第306話 次期守護神。

 ここは野宿地に作った地下休憩所である。


 外は日が昇ってきて暑いものの、地下休憩所は二十メートルほど下に掘り進めて、直径二メートル奥行三メートルほど横穴でずいぶんと涼しくなっていた。


「ラクダに乗っているだけで動いてないんだが……疲れたぁっと」


 アレンは手に持っていた着替えとタオルをその場に置くと、横穴の壁にもたれるように座った。


 それから、汗をタオルで拭いて、服を着替えていった。


 アレンの着替え終わったところで、外にいたカトレアがガポルを連れて地下休憩所に入ってくる。


 カトレアとガポルの二人で入ってきたことにアレンは首をかしげる。


「ん? カトレア? ガポルまでどうした?」


「アレン。ガポルさんが来たんだけど……私じゃ、まだうまく聴き取れなくて」


「そうか……」


 カトレアの説明を聞いたアレンは納得したように頷くと、ガポルへと視線を向けた。


 当のガポルは興味深げに地下休憩所の壁をペタペタと触れている。


『ナニカ、ヨウガアッタンダロ?』


『それよりも……これはどうやって? こんなモノがこの場所にあったのですか?』


『コレカ? コレハオレタチガ、ツクッタ』


『作った?! これを? いつ? どうやって?』


『アァ、オマエタチガテンマクヲ、ハッテイルアイダニ……マホウデ?』


『はぁー魔法ですか。初めて見ましたよ。すごいのですねー……なるほど、これが作れるのなら夜に砂漠を進むと考える訳です』


『……フツウノマホウツカイニハ、ムズカシイカモダガ』


『それで……これは他に作れたりしませんか? 私達の分も』


『ン? オマエラハ、テンマクガアル』


『いえ、天幕はここよりもずいぶん暑いですから。もちろん、お金を支払いますんで……どうかお願いしますよー』


『ンーキョウハモウキガエタシ、ソトデタクナシ、アシタナ』


『えーそこを何とか、いいじゃないですかぁ』


『ワカッタ。ワカッタ……ジャア、テツダエ……ヒトヲアツメロ』


『え、あ……はい』


 ガポルが地下休憩所から出ていったのを見送った後、カトレアへと視線を向ける。


「じゃあ、カトレアやれ」


「はぁ、また私ですか? 今日はさっきも魔法使いましたし。もうヘトヘトなんですけど……」


 アレンに視線を向けられたカトレアはげんなりとした表情を浮かべた。


「まぁまぁ魔法は使えば使うだけ、精度や最大出力が上がるものだから」


「別に私は魔法の精度や最大出力とか……いや、アレンには迷惑ばかりかけているので、やりますが」


「ハハ、頼むよ……ってどこに行こうとしているんだ?」


 アレンはカトレアが地下休憩所から出ようとしたところで、呼び止めた。


「え、これと同じモノを作るんじゃないですか?」


「今日はもう外に出るの嫌だし……ここを広げればいいだろ」


「あ……そうですね」


 カトレアは持っていたナイフで壁にカリカリと魔法陣を書いていった。


 魔法を使う準備を進めているカトレアを後ろからアレンがのぞき込む。


「一人でできそう?」


「ええ、ここ数日練習がてら地下休憩所を作るのを手伝っていますから」


「しかし、教えて数日とは思えない上達具合だ。いや、カトレアの場合は土属性の魔法に対してだけ極端に適正が高いよな。……さすがは守護神殿の娘だ。守護神殿の得意魔法も土属性だったはず。もしかしたら、次期守護神に一番近い存在になったかも知れないぞ?」


