第312話 矢が飛んできた。

 パラスオアシスの方から放たれた矢が窓から顔を出していたザッジムの面前に迫ってきてくる。


 ザッジムはこの時世界がスローモーションに映って矢が徐々に近づいてきているのが分かっていた。


 矢が近づいてきているのが分かっていても、体が石化でもしたのかと錯覚するほどに全く動けない。


『っ!』


 ザッジムへと迫っていた矢が左目に突き刺さる寸前で……矢がピタリと止まった。


 なぜ、矢が動きを止めたのか?


 それは、いつの間にかそこにいたアレンが矢のシャフト部分を掴んでいた。


『アブナイ。アブナイ』


 ザッジムは驚きと恐怖、呆気など複雑な感情が渦巻くなかで、よろよろと一歩後ずさる。


『なんだっ』


『トリアエズ……オアシスニイル、ヘイシハオマエノナカマジャナイヨウダナ』


 アレンの視線の先ではオアシスから、兵士達が掛け声と共に隊列を組んで……ニール達へと向かってきていた。


 敵が迫ってきて、更には矢が目前にある……明確な死が目の前にある状況にザッジムは冷静でいられなかった。


『こ、殺せっ! 殺せ!!』


 ザッジムは眉間の皺を深く、目つきを鋭くして……殺意を込め叫んだ。


 次いでアレンの肩を掴んで続ける。


『私に刃を向ける者を……アレン、貴様の欲しいモノをなんでもくれてやる。奴らを皆殺しにしろ!』


『フッ』


 殺気立つザッジムに対して、アレンは小さく笑った。


 ザッジムはぐぐっと奥歯を強く噛みしめて、アレンへと鋭い目を向ける。


『何が可笑しいっ!』


『……ソレハデキナイ』


『なぜだ!』


『セイヤクニ、ハンスル。オマエハイッパンジンジャナイダロウ?』


『制約? 訳を分からんことを』


『オレニハ、オレノタタカイカタガアル……オマエタチハ、カクレテイロ』


 アレンはそう言うや、ザッジムへと迫ってきていた無数の矢をパシパシっと次々に掴み取っていく。


 そして、向かいくる兵士達へと向かって、スタスタと歩いていくのであった。




 パラスオアシスに居た三千ほどの兵士達は一刻も経たない内にアレンが一蹴して……隊の形を留めることなくバラバラに敗走していった。


 ただ、アレンは偉そうに見えた奴と弓矢を持った奴の捕虜として逃げないように拘束した。


『何者か知らんが珍妙な肌色のガキが! 私を誰だと思っている! 『ワルフール騎士団』の七番隊隊長で且つ、男爵……ガーバル・シル・アムールであるぞ! この待遇は無礼であろう!』


 この待遇……。


 アレンはロープを忘れていた。


 よってガーバルと弓使いは拘束……顔だけ出した状態で砂漠に埋められた……なんとも間抜けな状態で拘束されていた。


 カトレア、ルルマ、ザッジムとバルサーの二人、ガポルの一行を待っていたアレンはムッとした表情でガーバルへと視線を向ける。


『ホリョニサレタ、タイショウガ、エラソウニ』


『な、なんだと、私の軍が負けたのは貴様が何か卑怯な手を使ったんだ! そうに決まっている。貴様、恥ずかしくないのか!』


『ウルサイ』


 アレンは砂漠の砂をつま先で軽く蹴って、ガーバルの顔面に砂をかける。


『ぺっ! 無礼であるぞ!』


『ウルサイ』


『ぺっ! ぺっ! こ、こら!』


『ウルサイ』


『ぺっ! ぺっ! ぺっ! やめ、やめろぉ!』


『ウルサイ』


『ぶはぁ! 口が砂で埋まるだろう!』


 それからアレンによるガーバルの顔面への砂かけの攻撃が地味に続き。


 砂かけ攻撃を受け続けて顔面が砂まみれになっていたガーバルが謝罪を口にする。


『わ、悪かったっ!』


『ウルサイ』


『黙る! だから、砂をかけるのをやめてください!』


 ガーバルが静かになったところでアレンはもう一人埋まっていた弓使いであった男性へと近づいていく。


『ワルイナ。アマリノメイシュダッタカラ、オモワズツカマエテシマッタ』


『なんで、俺の矢が外れた? 狙ったはずなのに……何かしていたのか? 魔法か?』


『? ヤハ、ヨケラレル』


『よ、避けただと? 後ろを向いている時や曲射で完全な死角から狙ったのだってあっただろう?』


『ヤハ、カゼヲキルオトガ、キコエルカラ』


『そんな……化け物か』


『フッ、ソレハオマエモダ』


 アレンは弓使いへと小さく笑って見せた。


 そして、戦闘が終わったことを確認して近づいてきていたガポル一行の方へと歩いていったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る