第38話 来訪者

 ライトとレオニスが二度目の『男と男の約束』を交わしてから、5日が経過した。

 冒険者になるための本格的なカリキュラムを組むことから始まり、今は座学と野外活動を交互に、午前と午後に一回づつ行っている。


 座学はまず、先日ラグナロッツァのスレイド書肆にて購入した8冊の書籍類のどれかを読み、その内容の理解を深めることから始めた。

 本を読み進めていき、分からない点があったらレオニスに質問する。レオニスでも分からないことは、次にラグナロッツァに行った時にスレイド書肆もしくは国立図書館で調べる予定だ。


 座学として俺が読書をしている間、レオ兄は席を外していることも多い。その間に、森の見回りをしたり食糧の買い出しをしたりと普段の用事をこなしているのだ。

 ま、俺自身読み書きは全く問題ないし、算数も四則演算程度なら今更習うこともないしな。レオ兄には

「……お前、国語や算数はほぼ完璧だよね……何で?」

 と不思議がられたが。レオ兄、そこはいつもの『キニシナイ!』精神を遺憾なく発動するところですよ!


 野外活動は、まずその日の天気により内容を決める。

 晴れ渡る晴天ならば、森の中をアルといっしょに走り回ったり、高い木の上のてっぺんまで登ったり、家の裏の岩山まで往復したり。

 つーか、あの横っ腹の削れた岩山、絶対に裏山って距離じゃねぇと思うんだが。それでもレオ兄に言わせれば『ご近所さん』らしい。レオ兄、それ、絶対に感覚おかしいからね?


 雨が降っていたら、野外での活動は基本中止になる。

 その代わりに、家の中で腹筋運動や腕立て伏せなどの筋トレをしたりしている。

 こういう時、トレーニングマシンがあればなぁ、と思うが、ないものは致し方ない。だが、ダンベルくらいならレオ兄にゴーレム作るような要領で作ってもらえるかな?

 よし、後で頼んでみよう。


 昨日は天気が良かったし、そろそろ夏も終わりに近いから今のうちに体験しておこう、ということで目覚めの湖で特別野外授業をした。

 それは、湖だからこそ出来ること。衣類を着たまま泳ぐ、いわゆる『着衣水泳』というやつである。

 いやもうね、あれはぬかと思った。本気でにかけた。着衣水泳があんなにキッツいもんだとは知らなんだよ。知識としては知っていたけど、実体験として味わうと本当にその恐ろしさを身に染みて実感する。

 ああいう場面で、一歩どころか半歩でも対処を間違えると溺死コースを驀進することになるのね。溺死の恐怖というものを存分に味わいましたよ。

 つーか、俺がにかけてる横で、巨大クラーケンのイードは俺の周りを優雅にスーイスーイと泳いでいた。ちくしょう、何故だか悔しい。


 そして今日は朝から雨が降っていたので、午前の野外活動は無しになった。

 代わりに家の中で、腹筋20回・腕立て伏せ20回・スクワット20回、これを1セットとして2回繰り返すのを休み休みこなしていた。


 午前のカリキュラムを終え、昼休みとして昼食を食べる。

 俺とレオ兄とアル、いっしょに昼飯を食べながら会話を交わす。


「ライト、冒険者修行はどうだ?キツいか?」

「ううん。まだ最初のうちだから、手加減してくれてるってのは分かってるよ」

「そっか。まぁ、何でもかんでもとにかくたくさん詰め込めばいいってもんでもないしな。まずは基礎体力をつけていくことだ」

「うん、頑張る。でも、昨日の着衣水泳……あれは本気でヤバかったよ……」

「ハハハッ、ありゃ水場での活動を想定とした訓練だ。湖に限らず、河川、海、沼、都市部には下水道、それこそ水場なんてあちこちあるからな。あれくらい平気にならんと、冒険者なんてとてもやっていけんぞ?」

「むー、それは分かってるけどさぁ……」


 笑いながら諭すレオ兄に、反論の言葉もない。故に、少しだけふくれっ面をしてしまう。


「ま、目覚めの湖での修行なら、イードも見守ってくれるしな。万が一何かあれば、イードが助けてくれるさ。もちろん俺だって、ちゃんと見張ってはいるがな?」

「そうだね。そしたら今度、イードに何かお礼になるもの持っていきたいな」

「ああ、それはいいことだな、イードも喜ぶだろ」

「でも、いつものハイポやエクスポじゃ、代わり映えしなくてつまんないよねぇ?」

「んー、そうだなぁ……」

「というか、イードの好物とか喜ぶものって、何だろうね?レオ兄ちゃん、分かる?」

「ぃゃぁ……はて、何だろうな?さすがに俺にも分からん」


 とりあえず、イードの呼び出しにいつも使う『魔物のお肉たっぷり激ウマ絶品スペシャルミートボールくん・こぶし大』、これをこぶし大よりも更に大きな特大サイズにして、詰め合わせの箱詰め仕様で持っていこう。イードもいつも喜んで釣られてくれるしね。


 そんな話をしながらふと窓の方に目線を移したら、朝から降っていた雨が止んでいて、明るい陽射しとともに晴れ間が広がっているのが見えた。


「レオ兄ちゃん、雨が止んだようだよ」

「お、ホントだ。陽が出てきたな」

「午後の野外、どうする?」

「んー、そうだなぁ……せっかくだから、地面が泥濘んで足場の悪い森の散策を経験しとくか」

「はーい、んじゃ出かける支度するねー」


 いつもより汚れてもいい服装に着替え、一休み用の飲み物入り水筒などを用意する。

 準備万端いつでもお出かけOK!


 レオ兄とアルとともに、家の外に出た。

 雨上がりの晴れ間から覗く陽射しが、眩しくも暖かく心地良い。

 俺とレオ兄、ほぼ同時に背伸びをした。


「んーッ、気持ちいいー」


 だが、俺といっしょに背伸びしていたレオ兄の動きがピタリと止まる。

 そして東の方向に身体を向け、少しだけ険しい顔でついっと空を見上げた。


「ん?レオ兄ちゃん、どうしたの?」


 不思議に思った俺はレオ兄に問うたが、レオ兄は黙ったまま遠い彼方の空をじっと見据えたまま微動だにしない。


「………………来る」


 レオ兄が呟いた瞬間、俺の肌が粟立った。

 何か、ものすごい―――魔力の塊のような途轍もない何かが、急速にこちらに近づいてきているのが俺にも分かる。

 レオ兄の見据える方向を、俺も見続けていた。


 その数瞬の後、俺達の目の前に何かがふわりと舞い降り現れた。


 胴体部分だけでもレオ兄の身長を軽く上回る、身の丈の高さ。

 切れ長の目に、透き通るような青緑の瞳。

 そして、眩くも艷やかに煌めく銀碧色をした、流れるような美しい毛並み。


「………………!」


 俺は思わず息を呑んだ。

 一目見ただけで、突然目の前に現れたそれが何者であるのか分かる。

 高位の神獣、銀碧狼。そしてアルの母親だ。


「ワォン、ワォン!」


 俺の横にいたアルは、喜色満面の笑みを浮かべながら目の前に現れた銀碧狼の側に駆け寄っていった。





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 やっと来ました、アルのお母ちゃん。

 アルは若干アホの子っぽいですが、さてお母ちゃんの方はどうでしょうか?

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