第313話 癪。

 ここは先ほどまでアレンとエルバレス王国軍と戦闘が行われていたパラスオアシスから少し離れた砂漠地。


 その砂漠地に馬車が一台止まってザッジムとバルサーが馬車から降りてきた。


 ザッジムはどこか茫然とした様子であたりに戦闘の痕が生々しく残っているを戦場を見回す。


『大規模な魔法を使わずに誰一人として殺さないで、千規模の戦いを一人で終わらせたというのか』


『信じられませんが。使っていたのか肉体強化系の魔法のみでしょうか? 遠くで見ていた限りでは』


『とんでもないな……アレンと言う奴は』


『ええ、人間相手との戦い慣れている感じがありましたな……その……クリスト王国か、はたまた別の国では軍務のトップだったのではないでしょうか? まさに軍の英雄だったのではないでしょうか?』


 ザッジムは不満げな表情を浮かべて鼻を鳴らした。そして、バルサーへと視線を向ける。


『ふん、アイツを御せる王などいると思うか? 仮にそんな王が居たとして、奴が軍のトップに立っていたら……奴が侍る国は全世界を支配しているだろう』


『それは……そうかも知れませんね』


『っと。どうせ、私では御することのできないアレンを論じているよりも……まずはこっちだ』


 ザッジムは足を止めて、アレンが捕虜とした砂漠から顔だけ外に出した男へと視線を向けた。


 その男はザッジムの姿を視認するや、声を上げる。


『き、貴様は反逆者のザッジム王子!』


『なるほど、そのように流言が流されているという訳か?』


『そのようですな。おそらくフェルダーの仕業ですね』


 捕虜のうるさい男の言葉……情報を耳にしたザッジムとバルサーが納得したように頷き話した。


『しかし、こんな流言を信じる奴など馬鹿しかいないだろうな。長子の俺が反逆する必要などない』


『しかし、その流言……まさか』


『ん? なんだ?』


『王の遺言状です。もし、それが奴らの手に渡ってしまった場合に改ざんの可能性があるかと』


『馬鹿な。魔法で書かれた遺言書を改ざんなど……見る者が見たらわかるであろう』


『そうです。見る者が見たら……見る者が居なかった場合』


『っ! フェルダーめが!』


『しかし……おかしいと思っている者も必ずや居るでしょう。実際にまだ王国軍全体の掌握できていないようです』


『それはここに来たのが三千の軍勢だったからな。そうだろうな。しかし、予想していたよりも、このパラスオアシスに兵を向けられるのが早かったな。私達がこちらに逃げたことは気取られないように動いたはずだが……』


『それは……』


 バルサーが眉を潜めて、言葉を濁した。


 ザッジムは腕を組んで、オレンジ色に染まりだした空を見上げる。


『もしかしたら悪い方向に進んでいるやも知れんな』


『はい。それと私の陣営の中に裏切り者……内通者が居たやも知れません』


 自分達が思っていたよりも深刻な状況であることを察したザッジムとバルサーとの二人は……押し黙った。


 少しの間の後で、ザッジムが顔を下げて捕虜のうるさい男へと視線を向ける。


『ところでこやつ等は誰だ?』


『アレン様曰く偉そうな奴と弓の名手を捕まえたと言っておりました。おそらく先ほどから喚いている泥だらけの方が偉そうな奴、黙って居られる方が弓の名手でしょう。偉そうな奴というのはワルフール騎士団の七番隊隊長ガーバル・シル・アムール。弓の名手と言う彼の事は知っています。弓の名手……ロビン・フルート。二つ名は『越境』でした』


『越境だと?! その名は聞き覚えがあるぞ。エルバレス王国一とも謳われる弓の名手ではないか』


『ええ、それで……アレン様はザッジム王子に彼らの対処を任せると言っておりました』


『対処か』


 ザッジムは苦々しい表情を浮かべた。そして、少しの間の後で鼻を鳴らし、組んでいた腕を解き、小さく呟く。


『ふん、アレンの奴に王としての資質を試されているようで癪だな。自身に弓を引いた者達をどう扱うか……』


『……』


『とりあえずガポルから人を借りて、掘り出すぞ。これではまともに話もできんからな』


『はい。急ぎ、声をかけてまいります。ところで……こちらの先ほどからうるさい方はどうされますか?』


 ザッジムとバルサーは無視していたが、ガーバルは先ほどからうるさく騒いでいた。


 そのガーバルへと視線を向けたバルサーがザッジムに問いかけた。


『……一応、何かの役に立つやも知れん』


 それからガポルから人を借りたザッジムとバルサーは、ガーバルとロビンの二人を埋められていた砂漠から掘り返した。


 そして、パラスオアシス近くにある村へと向かい、言を交わしたのであった。

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