第298話 ルバ村。

 アレン達が切り取られた土地から出て十三日目。


 朝、人々が起きだして朝食を食べている時間。


 ……それに、最初に気付いたのはルバ村に立つ見張り台の上で周辺警戒している褐色の肌の兵士であった。


 その兵士は村でも一、二を争うほどに目がよく、遠くの砂漠で砂埃が上がっていることに気付く。


 更に目を凝らして……騎馬した男達がこちらに向かっていることを視認すると、タラーッと汗を流す。そして、ゴクンの喉を鳴らした。


 騎馬した男達がこちらに向ってきていることを再度確認した兵士は木槌を手に取って見張り台に吊るされていた鐘を思いっきり叩く。


 カンカンカン!


 甲高い鐘の音が村の中に響いた。


 兵士は見張り台から身を乗り出して、下にいた兵士達へ声を掛ける。


『敵襲! 敵襲! 敵はおそらくシーザの一族、約五千がこちらに向かってきている!』


 兵士の鬼気迫る声を耳にすると、見張り台の下で通常の警備訓練をしていた兵士達は一様にビクンと体を震わせ、顔を強張らせた。


 次の瞬間、慌ただしく動き出した。兵士達は盾と武器を持って集まり出す。


 ルバ村の門がバタンと勢いよく閉じられる。


 ルバ村の村人達は状況を理解するのに時間が掛かったが、シーザの一族五千が攻めてくることが伝わる。


 村人達はそれぞれの家に入り、家族身を寄せ合うようにして危機が過ぎ去るのを祈りだした。


 数分後、シーザの一族五千はルバ村に到達する。


 シーザの一族は砂漠と言う地理の性質上、金属製の鎧などは着ておらず、冒険者服に似た服を着ていた。


 シーザの一族五千はルバ村の正面に馬を止めて陣とした。すると、一騎、我の強そうな褐色の肌の男性が跨った馬がルバ村へと近づいていく。


 その我の強そうな男性はルバ村に向って声を大にして呼びかける。


『我はシーザの一族の族長ムルザである。この地は我等が貰い受ける。ここで降伏するならば、命だけは助けてやる』


 我の強そうな男性……ムルザの呼びかけに対してルバ村からは返答などはない。


『……クク、せっかく降伏を促してやったと言うのに人の善意を無碍にする連中だ』


 少しの間の後で、降伏の意思がないことを確認するや、ムルザは嫌な笑みを浮かべる。そして、踵を返して騎馬隊へと戻っていく。


 騎馬隊に戻ったムルザに部下と思われる騎士が近づいてくる。


『族長……弓の準備整いました。合図で一斉に射撃します』


『そうか。間者の話だと地下通路があるらしい。押さえろ』


『は、畏まりました』


『さっそく始めようか……』


 ムルザはルバ村へと一度視線を向ける。


 ルバ村の周囲には大きな木の壁で囲まれていて村の中の様子を窺うことは出来ないが。村の門のところにある見張り台がからムルザ達シーザの一族の動向を窺っている。


『壁の裏に弓隊を隠しているでしょうか?』


『ふふ、馬鹿め。そんなことはわかっているわ。だから、こちらに布陣したのだ』


『……えっと?』


『こちらが風上、弓戦では我らが優位である。一斉射撃!』


 ムルザの一斉射撃の号令と共に周囲の旗がバッと上がる。すると馬に跨った騎兵達から矢が木の壁を越えてルバ村に降り注ぐ。




 予想以上に伸びた矢にルバ村の兵士達は苦戦を余儀なくされる。


 ルバ村側の弓兵から矢がそれほど放てず……矢の数が少なくシーザの一族の接近を許してしまった。


 大きな木製のハンマーを手に持ったシーザの一族の騎士達がルバ村の周囲を囲む木の壁を壊しにかかる。


 ドンドンッドンドン。


 丈夫に作られている木の壁であるが、ハンマーによる打撃で大きく揺さぶられた。


 それは、ルバ村の兵士達に小さくない動揺を生んだ。


 ここでルバ村の兵士達の間では二つの意見で分かれた。


 打って出るか、このまま守備を固めるか……この意見で分かれることになる。


 それは村長も頭を抱えるとところであった。


 ただ、村長は別の指示を部下へと出す。


 村の地下道から女、子供を逃がし……男すべてを強制徴兵する指示が出された。


 ルバ村の地下に掘られていた地下道では。


『母ちゃん、私達……村を出ちゃうの?』


 村の地下道を走る不安げな様子の褐色の肌の……五歳くらいの男の子が口を開いた。


 男の子の手を引く母親が男の子の呟きに対して答える。


『そうよ。近くの村にしばらく……身を寄せることになるわ』


『怖い人達が来たから?』


『そうよ』


『……父ちゃんは?』


『お父さんは……後で必ず来るわ』


 母親は下唇を噛み絞めた。すると、口の端から血がタラーッと流れ出していた。


 母親の様子を察した男の子はギュッと口を噤むのだった。

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