第89話 破壊神の存在
ウォーベック家の馬車で市場の入口に到着したライト達一行。
この市場の正式名称は「ヨンマルシェ市場」という。何かどっかで聞いたことあるようなないような……
謎のデジャヴ感はさておき、市場というだけあってエリア毎に各種専門店が集う街なのだそうだ。しかもそのエリアは衣食住とその他の四つがあるという。……だから名前が『ヨンマルシェ』なのか?
ダジャレにもならない名称もこれまたさておき、先日レオニスと行った商店街とはまた趣きが違うが、大きな通りにたくさんのお店が建ち並ぶその様は、まさに圧巻としか言いようがない。
「うわぁー、お店がたくさんあって、すごいねぇ!」
目をキラキラと輝かせてキョロキョロと周囲を見回すその姿は、完全なるお上りさんである。
だが、カタポレンの森で育ったライトには、ラグナロッツァどころかディーナ村でさえ開けた土地に見えてしまうような正真正銘生粋のド田舎育ちなのだから、致し方ない。
もしこの世界で『ド田舎者世界選手権』なるイベントが開催されたら、ライトは優勝候補どころか完全無欠の殿堂入りを果たすであろう。
そしてライト達が降りた場所は、四つのエリアの衣食住その他のうち『その他』に該当する、武器防具職人が構える店が多いエリアだそうだ。
少し移動すれば食品を扱う店やレストランが集うエリア、衣類や雑貨屋が多いエリアなどもあり、他にも宿屋通りなんてところもあるとか。
以前レオニスに連れられて歩いたのは主に食品系のお店で、武器防具等のお店はほぼほぼスルーだったので、ライトはこの機会に職人が構えるお店をじっくり見るつもりだ。
とはいえ、武器防具と一口に言ってもその形状は様々だ。
小洒落たカフェのようなガラス張りの作りの店ではないので、掲げられた看板から察する他ないが、武器だけでも剣、刀、槍、杖、弓、斧、鎌、鎚、暗器など細分化されている。
武器屋なら全種類売ってるもんじゃないの?とも思うが、そういうデパートのような大店は商会と呼ばれる組織がする商いの形態であり、この職人街にはないらしい。
そう、よくよく考えれば、職人とはひとつの物事を極めた人のことを指すものだ。
例えるなら、日本刀の名匠が杖や弓の一級品も作れるか?と考えれば、完全に否!である。
よって、それらの店も細分化されていて当然なのである。
「ライト君は武器に興味あるの?」
「うん!ぼく、将来は冒険者になりたいから!」
「そうなんだー。冒険者になるなら、武器や防具は必要だもんねぇ」
「まだ冒険者登録できないから、今は武器も防具も見てるだけなんだけどね」
「まぁ、ジョブによって使える道具も違ってくるよね」
「ライト君のジョブが決まってからでないと買えないもんね」
「ジョブかぁ……そうだね、ハハハ……」
この世界のジョブには就かないので、ぼくには一切関係ありません!とは、口が裂けても言えない。
そもそも職によって武器防具が制限されるなど、ライトに言わせればナンセンスもいいところである。
職業を極めた者ならば、どんな武器防具であろうとも十全に使いこなす、それが達人というものだ。
極端な話、弓で殴る剣士やハンマーから魔法をぶっ放す魔術師だっていてもいいのだ。実際には、効率的に考えてそうしないだけであって、実は一見ミスマッチに思える組み合わせにこそ挑むべき価値とロマンがあるのだ!とライトは個人的に思っている。
お、武器類を扱う店の向かい側には、防具屋の他に調理器具を扱う店や修理補修専門店もあるのか。
そういや調理器具も金物系だし、包丁や鋏とかの刃物もあるもんな。
今度ラウルに調理器具をプレゼントしようかな、いつも美味しいおやつを作ってくれる御礼したいし!
そんなことを考えていると、ふとある店の看板がライトの目に入った。
【ペレ鍛冶屋】
おお、鍛冶屋かぁ。……鍛冶屋……鍛、冶、屋……
ブレイブクライムオンラインの鍛冶屋は、俺達ユーザーの宿敵にして真の怨敵だったな……ちくしょうめ。
そういや鍛冶屋のあいつも、もしかしてこの世界に存在しているのか?
もしいたら速攻でヌッ頃転コロ……
無意識のうちにジト目でその看板を睨んでいたライトに気づいたハリエット、ライトの発するドス黒いオーラには全く気づくことなく話し始める。
「そういえばこの鍛冶屋さんの息子さん、1年B組にいますよね」
「うん、たしかいたね、名前なんだったっけ」
「ここの子?イグニスだよー、うちのお父さんがよくこの鍛冶屋に包丁研ぎに出してるから知ってるー」
『イグニス』の名を聞いたライト、その目と口はこれでもか!というくらいに見開かれている。
あいつ、やっぱりいやがったのか……!!