「えぇ、それ全く嬉しくないんですけど。私、奥さんになりたいんですけど。家庭に入りたいんですけど」


「共働きすればいいよ」


「いや……男の人って女性に家で待っていてほしいモノじゃないんですか?」


「一緒に帰ればいいじゃない」


「そ、それにほら料理とか掃除とか洗濯とか……」


「使用人を雇えばやってくれるよ。それだけ魔法が使えて次期守護神とくれば国王様も優遇してくれるだろう?」


「……うぐ、そうかも知れませんが。次期守護神となると……そもそも男性が寄り付かなくなってしまいませんか?」


「何を言ってるんだよ。それは今までとあまり変わらないよ。逆に軍務系の貴族から大人気じゃないか?」


「だから軍務系の貴族はゴリラばかりなんですって……」


「しかし、思ったんだが……それ全員って訳じゃないだろ? 軍師枠での軍に入隊した者とかはさすがに脳筋でゴリラはないだろうし……イケメンがいるかも知れないぞ?」


「軍師……か、関わりがなさ過ぎて知れませんが」


「それにお前に高い才能があるのなら、多少の我が儘は通るだろ? 軍にいるイケメン貴族を選び放題じゃないのか」


「ぐぅ私の心が揺らぎそうです……っと魔法陣はこんなもんでしょう」


「うん、そんなもんだな。戦闘で使う時は簡略魔法陣か、事前に魔法陣を紙や布に書いたものを用意しとくのがいいな」


「はい、戦闘で使うことになりますかねぇ」


「次期守護神なら使うだろうな」


「ハハ……」


 カトレアは苦笑して、自身で書いた魔法陣の両脇に手を置いた。すると、徐々に魔法陣が白く輝きだす。


「大人数だから、広範囲で頼むぞ」


「はい……」


 魔法陣の光が強くなったところで……カトレアは体の力が抜け出る感覚に囚われ……意識が飛びそうになる。


 その意識を保つために痛み……コリッと唇の端を噛む。


「【ブロック】」


 カトレアが土属性魔法の【ブロック】を口にすると……カトレアの触れていた壁がピキピキと音をたて始める。


 五分ほどして、カトレアは大汗を流して倒れそうになったところをアレンが受け止める。


「お疲れさん」


「はぁはぁ……ちゃんと出来ているといいんですが」


 アレンはカトレアの肩を貸すと、地下休憩所の奥で寝かす。ちょうど、その時足音が地下休憩所の外で聞こえだした。


 ガポル一人だけが地下休憩所に降りてくる。そして、カトレアの様子を目にして首を傾げながら問いかける。


『あのアレン様? 人を集めましたが……どうされたんですか?』


『イヤ、ナンデモナイ』


 首を横にふったアレンは置いていた赤を手に取って、グルグルと巻いていた赤い紐を解いて……鞘から引き抜いて赤い刀身を見せた。


 剣が抜いたところを目にしたガポルはビクンと体を震わせて後ずさる。


『え、なんで剣を抜いて?』


『ジャマダカラ……ソコ、ドイテ』


 アレンはガポルに向けて掃うようにジェスチャーをして見せる。すると、ガポルも何かに気付いたのか口を開く。


『え、あ……はい』


 ガポルが退いたところを目にしたアレンは剣を洞窟で窮屈そうにしながら構えて……カトレアが先ほど書いた魔法陣の方へと視線を向いた。


『……シッ』


 アレンは短く息を吐くや赤を目にも留まらぬ剣速で振う。


 赤を振るっていたのは一瞬だろう、すぐに赤を鞘にしまっていき……カチンッと音を鳴らして鞘にしまった。


 カチンッと音が響いたのと同時に……ガラガラと壁が崩れていった。アレンは足元に転がってきた石を拾い上げ、ガポルへと渡す。


『コノイシヲハコビダシタラ……チカキュウケイジョガデキル、タブン』


『な、なるほど、これを運び出すための人手ということですねぇ』


『ソウイコト、オレネルカラガンバ』


『ハハ……』


 ガポルはアレンに渡された石を抱えながら苦笑する。


 それから、ガポルをはじめ商人達は眠たい目を擦りながら石を運び出すことになったのだった。

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