第56話 神殿跡地

 時間的にもちょうどいい頃合いだったので、ライト達はグランとレミの墓標のある丘の上で昼食を摂ることにした。

 お墓の横で昼飯とか、罰当たり過ぎじゃね?などという、頭の固いことを考えてはいけない。

 むしろ、親子や兄弟姉妹の絆を深めるための親睦タイムなのだ。


「……こうしてのんびりしていられるのも、あと少しだけなんだよね……」

「ああ、そうだな。お前はこれからラグナロッツァのラグーン学園に通うんだからな」


 ライトは今自分達が立っている場所から、ディーノ村を一望しながらふと呟く。


「それにしても、ディーノ村って本当に大自然以外何もないよねぇ……」

「そりゃ仕方ないな。んなもん今に始まったことじゃないし」

「でも……ぼく……ディーノ村、好きだよ」

「そうなのか?ライトは物好きなんだなwww」

「うん……だって、ここは父さんと母さんと、レオ兄ちゃんの故郷だもの」

「……ああ、俺達はこの村で出会って、ともに育った仲間だ」

「だったら、ぼくにとっても大事な故郷だよ」

「そうだな。ディーノ村はお前の故郷だ」


 ディーノ村を見渡せる、小高い丘の上から眺めるディーノ村。宮殿のような目立つ大建造物もなければ、ラグナロッツァのような石畳など欠片もない、本当に辺境と呼ぶに相応しい閑散とした村。

 自然溢れる長閑な風景は、平和そのものだった。


「でも、ぼくの一番の故郷は、小さい時からずっと住んでるカタポレンの森だけどね!」

「ハハハッ、そりゃ違いねぇwww」


 レオニスは、ライトの言葉に快活な受け答えとともに、軽やかに笑う。


「だがな、ライト。もし誰かに故郷や出身地のことを聞かれた時に、間違っても今みたいにカタポレンの森って答えるなよ?」

「え、何で?」

「そりゃお前、カタポレンの森なんて普通の人間の住むところじゃねえもんよ」

「えー……そりゃ確かに、ぼく達以外に人間が住んでるとは到底思えない環境だけども……」

「カタポレンの森が出身地です!なーんて答えたら、周りから変人もしくは嘘つきか、果ては化物扱いされかねんからね?」

「えー、そしたらカタポレンの森に住んでることが知られているレオ兄ちゃんとか、どうなるのさ?」

「ん?俺?俺はもう今更だから、誰も驚いたりなんかしないぞ?」


 レオニスは事も無げに言い放つ。


 そう、今更なのね、今更……

 レオ兄、それって普通に化物扱いされてるってことだよね。周知の事実ってのもあるんだろうけどさ。

 そこら辺全ッ然ダメージ受けないって、ホンットすごいよね……メンタル強過ぎくね?


「ま、出身はディーノ村って答えときゃ問題ねぇってことさ」

「んー、分かったー」


 ライトも不用意に目立つことはできるだけ避けたいので、レオニスのアドバイスに素直に従うことにする。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 昼食を食べ終え、次の行き先に移動するために敷物などの片付けを二人して行う。

