第12話 魔石

「さ、今日は魔石の回収に行くぞー」


 レオニスがライトに声をかける。朝日が眩しい。

 朝食を済ませて、二人して出かける支度をする。

 今日は週に一度の魔石設備の巡回および回収日である。


 レオニス達が住む「カタポレンの森」と呼ばれるそれは、とても広大な森だ。アクシーディア公国の北側に位置し、森の北側には雄大な山脈が聳える。

 さらにその向こう側に、ハイロマ王国がある。要は両国の国境地帯である。


 【魔の樹海】とも称されるカタポレンの森には、様々な魔物が棲息し、どこも魔力に満ち溢れている。

 レオニスは森の要所要所に、水晶に森の魔力を吸わせて溜め込んで魔石に変える、特殊な魔法陣を設置していた。

 その設置箇所は祠だったり木のうろだったり、場所によって姿形は違うがそれらの中に特殊な魔法陣を組み込んでいる。


「この森の魔力はとんでもない量でな、普通の人間じゃとても住めないんだ。魔力のない人間はもちろんのこと、そこそこ多めなやつでも大抵はダウンしちまう」

「そうなんだー、でもぼくやレオ兄ちゃんは平気だよね?何で?」

「そりゃあねぇ、お前は赤ん坊の時から俺といっしょにずっとこの森に住んでるから、当然相当な魔力耐性ついてるはずだし。お前の魔力量も、今計れば多分すごいことなってると思うよ?」


 ライトがその魔石という存在を知ったのは、3歳くらいの頃か。

 初めて魔石の巡回回収作業に連れていってもらった時から、その理由や仕組みについていろいろと聞いていた。


「レオ兄ちゃんも、魔力量すごいの?」

「俺かぁ?そうだなぁ、俺は生まれた時からこの森に住んでる訳じゃないが、生まれつきそれなりに高かったようでな。それでも初めてこの森に足を踏み入れた時にはキツかったなー、目がグルグル回って吐き気も来て5分と居られなんだわ、ハハハ!」

「えー、それじゃ森に住むのなんて無理じゃん!どうやって住めるようになったの?」

「そりゃお前、気合いだよ気合い!毎日少しづつ入り浸って、身体を慣らしていったんだ!」

「ハハハ、そうなんだー……レオ兄ちゃんってホント脳筋だよね……」

「んー?何か言ったかー?」

ひぃえいいえあいおいっへあへんなにもいってません


 レオニスにほっぺたをムニられるライト。

 幼子のほっぺたをムニるレオニス、とても楽しそうである。


「まぁキツいってったって、何も骨折られたり内臓壊したり生命まで取られる訳じゃないからな。ただ単に頭痛や悪寒、吐き気に胸焼け嘔吐三昧、時折り腹痛の嵐に襲われるってだけの話だ、耐えきれないもんでもないし死にゃしねぇさwww」

「……そういうもんなの……?」

「あ、でもそういう時に魔物と出くわすと頭から食われちまうがな、ハッハッハ!」

「レオ兄ちゃん、それ笑い事じゃないって……」


 呆れたような目つきでレオニスを見るライト。

 だが、そのとてつもない根性は尊敬に値すると素直に思う。


「でも、どうしてそんなきけんな森に、わざわざ住みつづけるの?」

「んー、俺は世界中を旅して回る冒険者だからどこに住んでも構わないんだが、国とギルドからの要請もあってな。この広い森の監視と国境警備を兼ねてるんだ」

「えッ、そんな重大なこと、レオ兄ちゃん一人でやってるの?」

「監視や警備ったってそんな堅苦しいもんじゃないぞ?万が一、魔物の暴走やら他国からの侵略とか事件が起きた時に、首都や周辺都市からの援軍が来るまで時間稼ぎする役割ってだけの話さ」


 思っていた以上に、責任重大な理由だった。

 もしかして人嫌いの世捨て人?前世の俺以上に酷いヒッキーなの?とか思ってたよ、ごめんねレオ兄。


「レオ兄ちゃんてすごいね、そこまでがんばれるレオ兄ちゃんは、本当にすごいと思う!」

「はは、そんな大層なもんじゃないさ。ただただひたすら、一日でも早く強くなりたかったし、皆を守れるようになりたかった。ただそれだけだ」


 純粋に褒められるのが苦手なのか照れくさいのか、軽く笑いながら否定するレオニス。何かを思い出しているのか、どこか遠くを見つめるような目線をした。


「でも、ぼくもだんだん分かるようになってきたよ。家の周りから遠くに行くと、空気がぜんぜんちがうって」

「そっか、ライトも順調に成長していってるな!」


 そう、レオニス達の住む家の周辺にも魔力を吸い取る装置が設置されている。レオニス曰く


「この森に慣れた俺達だけならともかく、ごくたまぁーに来客とかあるからな」

「それに、体調崩したり具合が悪くなった時に、この森の魔力をそのまま直接浴び続けるのはさすがに危険なんだ」

「一応魔力を吸い取るペンダントや腕輪といった魔導具も、あるにはあるんだがな。そういうのは、ちょっとだけ森に入って素材だけ採りたいようなやつ向けで、あくまでも一時的な対処法ってだけで毎日そこに住むとなると不向きなんだ」


