第98話 突然の襲撃
ライトが門扉前に倒れていたカラスを助け、レオニスが空間魔法陣の魔法付与を試みるようになってから、五日が過ぎた。
カラスを助けたのが日曜日だったので、今日は金曜日であり明日明後日はまた学園はお休みになる。
一方レオニスはというと、研究にかなり煮詰まっていた。
机に向かって、ああでもないこうでもない、あれとこれを組み合わせて云々、これいいかと思ったが駄目だぁぁぁぁ等々、日々様々な試行錯誤を繰り返していた。
おかげで無精髭も生え髪もボサボサ、目の下には結構なクマが出来上がっている。
なのに、それが逆にまたいつもとは違う方向の色気を醸し出しているというのは、一体どういうことであろう。これもイケメン大王の成せる御技というものか。
研究に専念したいと言い出しただけあって、レオニスのその没頭ぶりは凄まじかった。そのまま放っておけば、いくらでも飯抜き風呂抜き徹夜三昧しそうな勢いだ。現に、机の横や足元の床にはハイポーションやエクスポーションの瓶がいくつも転がっている。
だが、そこはライトがしっかりと見張り、レオニスを叱りつける。
「レオ兄ちゃん、お風呂入ってさっぱりしてきなよ!」
「ほら、ラウル特製美味しいご飯と美味しいスイーツだよー」
「ちゃんと寝ないと、思考回路も上手く働かないよ?さ、今日はもう寝よう?」
等々、レオニスの身体を気遣いながらコントロールしていた。
そのおかげで、レオニスも身なりが多少乱れる程度で済んでいたのだ。
ライトが甲斐甲斐しく世話をしたりあれこれと口出ししなければ、もっとヨレヨレのボロボロの酷い有り様になっていたに違いない。
何しろライトがラウルに作ってもらった食事をラグナロッツァからせっせと運んでいるというのに、レオニスときたら机に向かうと近くで名前を大きな声で呼んでも全く聞こえず、返事が返ってこないくらいに没頭してしまうのだ。
なので、ここ最近はライトも『そーっと背後に忍び寄り、いきなり脇の下や腰のあたりをこちょこちょとくすぐる』という、完全なる実力行使に出ている。そしてその度に
「うひゃぁッ!あひゃひゃ、や、やめッ、やめるんだライトぉぉぉぉッ」
と身をよじるレオニス。
天下無双の金剛級冒険者であっても、そこら辺にいる普通の人間と同じく脇の下や腰、足の裏などがくすぐったいというのだから、何とも面白いものだ。
ちなみにライトがレオニスを毎回こちょこちょするのは、大声で呼んでも反応しないレオニスが悪いのであって、決してその反応が面白おかしくて楽しんでいるのではない。ないったらない。
レオニスをくすぐってライトの存在を気づかせた後、床や机の上に転がる回復剤類の瓶を回収しながら、ライトはレオニスに声をかけた。
「レオ兄ちゃん、今日のおやつ持ってきたよー」
「ハァ、ハァ……おう、ありがとう。いつもすまんな」
「大丈夫だよ。それより、レオ兄ちゃんの方はどう?」
「はぁー、もうちょいで何とかなると思うんだがなぁ……」
レオニスがライトに散々くすぐられた後、二人して食堂に移動する。ここ最近のお約束の流れだ。
ラグナロッツァから運ばれてきたおやつをもしゃもしゃと食べながら、レオニスがため息をつく。
ちなみに本日のラウル特製おやつは『ラムレーズンたっぷりマシマシフルーツケーキの生クリーム添え』と、ライトがレオニスのために淹れたスペシャル珈琲である。
レオニスにはブラック、ライトにはミルクと砂糖多めのカフェオレだ。何ならレオニスの方は、珈琲の代わりに茶色のぬるぬる100%ドリンクにしてやろうかと思ったライトだったが、そこは思い留まっておいた。
ぬるぬるした口当たりの珈琲とか、想像しただけでライトには無理だった。
ぬるぬるの入っていない、純粋な珈琲の芳しい香りに二人はほっと一息つきつつ、レオニスは腕を上げて背伸びをし、ライトはレオニスの体調を心配する。
