第115話 穢れ払い

 まずフェネセンが魔力遮断の手袋をはめてから、慎重に足輪を指輪ケースから取り出し、ひとつひとつ丁寧に10個全てを机の上に並べる。

 ダイヤモンドのペンダント3本もケースから取り出し、同様に机の上に置く。

 全ての魔導具を並べたら、今度は手袋を外してから机の上の魔導具に向けて両手を翳す。

 しばらくすると、足輪とペンダントがふわりとした光に包まれたかと思うと、一瞬だけ強烈な光を発してすぐに光は収まった。


「さ、これで魔力吸収の魔法陣が起動したよん。お次はこの足輪とペンダントを八咫烏に着けて、そこからすぐに八咫烏の体内で魔力を喰い続けている穢れを取り除くよー」

「魔力吸収の魔法陣は既に動き出しているからね、装着させた瞬間から八咫烏の魔力を吸い取り始めるから、素早く穢れを祓わなきゃならない」

「吾輩は、穢れの祓いを一秒でも早く開始するために横で待機していたいから、ペンダントの装着はカイにゃん、足輪の装着はセイにゃんとメイにゃん、皆にお願いできるかな?」

「了解です」


 最初の予定ではフェネセンが魔導具を装着するはずだったが、アイギス三姉妹が同席するということで急遽手伝ってもらうことにしたようだ。

 確かにアイギス三姉妹ならば、レオニス達よりは魔力が多くないだろうから、魔導具を素手で触っても素早く装着させれば魔力を吸い取られ過ぎる懸念もないだろう。


 フェネセンから魔導具の装着を依頼されたアイギス三姉妹は、突然の指名にも拘わらず戸惑うことなくそれぞれが迅速に動き、手早く装着させていく。

 ものの20秒程度で作業を完了させ、素早くベッドから離れるアイギス三姉妹。

 魔導具の装着を見届けたフェネセンは、魔杖を両手に持ちその先端を八咫烏の心臓がある辺りに向けた。


 それから10秒後くらいだろうか、八咫烏の身体からドカン!というものすごい衝撃波が5秒置きに三回、連続して部屋中に拡がった。

 フェネセンの数歩後ろにいて様子を見守っていたライト達が、思わず身体が大きく後退りしてしまうほどの強い衝撃波だ。


 三回目の衝撃波が生じたと同時に、シュウウウウ……という強めの音とともに、八咫烏の身体中の羽根がバサバサと音を立てて震わす。

 それはまるで、満水直前まで堰き止められていたダムが、一気に放水を始めたかのようだ。

 そしてその解き放たれた魔力の行方は、10個の足輪と3本のペンダントである。


 八咫烏の身体から溢れ出る魔力が、その羽根をバサバサと震わせているのと同じく、その魔力を吸収している足輪やペンダントもカタカタと音を立てて震えている。

 周囲から溢れ出る魔力を、片っ端から吸い込み続けているのだろう。


 この光景は、レオニスが表題のない本に復元魔法をかけた時とよく似ていた。

 魔力の出力と入力、相反する方向性が鬩ぎ合い、力の奔流が生まれる。

 あの時ほどの激しい暴風までは起きていないが、それは魔力吸収の役割を持たされた数多の魔導具類が、その効力を十全に発揮しているのだろう。


 しばらくその様子を、固唾を呑んで一同は見守る。

 そうして見守り続けて、何分経過しただろうか。10分くらいは待ち続けた気がする。

 羽根が擦れる音がようやく止んだ頃に、フェネセンがゆっくりとベッドに近づいて八咫烏の様子を伺う。


「……うん、多分、成功した、よ」


 フェネセンのその言葉を聞き、ラウルはベッドの側に駆け出した。

 八咫烏の胸の上下が、眠り続けていた時よりも大きく動いているように見える。


「……フェネセン、これ、もう触っても大丈夫、なのか?」

「うん、乱暴に動かしたり強く揺すったりしなければダイジョブだよん」

「そうか……」


 ラウルはフェネセンに確認してから、八咫烏の身体にそっと手を伸ばす。

 ラウルの震える手が八咫烏の頬に触れた、その時。


「………………」


 それまでずっと寝たままだった八咫烏の目が、少しづつ開いた。

