第24話 四人の故郷

 翌日、ライト達は早速ラグナロッツァへ行く準備をしていた。

 だが、ここでひとつ、問題が急浮上する。


「レオ兄ちゃん、アルはどうしよう?」

「んーーー……さすがにアルを首都のド真ん中に連れて行く訳にはいかんなぁ……銀碧狼ってだけで目立つし、そもそも格の高い珍しい種族だからなぁ」

「そうだよねぇ……」


 そう、それは『アルをいっしょに首都に連れて行っていいもんかどうか問題』である。

 ライト達にとってはもはや家族同様の大事な子だが、世間一般的にはただの魔獣と区別などつかない。

 その上銀碧狼という種族自体が非常に珍しく、目撃情報すら滅多に出てこないほど貴重な存在らしい。


「それに、アルの毛並みって、ものすごく綺麗だし。何よりこんな可愛い子、他の人に見られたら、絶対に危ないよね?悪いやつらに目をつけられて、誘拐されちゃうかも……」

「うんうん、そうだな、悪い奴ってのはどこにでもいるからな」

「もしアルが都会で拐われちゃったら、ぼく……うううッ」

「心配すんな、ライト。もし万が一にもそんなことにでもなってみろ、この俺が首都を全部灰にしてでも必ずアル救い出してみせる!!」

「レオ兄ちゃん、ほんと?ありがとうううう」

「そんなん当然のことだ!可愛いアルと可愛いライトのためだからな!!」


 身体を寄せ合い、ヒシッと互いに抱きつく二人。

 確かにアルの毛並みはとても美しく、希少価値云々以上に可愛らしいのだが。この二人の目には更に輪をかけた、いわゆる『兄バカフィルター』なるものが幾重にも重なっている模様。

 レオニスに至っては、そこにライトへの『養親バカフィルター』も更に重ね掛けされているようだ。


「しかし、そうなると、どうしようねぇ……アル、ひとりでこのおうちでお留守番、できる?」


 ライトはアルに向かって問いかける。


「クゥン?……クゥン、キュゥゥン……」


 ライトの問いかけが理解できているようで、何やら途端に萎れるアル。


「レオ兄ちゃん、どうしよう……」

「あー、そうだなぁ……そしたら、俺達が首都に出かけてる間、ディーノ村の冒険者ギルドでアルを預ってもらうか」

「え、そんなこと、できるの?」


 ライトは少し驚きながら、レオニスの方を向いた。


「ああ、もともとここから一番近い冒険者ギルドの関連施設ってったら、ディーノ村の出張所だからな。そこから転移門を使って首都に飛ぶ予定だし」

「それに、あすこの受付嬢はなかなかに肝の座ったねーちゃんでな。あのねーちゃんなら、銀碧狼のアルを見ても平気だろ」

「そんなすごい受付嬢さん……なの??」


 ライトの頭の中には、何やら想像もつかないような褐色肌の筋肉マッチョッチョなスキンヘッドのおねいさんが湧き出てきた。

 おい、やめろ、そいつは決して受付嬢なんて種類の生物じゃねぇ!!


「そういえば、ディーノ村っていったら、ぼくのお父さんとお母さんがいた村、だよね?」

「ああ、そうだな。グランの兄貴とレミ姉、そして俺が育った故郷でもある」

「ぼく、この森を出て初めて行くのがディーノ村だなんて、何だかうれしいな」


 思いもよらなかった行き先に、ライトは少し嬉しくなった。

 両親とレオニスが育った故郷なら、自分にとっても故郷だ。どんなところだろう、さぞかし風光明媚な場所なんだろうな。

 もしかしたら、有名な観光名所とかにもなっているのかも?


「清々しいくらいになーんもないところだけどなッ!ハハハッ」


 レオ兄や、いくらそれが事実だとしてもそりゃあんまりってもんですよ?


「北はカタポレンの森、西はシュマルリ山脈、南はノーヴェ砂漠に囲まれてるからな、あまりにも自然環境が厳し過ぎて本来なら人が居つけるようなところじゃない」

「だがそれでも、そこに居つき、集団を成す。それが人間ってもんの、逞しくもあり恐ろしくもあるところだ」

「ディーノはもともと、カタポレンやシュマルリへの足がかりとして作られた拠点だ。多くの冒険者がそこに住みつき、家族を得て、家庭を築き、そして志半ばで子を残して亡くなるケースも多くてな。グランの兄貴やレミ姉、俺もそんな家庭に生まれた末の孤児だ」

「ま、今はディーノなんて厳しい環境にわざわざ居つく根性のある冒険者なんてめっきり減って、昔より更に寂れてきたがな」


 何か想像以上にキツい話だった。

 でも、そうか。だからレオ兄も俺の父さんも、迷わず冒険者になり、どこまでもひたすら昇り詰めていったのか。

 それは己が身の内に流れる、冒険者の血故なのかもしれない。そう考えると納得できる部分もあった。


「ま、そんな訳で。とりあえずディーノの冒険者ギルドに行くぞー」

「ライトはアルの背中に乗せてもらえ、アルも大きくなってきたし、それくらい大丈夫だろ?」

「ワォン!!」


 アルは嬉しそうに返事した。ライトも嬉しそうに、いそいそとアルの背中によじ登る。

 そう、アルはライト達と暮らし始めた約1ヶ月前に比べ、その体躯は前世でいうところの大型犬と並んでも遜色ないくらい大きく立派に育っていた。故に、まだ小さな子供であるライトを背に乗せても問題ないとレオニスは判断したのだ。

 これも日々、美味しいものをたらふく食べさせてもらっているが故の成果か。成狼になればもっともっと立派な体躯になるが。


「よし、んじゃアル、俺についてこいよ。ディーノ村までかけっこだ!」


 ヒュンッ!と駆け出すレオニス。一瞬にしてその姿を見失うくらいの駿足で、前を走り出す。

「ワオッ!」

 アルも負けじと走り出す。実に楽しそうだ。


「わわッ、ちょ、待、早ッ!」


 そんな二人?一人と一匹?の疾走に、振り落とされぬよう必死にアルの身体にしがみつくライトもまた、どこか楽しそうであった。

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