「レオ兄ちゃん、あんまり無理しないでね?」
「んんんんーッ……まぁな、そんなに心配すんな、俺は大丈夫だから……そういやあのカラスの方はどうだ?」
「うーん、それがまだ目を覚まさないんだよねぇ……」
ライトが助けたカラスは、未だに意識が戻らず眠り続けたままだった。
レオニスやラウルが言うには、八咫烏は霊鳥なので人間のように食事せずとも魔力さえあれば生命維持に問題はないらしい。
なので、カラスを寝かせているベッドに結界を張って四隅に魔石を置き、結界内に魔石の魔力を解放して充満させることで衰弱を防ぎ、身体を保護している。前世でいうところのICU、集中治療室の即席版のようなものだろうか。
点滴こそできないが、結界内を高濃度の魔力で満たすことにより呼吸するだけで魔力を体内に取り込める、という仕組みである。
そのおかげか、カラスは行き倒れ発見当時と全く変わらず丸々と肥え……もとい、ふっくらとした姿を保っていた。
いや、それどころかむしろ今現在の方が羽根も艷やかを増し、身体のラインのむっちりムチムチぷりぷりさに磨きがかかっているように見えるのは、気のせいか。……本当に気のせいなのか?
「まぁ、魔石の魔力で周囲を満たしてるから、身体が弱っていくことはないと思うが」
「うん……でも、ラウルがとても心配してるから……早く目が覚めてくれるといいんだけどなぁ」
「そうだなぁ。今日は向こうの魔石の交換がてら、久しぶりに俺もラグナロッツァの家に様子を見に行くか」
「本当?ラウルもきっと喜んでくれるよ!」
「だといいな。じゃあ、今から出かける支度するか」
「うん、分かった、ぼくはその間に向こうに持ち帰る食器とか洗ってるねー」
「おう、すまんな、よろしく頼む。支度を整えたらお前の部屋に行くから、少し待っててくれ」
「はぁーい」
レオニスはそう言うと、着替えとラグナロッツァに持っていく魔石の選定のために食堂を出た。
ライトも宣言通り食器を洗い、すぐに持ち帰れるように布巾で水気を拭き取りバスケットに仕舞う。
ライトはあらかた支度を終え、ラグナロッツァの家に繋がる転移門のある自室でレオニスが来るのを待っていた。
すると、突然部屋の隅に設置してある転移門が『ヴゥゥゥン……』という静かな音とともに作動した。
「ん??」
転移門が作動した気配に、ライトが思わず反応して転移門のある方に視線を向けた。
すると、そこには何と―――右手に大きな魔杖を持ち、黒いゆったりとしたローブを着込んで大きなフードを目深く被った、傍からでは顔が全く見えない正真正銘の不審人物が突如現れたではないか。
突然ライトの目の前に現れた、あからさまに胡散臭い格好の不審人物。
あまりの出来事に、ライトは思考回路が上手く働かずしばし固まる。
数瞬の後我に返り、ライトの今までの人生の中で一番最高の、渾身の悲鳴を上げた。
「……ンぎゃああああああああッ!!」
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くすぐったいという感覚って、本当に不思議ですよねぇ。他のところは触られても何ともないのに、特定の部位だけ笑いが込み上げてくるあの感覚。一体どういう原理なんでしょう?
気になったので、『くすぐったい 原理』で検索してみたところ、何やら小難しい記事がたくさん出てきました。
一応それらを読んではみたのですが、まずよく理解できない上に何やら睡魔の忍び寄る足音が聞こえてきたので、理解することを断念。
私の脳如きでは、到底太刀打ちできませんでした……嗚呼素晴らしき人体の神秘よ。
眠れない夜の眠剤代わりには、もってこいかもしれません。
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