 とのこと。確かに、来客自体滅多にあることではないが、それでも一応備えておくに越したことはない。


「だから普段住む家の周りにも、森から受ける魔力量を調整するために魔法陣を複数置いている。そもそもこの程度の魔法陣をいくつか置いたところで全部吸い取りきれるもんじゃないが、それでも置かないよりは万倍マシなんでな」

「それに、魔物に対する結界も兼ねてるんだ。ここの魔物は、魔力の薄いところには移動しないからな」

「だから森の外にもほとんど出ない、基本的に魔物にとっては濃い魔力ほど心地良いもんらしい」

「ま、別に魔物に襲われたところで俺自身は平気なんだが、毎回家が傷んだり壊れでもしたら修理が大変だろ?おちおち寝てもいられん」


 そりゃそうだ、毎日魔物に襲われて毎日家の補修しなきゃならんとか、住み続ける気起きなくなるよね。


 レオニスの言う通り、家から半径500メートルの距離に2つの正方形を45度の角度で組み合わせた八芒星の頂点8箇所の位置、その全てに特殊な魔法陣が施され水晶が置かれている。

 木の切り株だったり石の上だったりと形状は様々だが、いずれも目立たず周囲の景観に違和感なく馴染むよう配慮されている。

 その魔法陣の結界を出てしばらく歩くと、森の空気が一気に濃くなるのだ。重くまとわりつくような感覚は、確かに魔力耐性が低い者には厳しかろう。


 広大な森の無尽蔵とも思える魔力、その吸い取り方は案外単純だ。

 特殊な魔法陣の上に天然の水晶を置くことで、その水晶に魔力を吸わせるのだ。

 単純明快に見えて、実はかなり難しいことなのだが。

 まずその魔法陣からして複雑怪奇にして緻密な設計だし、天然の水晶の確保もそれなりに大変だ。特に家の周りは8箇所設置してあるので、吸い取り方にムラが出ないように大きさをある程度揃えなければならないし。


 そして、レオニス達の自宅周辺以外にも、様々な場所に魔法陣が設置されていた。

 大きな湖や休火山の火口、強い風が常時吹いている峡谷など、特に強い魔力を放出している箇所だ。

 これらの場所はそれぞれ地水火風の属性が特に強く、水晶に魔力を吸わせることで特定の属性を持つ魔石を作ることができるのだ。


 ちなみに魔石の回収時期は様々だが、ライトの小さな手のひらに収まる程度の水晶なら、だいたい2週間で魔力が満杯に貯まる。

 設置場所が遠方で回収に手間がかかる場合は、もっと大きめの水晶や複数個を置くことで巡回期間の調節も可能だ。

 家の周辺の8箇所は四角ひとつ分を1週間毎に回収して、魔力の吸収にムラがでないようにしている。


 今回は、休火山の火口近くに設置された特殊魔法陣まで来たライトとレオニス。

 三週間前に置いた魔石が魔力満杯になっていたようなので、ライトはレオニスに手渡された大きめの水晶と交換する。

 休火山とはいえ、生きた火山に変わりはない。その火山から発する火の魔力を極限まで吸い取った水晶は、赤々とした魔石になっていた。

 手のひらに乗せても全然熱くないのが不思議だ。もっとも、マグマ並みに熱かったらそれはそれで劇物化して火傷どころじゃ済まないが。


「こういうところにも、結界がひつようなの?」

「これは結界じゃなくて、単に魔力を吸い上げてるだけだ。こんなちゃちなもんで、この森の魔力を全てコントロールしようなんざ、烏滸がましいにも程がある」

「じゃあ、何で??」

「それでも全くやらないよりはマシって程度のガス抜きと、あとはまぁ……俺の趣味?」


 自然の偉大さとか人間の小ささ等の真面目そうな話から、いきなり個人的な話に変わる。


「……しゅみ?」

「属性つきの魔石ってカッコいいだろ!見た目もそれぞれ違って綺麗だし!」

「…………」

「あッ、何だお前その目つき!それになぁ、これは見た目のカッコ良さだけじゃなくて、武器や防具への属性付与とかにも使えるし、攻撃魔法の媒介にもできる、それはそれは貴重なアイテムなんだぞ!」


 おお、それはいいこと聞いたぞ!

 そんな便利な使い方もあるのか、よし、俺もいつか使わせてもらおう!


「あと、魔石自体がものすげー高値で売れるんだよな!属性なしでもお高い品だが、特定の属性つきの魔石は更に価値が高くなってボロ儲けもいいとこよwww」


 おおぅ、レオ兄が守銭奴モードに入ってるぅぅぅ。

 でも、銭ゲバオーラを漂わせてなお爽やかイケメンが崩れないのはさすがだ。


「ま、魔石を売った金なんぞに頼る程俺も落ちぶれちゃいないがな!売るのはあくまでそれが必要になった時のみ、冒険者たるもの稼ぎを出すのはこの腕ひとつで十分さ!」


 腕に手を当て明るく爽快に笑うレオニスの顔は、勇猛果敢な冒険者そのものであった。

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