 そう、次の行き先はライトが今最も行きたい場所、ディーノ村の外れにあるという旧教神殿跡地である。


「レオ兄ちゃん、旧教神殿跡地って、ここからどれくらいの距離のところにあるの?」

「この丘の後ろにある小高い山、その頂上にあるはずだ」


 先程まで昼食を食べながら、のんびり眺めていたディーノ村の人里とは真反対の後ろの方を向いた。

 小高い山の峰々が、その峰の頂をだんだんと高くしながら連綿と続いている。そこからシュマルリ山脈へと続いているのだろう。


「じゃあ、そこまで歩いていくとどれくらい時間かかるの?」

「まぁそこまで高い山じゃないし、歩きならここから20分も登れば頂上に着くとは思うが……んー、今日はライトにあまり無理させたくないしなぁ……よし、飛んでくか」

「ん?飛んでくか、とな?……ふンぎゃッ!!」


 レオニスは、飛んでく宣言したと思ったら、ライトをひょい、と小脇に抱えて勢い良く空を駆け出した。


「おごごごご、レ、レオにッ、ぃッひええええッ」

「あー、すぐ着くからおとなしくしといてな」

「ぎええええッ」


 時間にしたら1分2分といった短さだったが、体感的にはもっと長く感じる飛行だった。

 目的地に着いた時にはゆっくり着陸したが、ライトはその場でへなへなとへたり込んでしまった。


「ハァ、ハァ……レ、レオ兄ちゃん、空飛べたの……?」

「ん?ああ、今日は完全装備で来ているからな。よほどの長時間でなければ、単身飛行可能な魔法もジャケットに組み込まれてるんだ」

「……あのね、レオ兄ちゃん?」

「ん?どした?…………あッ」


 レオニスは何の気なしに答えたが、何やら一瞬にして暗雲オーラがライトの身体から立ち上っていることに気づいた。

 だが、レオニスよ。気づいた時にはもう遅い。遅いのだ。


「空を飛ぶとか、そういう非日常的かつ世間的にも非常識なこと、何で突然実行しちゃうかなぁ!?」

「そりゃレオ兄ちゃんなら、何でもできちゃうだろうなって思っちゃうけどさ!」

「そういうことは、事前に教えてくれなきゃダメでしょッ!!」

「ぼくにだってね、心の準備というものが必要なのッ!!」

「だいたい!ぼくが!高所!恐怖症!だったら!ど・う・す・ん・のッ!!」

「暴れて落っことしちゃうかもしれないでしょッ!!」

「レオ兄ちゃん、今日もお家帰ってから大反省会したいわけ!?」

「ぅひぃぃぃぃッ、ごめんなさいぃぃぃぃ」


 晴れ渡る晴天のもと、数多の落雷を全身に浴びるレオニス。

 その落雷の発生源は、もちろんライトである。

 憤怒の表情で仁王立ちしながらビームを放つかの勢いで睨むその目つきは、眼力だけで心臓麻痺を起こせそうである。

 それにしても、レオニスの説明不足は今に始まったことではないが、どうにかならないもんか。


「……ったく……勘弁してよ、もう……」

「ううう、すまん、ライト……」


 言いたいことを存分に吐き出したおかげか、少しだけ落ち着いてきたライトは周りを見回す。

 山深い奥地にあって、少しばかり開けた土地にその神殿跡地はあった。


 ぱっと見た感じでは、前世の地球の世界遺産であるギリシャのパルテノン神殿を、更に無残に砕いたかのような風景。

 残骸と呼んでも差し支えないようなそれは、柱の根元と広間らしき床、そしてかつてそこには祭壇があったであろうと思われる場所に壇の土台がかろうじて残っている、と判別できる程度のものだった。

 だがそれだけで十分に、かつてここには立派な神殿があったということが窺い知れる。


「ここには、本当に何らかの神殿があったんだね……」


 ライトは感慨深げに呟く。

 おそらくここはライトが推察した通り、転職神殿があった場所なのだろう。

 だが、ようやく見つけた職業システムの手がかりも、こうも無残な姿と成り果ててしまっているとは―――しかも人っ子一人いない、完全な無人状態になってしまっている。



『はぁ……しっかしこれ、どうすりゃいいんだ……』

『ブレイブクライムオンラインにおける職業システムの全ては、この転職神殿から始まるものだ……』

『その始まりの地たる神殿が、ここまで破壊されてしまっていては……』

『しかも、案内役の巫女さんもいないし……』

『これ、俺一人の力や知識だけで、どうにかできるもんなのか……?』



 レオニスに悟られる訳にはいかないため、ライトは神殿の様子を観察しながら脳内であれこれ逡巡する。

 神殿跡地なんて呼ばれるくらいだから、神殿の状態が相当劣悪であろうことはライトも予想していた。

 だが、ライトの予想をはるかに上回る酷い有り様を目の当たりにして、少なからずショックを受ける。



『もはやこの世界には、職業システムは一切残されていないのか?』

『勇者と呼べる者も、もうどこにもいない……?』

『この世界で勇者になるすべは、完全に閉ざされてしまったのか?』



 あまりの惨状に、ライトは祭壇があったであろう場所の前に一人立ち尽くし、途方に暮れる。

 その時、ライトの足元が急速に輝き始めた。

 弱々しく輝く光はさほど強烈なものではなかったが、何が起こったのか分からず一瞬だけ困惑した。

 だが、その光はライトにはどことなく懐かしい感覚を覚えるものでもあった。


 そしてふと、どこからか誰かの視線が自分に向けられているのを感じる。思わずライトは、その視線の来る方を向いた。

 すると、そこには何と―――エルフ風の名も無き巫女が静かに立っていた。





====================


 ライト君も、何気に失敬ですよねぇ。

 ディーノ村にだって、大自然以外の観光名所くらいあるんですよ!

 例えばほらー、冒険者ギルドのディーノ村出張所ですとかぁー、そこに勤めている、何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディーさんですとかぁー……え?それも観光名所と違う?


(ディーノ村在住、クルゥェアさん(仮名:17歳))

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