか」

「魔力量に関係なく誰でも持てるアイテムバッグ、そんな革命的なものを俺やフェネセンが作れるなんてことが世間に知られたら、大騒ぎになることは必至なのは当然として」

「それ以外にどういうことが起こるか、ライトには分かるか?」

「んーと……ごめんなさい、いまいちよく分かんない」


 本当にすぐには思いつかなかったので、ライトは素直に謝罪の言葉を口にした。


「まずは王侯貴族、特に国主であるラグナ公とその周辺のためにアイテムバッグを作れと命令される」

「それが終わった後は、高位の貴族達が我も我もと群がるようにして製作を迫る」

「その後は、各ギルドのギルド長だの高級官僚だのといった権力者に同じことを迫られる」

「要するに、俺達がひたすら馬車馬の如くこき使われる可能性大ってことだ」


 ああ、そういうことか……レオニスの説明を聞いたライトは得心した。

 そういえば、初めてこの話―――アイテムバッグの構想が出た時に、レオニスが『もし問題が起きるとすれば、それは成功した場合の方だ』と警戒していたことを、ライトは思い出す。


「もちろん俺もフェネセンも、そんな命令に従う気なんざさらさらない。嫌ならさっさとこの国を出て、他所の国に出奔したっていいんだからな」

「だが……」


 レオニスが伏し目がちになりながら、話を続ける。


「なるべくならば、そんな事態は避けたい。ライトだってラグーン学園に通うようになったし、俺だって今の環境が結構気に入ってるからな」

「他国への出奔は、もう本当にどうにもならなくなった時の、最後の最後に用いる手段だ」


 確かに、懸念される事態にならずに回避できるのであれば、絶対にその方がいいだろう。

 ライトの学園生活だって始まったばかりだし、何だかんだ言ってもこのアクシーディア公国はサイサクス大陸一の大国である。

 レオニスが冒険者として今まで通り活動していこうと思ったら、やはり国外に出るよりはアクシーディア公国に居を構えていた方が何かと都合が良いのだ。


「で、だ。そういった事態を回避するのに最も良い方法が、さっき言った『遺跡出土品としてギルドに提出する』ことなんだ」

「そうなの?」

「ああ、要は俺達が作ったってことが知られなければいいんだからな。作者不詳にするには『遺跡からの出土品』てことにするのが一番手っ取り早い」


 言われてみれば確かにそうだ、とライトも納得する。

 銘入りの品でもない限り、遺跡からの出土品なんてものは大抵が作者不詳だ。

 作者が誰だか分からないものに対して、同じものを作れ!などとは誰も命令できまい。


「でも、そうすると出来上がった第一号は結局国や冒険者ギルドに献上しちゃうってことになるの?」

「いや、ダンジョンや遺跡で得たアイテムは、基本的に見つけた者に所有権がある」


 ライトが口にした疑問に、レオニスがその知識をもって答える。


「ただし、歴史的な新発見や学術的に貴重とされる品なんかは、一度は調査や研究のために専門家なり担当ギルドに渡すことになる」

「それでも所有権は、変わらず発見者のものだ。普通は一週間程度、長くても一ヶ月もすりゃ発見者に戻される」

「そういった取り決めがなければ、誰もギルドに発見品を提供しないからな。一方的に取り上げられるだけで大損するくらいなら、黙って闇市にでも流した方がよほど儲かる」


 確かに、自分が見つけたお宝を国や組織に無償で取り上げらたらたまったものではない。

 そんなことになるくらいなら、大半は黙って懐に仕舞うだろう。

 そういった、誰も得しない事態を招かぬように所有権を発見者と明確にし、その権利を公的に保護することはとても有意義だ、とライトは感心した。


「ま、そこまで貴重な品になると大抵は専門機関、あるいはそれを欲しがる有力者にとんでもない金額の大金を積まれて、何が何でも売り渡すように迫られるがな」

「だから、かなり珍しいものを発見した冒険者は、高額の買い取りを期待して調査に提供することも多いんだ」


 ライトはまだそこまでこの世界の、ひいては冒険者の世界の内情はよく知らないが、冒険者歴17年のレオニスがそう言うのだから間違いないのだろう。


 ここでレオニスが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「だから、空間魔法陣の付与に成功したらその慣習を利用させてもらおう、とフェネセンとも話し合ったんだ」





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 レオニスだって、普段はアレな人でも考えるところはきちんと考えているんです!伝説の金剛級冒険者という肩書は、伊達ではないのです!こと冒険や遺跡に関しては、そんじょそこらの識者にも負けない知識を持っているのです!

 ただ、それ以外の部分がほんの少ーーーしだけ、残念なところが多めなだけで……

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