ライトの脳裏には、かつて散々味わった苦々しい記憶が甦っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ブレイブクライムオンラインには、かつて全てのユーザーから蛇蝎の如く忌み嫌われたNPCがいた。
彼の名はイグニス。ゲーム中にある鍛冶屋に行くと
「今じいちゃんが体調崩しててよ、俺が代わりに鍛冶やってんだ」
というぶっきらぼうな台詞とともに現れる、年の頃は十代半ばとおもわれる鍛冶屋の少年である。
ブレイブクライムオンラインには『鍛冶強化システム』があった。
ショップのいちジャンルである鍛冶屋で、手持ちの武器や防具を強化できる、というものである。
強化の目的は当然ステータスアップであり、成功すれば武器なら物理攻撃力と魔法攻撃力が上がり、防具なら部位により物理防御、魔法防御、敏捷、命中、回避等の防御系ステータスが上がる。
冒険や任務、対人戦などをより有利かつスムーズに進めるために、ユーザーは挙って装備品の強化を目指す。
だが、鍛冶による強化を行うには強化素材が必要であり、しかも強化を重ねる毎に成功率がどんどん下がっていく。
最初のうちこそ成功率100%だが、強化4回目以降成功率は10%もしくは20%下がっていき、最終的には強化10回目で成功率10%にまで落ちる。
そのままでは失敗を繰り返すばかりで到底強化など望めないが、ここで当然の如く補助アイテムも用意されている。
『錬金アイテム』と呼ばれるそれらは、強化の際に使用することで鍛冶強化の成功率を引き上げる消費アイテムだ。
その効果は10%アップから100%アップまで種類によって様々だが、ユーザーはこれらを使って錬金強化をより安全に行うことができる。
そしてこの錬金アイテムは、イベント報酬で貰えたりもするが基本的には課金アイテムである。こういうところで課金を促すのだ。
だが、中には手持ちの錬金アイテムが足りなかったり、もしくはアイテム惜しさにケチって成功率80%や90%で強化に挑む者も出てくる。
そう、『成功すれば』という言葉があるからには、その裏側には『失敗すれば』という言葉も存在する。
成功率100%未満では、当然のことながら失敗することもある。
そしてその失敗のリスクは何と、驚くべきことに『装備品の完全消失』であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
普通さ、成功率90%もあれば、成功すると思うじゃん?失敗する訳ないよね、大丈夫だよね、とか思うじゃん?
だけどさ、これが普通に失敗するんだよ。全ッ然大丈夫じゃないの。ガンガン失敗しやがるの。
とあるイベントで成功率90%を3回連続で失敗した時にはもうね、本気と書いてマジと読むくらいには頭に来たね。
「こいつじゃ話にならん!じいさん出せ!」
「鍛冶屋のじいさん早よ体調治して復帰してくれ!」
と仲間内でよくネタとして話したもんだった。復帰する訳ないんだけどさ。
いや、ただ単に強化回数をリセットされるくらいならまだいい。そうじゃないのがとんでもなく大問題なんだ。
失敗の結果は『装備品の完全消失』よ?
リセットじゃないの、装備が『消』えて『失』せるの。
アイテム欄から『消』えて『失』くなっちゃうの。
すんげー大事なことだから三回も言っちゃったけど。
現代日本のリアルでそれやったら、クレームの嵐どころの話じゃないよ?損害賠償で訴えられて店速攻で潰れるよ?
しかも、失敗の時の鍛冶屋の台詞がまた憎悪を煽る。
「強化に失敗した」というアナウンスとともに赤い文字で「消失」と表記され、鍛冶屋は悪びれることなく
『あー、その、何だ……次いくぞ、次!』
と、平気な
貴様!!客の大事な装備品を己の無能のせいで壊しておきながら、言うに事欠いてそれか!!
ふッざけんな!!!!!
次の武器どころか次の強化用素材のストックもねぇわ、アホンダラがぁ!!!!!
もうね、手に持っていたスマホを何度ぶん投げたくなったか数知れない。こんなことでスマホまで消失する訳にはいかないから、必死に堪えたけど。
それでもこの鍛冶屋の失敗消失のせいで、完全にやる気が失せて引退した友達も何人もいた。
中には本気で
「
と叫ぶユーザーも数多いた。もちろん俺もその一人だった。
鍛冶屋と名乗る者にあるまじき彼の所業のせいで、ユーザー達の屍も山のように堆く積み上げられていった。
そして次第にユーザーは、1%の親しみと99%の憎しみを込めて彼のことをこう呼ぶようになったのだ。
【破壊神イグニス】と―――
もちろんイグニスは神などではない。ごくごく普通の、人間の少年だ。
だが、100%以外は絶対に信用できない、奴の言う成功率90%は失敗率の誤植だ!とまで言わしめた彼のヘッポコ鍛冶技術は、破壊神の名に十二分に相応しい程にはユーザーの装備品を葬ってきた実績がある。
そして遂には、イベントで【破壊神イグニス】という名の臨時討伐任務まで本当に出されたくらいだ。
お前どんだけ憎まれてんだよ……ってなるよね。
でも、これまでに
貴重な装備品類を長きに渡り破壊され続けてきた、俺達
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトの脳裏を駆け巡り続ける、ブレラグクライムオンラインでの苦い思い出。
その元凶である忌々しい破壊神と同姓同名の、しかも家業も全く同じ鍛冶屋だという少年が、他のクラスとはいえラグーン学園の同級生に存在するという。おそらくはあのNPCで間違いないのだろう。
ライトの心中としては正直穏やかではないが、これは是非とも近いうちに一度本人に会わねば!と考えたライトだった。
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運営同様蛇蝎の如く嫌われるNPCって、わりとソシャゲ界あるあるですよねぇ。
中の人がいないNPC相手に憤慨してもしょうがない、とは思いつつ、生身の人間相手ではないのをいいことに八つ当たり対象とするにはもってこいという、何とも哀れなNPC達。
NPCそのものに罪はなくとも、その生みの親たる運営が憎まれればその子であるNPCも憎まれる羽目に。親の因果が子に報い、てなところでしょうか。
ライトの前世では破壊神としてその名を轟かせた、鍛冶屋のイグニス君の運命や如何に!?
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