第104話 ラウルとフェネセン
「…………」
ライトは、自室に作られた転移門の前で立ち竦む。
「ん?ライト、どうした?」
フェネセンとともにさっさと転移門の陣の中に入ったレオニスだったが、ライトが来ないことに不思議そうな顔をしながらライトに声をかけた。
だが、ライトはプルプルと小刻みに震えながら動こうとしない。
「……転移門……コワイ……人、突然、出てくる……」
涙目になりながら、転移門の前で立ち竦むライト。
どうやら先程の一件、フェネセンが突然出てきたことが相当なトラウマになってしまったようだ。
それを察したレオニスは、ギギギ……という不穏な音をたてながらフェネセンの方に顔を向けてギロリと睨みつけた。
「フェネセン、てンめぇぇぇぇ……ライトが転移門アレルギー起こしかけてんじゃねぇか……どうしてくれんだ」
「ヒョエッ、そそそそれはその、多分というか間違いなく、吾輩の不始末により起きたことで、大変申し訳なくくくく……」
フェネセンを睨み続けてもしょうがない、とばかりにレオニスは小さなため息をつきながら、転移門の陣の中から出てライトのもとに歩み寄る。
「ライト、もう大丈夫だぞ?未登録の転移門からいきなり涌いて出てくるとか、そんな頭のおかしい芸当ができるのは、世界広しと言えどここにいるフェネセンだけだ」
「逆に言えば、フェネセン以外誰もあんな馬鹿げた真似はできん、てことだ」
「もしどうしても怖いなら、俺が抱っこしてやるから」
「レオぽん、何気にしどいこと山盛り言ってるよねぃ……」
震えるライトの前にしゃがみ込み、目線を合わせながら優しく諭すように語りかけるレオニス。
その後ろで、フェネセンが何やらモニョモニョ呟いているが、レオニスにボロカスに言われるのは完全に彼の自業自得なので致し方ない。
『抱っこしてやるから』というレオニスの言葉に、こくん、と小さく頷くライト。
レオニスはライトを抱っこしながら、転移門の陣の中に入った。
「フェネセン、ラグナロッツァの家まで飛ぶぞ。ここも向こうもお前の認証登録はしちゃいないが、お前ならそんなもんなくても行けるだろう?」
「もちろん!吾輩に扱えぬ転移門などないのである!」
ふんぞり返りフンスと鼻を鳴らしながら、胸を張るフェネセン。
そんな得意気なフェネセンに、レオニスがギロリと睨みつけながら容赦なく指令を下す。
「だったら動力の魔力も俺達込みで三人分、全部お前が出せ。俺はライトを抱っこするので忙しい、手が離せん」
「つーか、それくらい働いたって
「へぃ……謹んで承りますでございますですよ……」
有無を言わさぬレオニスのド迫力に、さしものフェネセンも唯々諾々と従う他ない。
そもそもライトに転移門トラウマを植え付けたのは、他ならぬフェネセンなのだから。
フェネセンは、常人ならば扱って然るべき操作パネルなど一切出さずに、そのまま魔杖を高く掲げる。
フェネセンが杖を掲げた次の瞬間には、三人の身体はラグナロッツァの家の転移門に移動していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ンー、ラグナロッツァのレオぽんの家にお邪魔するのも、すんげー久しぶりだねーぃ」
「ここ、どの部屋?二階の宝物庫?ああ、道理で窓のひとつもないと思ったぁー」
「ほうほう、すっかりライト君の通学用小部屋になってるんだねぇー」
「ライト、着いたぞ。もう大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫……レオ兄ちゃん、ありがとう」
宝物庫の中をキョロキョロと、物珍しそうに見回すフェネセン。
レオニスは、その腕に抱きかかえていたライトをそっと床に下ろす。
ライトとレオニスとフェネセン、三人で宝物庫の部屋から出ると、ラウルが音もなく姿を現した。
「よう、ご主人様達。ようこそいらっしゃ……」
恭しくライトとレオニスを迎え入れようとしていたラウル。
二人の横にフェネセンがいることを目視で確認した途端、ラウルの動きがピタッと止まる。
「……げッ、フェネセンじゃねぇか!お前、何でここに!」
「おい、ご主人様!こりゃ一体どういうことだ!何でフェネセンといっしょにここに来てやがる!」
ラウルは思わずレオニスに詰め寄り、レオニスの襟首を掴みながらガクガクと前後に振る。それに伴い、レオニスの頭もブンブンと前後に激しく揺さぶられる。
ラウルの端正な顔は歪み、かなり嫌そうな表情で如何にも歓迎していないことがよく分かる顔つきだ。
「ラウルっち!お久しぶりだぁねーぃ!」
「ちょ、やめろ!くっつくんじゃねぇ!こっち来んな!」
「またまたぁ、そんなつれないこと言わないでよぅ、ラウルっちー」
「うるせぇ!近寄るんじゃねぇ!あっち行け!シッシッ!」
それまでレオニスの頭をガクガクと揺さぶり続けていたラウルだったが、フェネセンにダイビングハグされそうになり慌てて避ける。
フェネセンも、避けられたところで止まるようなタマではない。
二人は執務室の中で、軽く追いかけっこを始めている。
けんもほろろな塩対応のラウルと、それに全くめげることなくラウルにまとわりつくフェネセン。