 それを見たラウルは、目を見開き息を呑んだ。


「……マキシ……分かるか?俺だ……ラウルだ……」

「…………ラウ……ル?」

「そうだ、お前の友達、ラウルだ」

「……ラウ、ル……ラ、ウル…………ラウル…………」


 まだ意識がぼんやりしている八咫烏だったが、ラウルの言葉と声、名乗ったその名を聞き次第に理解してきたのか、薄く開いた瞳にじわじわと涙が滲んでいく。

 思うように動かないであろう翼を懸命に動かそうとして、空を彷徨う羽がふるふると震えている。


「……マキシ…………マキシ!!」


 ようやく目を覚ました友に感無量になり、空を彷徨う羽を両手で握りしめるラウル。

 俯いたその顔は完全に下を向いていて、その様子は見えないが―――八咫烏の名を呼ぶその声は、完全に震えている。


 ラウルがずっと待ち望んだ、唯一無二の親友マキシの目覚めた瞬間だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うッひょーぃ……ダイヤモンドを嵌め込んだヒヒイロカネの足輪10個でもギリとか、この子どんだけ魔力放出したんだってーの……」


 マキシが目覚めた後、その身体や魔導具の様子を改めてチェックしたフェネセンが小声でゴニョゴニョと呟く。

 身体の中に穢れの残滓がないかも念入りにチェックしたが、その懸念は払拭されたようだ。

 一方、魔導具の足輪とペンダントは、かなり大変なことになっていた。


 どちらも本当に限界ギリギリだったようで、足輪のヒヒイロカネはほんのりとした赤い光沢だったものが明らかにギラついた鮮烈な赤色になり、ダイヤモンドに至っては内側にインクルージョンのような小傷が多数走っている。

 使用前にはこんな小傷は一切なかったので、それらは限界ギリギリまで魔力吸収したことによる過負荷が原因であることは明らかだ。


「ホンット、ペンダント3本追加しといて良かったぁぁぁぁ……これなかったら多分、ヒヒイロカネの足輪全部粉々に砕け散ってたよねーぃ……」

「ンンンン……次からは、保険は更に倍掛けにしよう……」

「でもまぁ、何はともあれ……」

「穢れの祓いは、成功!」


 フェネセンの成功宣言に、その場にいた全員の顔に安堵と喜びの表情が浮かぶ。……ただ一羽を除いて。


「……ラウル……どうして」

「どうして、僕を……起こしたの?」

「僕、起きたく……なかった、のに……」


 今にも消え入りそうな弱々しい声で、ラウルに語りかける八咫烏のマキシ。


「マキシ、そんなこと言うな」

「お前は俺の親友じゃないか。親友が目の前で起きることなくずっと眠り続けていて、どうして心配せずにいられる?」

「何かあったんだろ?だから、俺のところに来たんだろう?」


 マキシの羽をずっと握りしめていたラウルの手に、さらに力がこもる。


「水臭いじゃないか、俺はいつだってお前の味方だ」

「だから……起きたくなかったなんて、言わないでくれ……」

「それに……」

「お前が眠ったままじゃ、こうして俺と話すこともできないじゃないか……」


 ラウルは心の内にこみ上げてくる様々な感情に堪らなくなり、涙をポロポロと零した。

 羽を握りしめるラウルの両手が震え、マキシに語りかける声も弱々しくなっていく。

 そんな親友の姿に、マキシも堪らず涙を零す。


「……ごめんね、ラウル……」


 二人の嗚咽だけが、静かに室内を満たしていた。





====================


 八咫烏のマキシ、初登場の第96話から22話にしてようやく目覚めました。さて、この子は今後どんなキャラになっていくでしょうか?


 割と真面目な話、そこら辺は作者も実際に話を書き進めていかないと分からない部分も多分にあるんですよねぇ……最初っから濃いい某天才大魔導師とかいう例外もありますけど。

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