第304話 あぁ燃えるようだ。

 アレンが店の中に入ると店にいた客達の視線がアレンに向き、ザワザワと騒がしくなる。


 周りの客の反応を気にすることなく、アレンは店内をきょろきょろと見回した。


 店内は外観と同じく古く年季を感じる内装で、いかにも地元民行きつけの店という感じであった。


 キョロキョロと店内を見回していたアレンに、オバチャンが話しかけてくる。


『あんた、何か食べんのかい?』


『……タベル』


『じゃ適当な席に座っておくれ。メニューは……壁にかかっているよ』


 オバチャンがアレンにそう言うと、厨房の中に戻っていった。アレンは空いていた席を見付けると……その席に座る。


「よっと……オッサンの言っていたラサームというスープの他に……って文字は読めんのだよなぁ。どうしようかなぁ」


 アレンはメニューへと視線を向けると、難しい表情を浮かべて腕を組んでいた。


 しばらくアレンが何を食べようか悩んでいると、オバチャンがアレンの席にやってくる。


『何を食べるか決まったかい?』


『ンー、ラサーム……ヒトツ。ラサームニアウヤツアル?』


『ラサームに合うやつと言ったら、ドーサでも二、三枚焼こうか?』


『ソレデ』


『飲み物はどうするかい?』


『ソレモオススメヲ』


『んーじゃ、ラッシを持ってくるよ。ウチのはまぁまぁいけるんだ』


『ソレデ。ヨロシク』


 注文を取ると、オバチャンは厨房へと戻っていった。


 アレンは安堵したようにフッーと息を吐き、椅子の背もたれに体を預ける。


 ふぅーなんとかなったか。


 全く何が届くかわからんが……。


 まぁ、それが旅の醍醐味とも言えなくもないか。


 あ……昨日の料理みたく、めっちゃ辛い料理とか届いたらどうしよう。


 ふ、それは……汗だくになって帰るしかないな。


 アレンが考えごとをしていると、オバチャンによって料理が運ばれてくる。


『まず、これがラサームね。それでこっちがドーサ、ちぎって食べてラサームにつけるもよし。一緒に付いているひよこ豆のペーストを付けるもよし。羊肉のペーストに付けるのもいいよ。それで最後に羊の乳のラッシだよ』


『アリガトウ』


『他に何かあったら、呼んどくれ』


『ハイ』


 厨房へ戻っていくオバチャンを見送ると、アレンは目の前に並ぶ料理へと視線を送る。


 うわー凄まじくいい匂いだ。


 何をとっても……ラサームだなぁ。


 真っ赤なスープに緑の……ハーブに見える葉っぱが浮かんでいる。


 辛そうに見える真っ赤なスープからは香辛料のいい匂いが漂ってきて、我慢ならん。


 アレンは木のスプーンを手に取ると、ラサームの真っ赤なスープを掬い、一口飲む。


 ゴクンとラサームの真っ赤なスープを飲んだ瞬間、アレンは目をカッと見開く。


 うお、これは……辛い。酸っぱい。


 辛、酸っぱい。


 今まで食べたことのない味付けのスープだな。


 確かにオッチャンの言った通り美味いんだが……辛いぞ。これは……。


「ひー」


 アレンは焼けるように熱くなった口の中を冷ますべく、木のコップを手に取った。


 木のコップに注がれた飲み物……ラッシを勢いよく飲み始めた。


 ラサーム、確かに美味いんだが……口の中が燃えるようだった。


 この仄かに甘いラッシがあってくれてよかった。


 これは羊の乳と言っていたが……少し酸っぱみがあって仄かに甘い。


 羊の乳はどうにも飲みにくいモノだと思っていたが……。


 ここら辺にいる羊の乳がこう言う味なのか? それとも何か加工されているのかわからんが……これは美味しいと思う。


 しかし、口の中から辛みが無くなると……また飲みたくなるラサーム。恐るべし。


 それから、アレンはラサームを飲む、ラッシを飲むを交互に繰り返していて……ラッシが無くなったところまで続いた。


 再びオバチャンにラッシのお代わりをしたところで……アレンはドーサへと視線を向ける。


 これは……ピザを薄く延ばしてカリッと焼いた感じのパンだな。


 昨日の宴の時には靴の底のような形のひらべったいパン……確か……ナンと言うパンが出てきていたが、それとはまた違う感じだな。


 一緒に付いてきたペーストに付けたりしたら美味いと言っていたが……そのままいってみるか。


 アレンはドーサを小さく千切って、口の中に放り込む。


「うん、これはピザとも違うな。仄かにバターの香りがいいな」


『ほらよ。お代わり。どうだい? 気に入ったかい?』


 アレンがドーサの感想を呟いていると、テーブルの上にオバチャンがラッシを置いた。


『カライケド、オイシイ』


『そうかい。そうかい。ゆっくり食べてってくれよ。英雄様』


 オバチャンはそう言うと、その場から離れて他の客の接客へと向かっていった。


 英雄様ねぇ。


 いつまで経っても、そう呼ばれるのはむず痒くて慣れないな。


 慣れないが……今はそのおかげで異民族の俺でもルバ村の中にすんなりと入らせて貰えて、いろいろ交渉に助かっているんだからガマンしないとな。


 いや、今はそんなことよりも目の前の食事だ。


「次は羊肉のペーストを試してみようか」


 それから、アレンは食事を進めていき……。


 一時間ほど店に滞在した後、ラサームの燃えるような辛さで唇を腫らしながら店を後にしたのだった。


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