妖精と大魔導師の追いかけっこという、何とも奇妙な光景が広がる。
しかし、普段はおとなしく善良なラウルがここまであからさまな嫌悪感を表すのも珍しい。
ライトは困惑しつつも、二人の間に割り入る。
「ちょ、ちょ、ちょっと、二人とも、落ち着いて?」
「ラウルもどうしたの?いつも優しいラウルが、こんな態度取るなんて、一体何があったの?」
「フェネぴょんも、ラウルから離れて?ラウルが嫌がって落ち着かないようだから、お願い、ね?」
ライトは事態の収拾を図ろうと、必死に二人の間に割り込む。
だが、フェネセンを振り切ろうとするラウルと、ラウルにまとわりつきたいフェネセンは、ライトの言が耳に入らないのか一向に止まろうとしない。
ライトの周りをグルグルと回り、延々と逃げては追い、追っては逃げ、の繰り返しが続く。
その様子に、ライトはただただおろおろするしかない。
そして、二人が一向に自分の言葉を聞いてくれないことに次第に悲しくなり、またも涙目になり始めた。
ここで、涙目のライトを見たレオニスが、憤怒の形相で大喝した。
「ラウル!!フェネセン!!二人ともそこに直れ!!!!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスに特大の雷を落とされ、ラウルとフェネセンは二人並んでその場に正座させられた。
今度は先程のようなクッション敷きなどの配慮は一切なく、二人とも完全に床に直座りである。
しおしおと正座する二人の前には、腕組みして仁王立ちするレオニス。今にも
「貴様ら、ライトが一生懸命仲立ちしようとしているのに完全無視とは、良い度胸だな?」
「そんなに喧嘩し続けたいか?いいだろう、ならば外に出て存分にやり合え」
「ただし、二度とこの屋敷の敷居を跨げると思うなよ?」
「さぁ、どうする。今すぐ選べ。このままじゃれ合いを続けるか、それともここで思い留まって双方和解するか」
「俺はどっちでも構わんぞ?」
(( あッ、これ本気だ…… ))
自分達のことを『貴様ら』と呼んだレオニスの、思いっきり眉間に皺を寄せて忌々しげに二人を見下ろす鋭い眼光と、底冷えするような声の響き。それらのあまりの冷酷さに、ラウルとフェネセン両者とも同時に悟る。
レオニスのこの怒りは正真正銘本物で、これ以上諍いを続けたら決して冗談ではなく―――本当にこの家から追い出されて、挙句レオニスとライトの両方から縁を切られる羽目になる、ということを。
さすがにそれは何としても避けたい二人は、おとなしく和解することにした。
「ぬぅん……ラウルっち、ごめんねぃ」
「いや、フェネセン……こっちこそすまん」
とりあえず顔を向き合わせた二人は、和解の印としてどちらからともなく握手を交わした。
そこに更にレオニスの厳しい視線が浴びせられる。
「お前ら、謝らなきゃならん相手は他にもいるだろう。あァ?」
レオニスの凄まじい圧は衰えることなく、なおも重圧をかけられ続けるラウルとフェネセン。
二人は冷や汗をかきつつ、ライトの方に向き正座のままガバッと頭を下げた。いわゆる土下座である。
「ライト、すまなかった!!」
「ライト君、本当にごめんねッ!!」
その頃には既にライトも涙目ではなくなっていたが、今度は別の悲しみで満たされていた。
「ううん、ぼくのことはもういいけど……」
「二人とも、とても仲が悪いの?どうしてそんなに嫌い合ってるの?」
ライトにとっては、ラウルもフェネセンも大事な友達だ。
ラウルはいつも美味しいものを食べさせてくれるし、ライトにも優しく接してくれる。
フェネセンも、ライトにとっては今日初めて会ったばかりの人で、いろいろと破天荒ではあるがレオニスとも知己の仲であり、その性質は決して悪い人ではない、ということをライトは既に知っていた。
世の中綺麗事ばかりじゃないし、気が合う人もいればどうしても反りの合わない人もいることもライトとて重々承知している。
いや、むしろ中身アラフォーな分そこら辺は痛いほどよく分かる。
だがそれでも、できることならばラウルとフェネセンには仲良くなってほしい、もし仲良くなるのがどうしても無理ならばせめて距離を置き、喧嘩やいがみ合いはしないでほしい。ライトはそう願っていた。
そんなライトの問いに、先に口を開いたのはラウルだった。
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ライトが転移門コワイになったのは、前世で見た映画「The Fly」を思い出してしまったからのようです。
そりゃねぇ、転移門にいる最中に突然誰かが乱入できるとなれば、「The Fly」のように混ざってしまうかも……とか考えてしまうのも致し方ないし、すんげー怖いですよねぇ。
とはいえ、そんなとんでもないことができるのはフェネセンだけですし、転移門なしで学園生活は送れないので、トラウマは強引にねじ伏せてでも克服せねばなりませんが。
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