第276話 よし、やろうか。

 アレン達が切り取られた土地と共に砂漠地帯に飛ばされ三日目の昼過ぎ。


 頭上の太陽が烈火のごとく照りつけて、地面の砂が太陽の光を照り返す……立っているだけで立ち眩みするほどで一番気温が上がる時間であった。


 ここはアレンが穴を掘っていた場所。


「んぐぐ……どやぁ」


 アレンの声が穴の中から聞こえてきた。


 少しの間が空くと、穴から巨大な岩が飛び出してくる。


 そして、ズドンッと重たい音を響かせて穴から少し離れたところ……同じく岩が大量に積まれていたところに落ちる。


「はぁー穴の中は涼しい……外出たくねー」


 深い穴の底ではアレンがゴロンと横になっていた。


 アレンが掘った穴は深さ七十メートル、直径五メートルほどなっていた。……更に穴が崩れないように魔法で岩を作り、ぐるっと囲んでいた。


 そして、アレンの言葉通り、ヒンヤリと冷たかった。


「いや、どちらかと言うと、もはや寒くなってきたか? もし水が出なくても食料を保存することが出来そうだ。それにあのゴルシイモだってこの環境なら育てられるだろう……って、いやいや水が出てきてくれないと違う手立てを考えないとダメになる。どんな手があるか……」


 アレンはもはや小さく見えるようになった穴の出口を見上げながら、重々しい声を上げた。


 しばらくの沈黙の後で、アレンはグッと目を瞑って……首を横に振る。


「さぁーて、続きをしますかね……ん? 冷た」


 上を見上げていたアレンが起き上がろうと、地面に手を付いた。すると、手に冷たい何かが触れて……視線を下げる。


 きょとんした表情を浮かべたアレンの視線の先では地面からポコポコと水が沸き出していた。


 溢れ出てきた水は瞬く間にアレンが座っていたところを水浸しにしてしまう。


 勢いよく湧き出してくる水を目にしたアレンは慌てて壁を蹴って飛び上がると穴から出る。


「水が出てきたぞ」




 時が過ぎて、日が暮れて空がどっぷりと暗くなった。


 ここは切り取られた土地の中で見つけた小屋。その小屋の前にてアレンとカトレアが焚火を囲んでいた。


「乾杯!」


「乾杯」


 アレンとカトレアは木のコップを掲げてカンッとぶつけた。そして、木のコップに入っていた酒をグイッと飲んでいく。


「アレン様。さすがです」


「おい。様が付いているぞ」


「いやいや今日はアレン様と呼ばせてください」


「ハハ、なんだよ。もう酔ったのか?」


 アレンは苦笑すると、木のコップに口を付けて酒を飲んだ。


「だって、アレン様が地下水を掘り当ててくれなかったら……あと三日、四日の命だったんですからね」


「まぁ正直焦っていたな」


「アレン様が昨日あれだけ深く掘って水が出なかった時はもう……思い出しただけで寒気がしますね……ごくごく」


「飲み過ぎるなよ? それで明日からどうするかな? 当分の猶予ができたものの……何をやるか決めておきたいよな?」


「んーそうですねぇ。次に必要となってくるモノは食料でしょうね。確かに兵士達の非常食や干し肉を食べていますが。長期保存が聞く非常食は今後のために残しておきたい。では、何かしら周りから食料を確保したい」


「うん、そうだな。俺が食料確保に回ろうと思う」


「え、私は?」


「んー気配からしてそこまで強い魔物は居ないし。それに二人使うのは勿体ない。それでカトレアだが……どうしようか? 風呂でも作ってくれる?」


「は? 風呂?」


「うん、風呂入りたくない? 暑かったり、寒かったりする場所だからさ」


「入りたい……入りたいですけど。水が勿体なくないですか?」


「そうかも知れんが……今のところ水は湧き出している訳だし。少しくらい……それとアレだ。切り取られた土地の中の植物が暑さで枯れそうになっているから……それに水やりとかもして欲しいかな?」


「いや、そっちの方が優先ですね……特に果物がなる果樹を枯らすわけにはいけないですよね」


「そうだな。俺的には風呂で使った水を木々にあげたりすると、更に勿体なくないかなとか思っているけど? どう思う?」


「それ……最高に素晴らしいですね」


「だろ?」


 アレンはフッと笑って木のカップに入っていた酒をグイッと飲み干した。


 それを目にしたカトレアは酒瓶を持ち上げた。


「ささ、アレン様」


「ハハ、畏まって……やっぱりなんか気持ち悪いな」


 アレンが苦笑すると、カトレアは酒瓶を傾けてアレンの木のコップに酒を注いでいく。


「そんなこと言わずに……今日だけなんで」


「まぁいいか」


「そうです。そうです。ん……ゴクゴク」


 カトレアは持っていた酒瓶に直接口に付けて、ゴクゴクと勢いよく飲み始めた。


「え、もう酒瓶直のみなの? 早くない?」


「ぷはぁーこれが飲まずにいられますかって話ですよ」


「いや、一昨日も飲んでいたけどな。この勢いだと数日で全兵士が持っていた酒を飲み尽くすことになるぞ」


「ハハハ、いいじゃないですかぁ。アレン様ぁ」


 カトレアはご機嫌の様子で陽気に笑う。そして、グイッとアレンの肩を掴んで引き寄せる。


「酔うの早いな。もう出来上がったのか?」


「酔いましたぁ。それよりもぉ聞いてくださいよぉ」


「なんだ? 突然」


「私の職場にゴリラしかいなくて……ガサツなんですよぉ」


「その話一昨日聞いたような?」


「アレェ? そうでしたか?」


「覚えてないのか? 軍の所属なんて強面のゴリラみたいな奴しかいないよ」


「そうですかぁ? けどけど、語り歌を聞く限り、アレン様を含めた火龍魔法兵団の皆さんはほとんど美男美女揃いじゃないですか?」


「それはどうかな? 語り歌は美化されているし。ゴリラっぽい……奴も居たぞ?」


「えーそうなんですか?」


「あぁ、語り歌で示した外見があてにならないのは俺の語り歌を聞いたらわかるだろ?」


「むぅ、確かに赤き龍の英雄の語り歌ではかなり……いや、でもアレン様は結構なイケメンですよぉ? 可愛い系ですけど」


「ハハ、ありがとよ。ではお前の親父……守護神殿だって語り歌の中ではイケメンだろ? 実際はずいぶん爺さんなのに」


「う、う、う、それは私からは何とも言えませんよ」


「俺は昔、守護神殿と会っていたんだが……ずいぶんと老け込んでいてびっくりしたなぁ。気付かないよ。完全に爺さんだもん」


「ハハ……将軍に対してそんな口を聞けるのはたぶんアレン様だけですねぇ。少なくとも我が国では国王様でも無理でしょう」


「え? そうなの? 本人の前で言っちゃったけど」


「ハハ……そうですか。こ、この話はやめましょう」


「もしかして、守護神殿って普段結構怖いの?」


 アレンの問いかけにカトレアは体をブルブルと震わせた。そして、酒瓶からゴクゴクと喉を鳴らしながら勢いを増して飲み始める。


「この話、やめましょう。心臓がヒュンっとなって酔いが醒めてしまいそうです……ゴクゴク」


「まぁ、そうか。部下には厳しくするよな」


「別の話にしましょう? 風呂はどんな形がいいですかねぇ。やっぱり木のお風呂ですかね?」


「んー穴を掘るのに大量の岩が出たから……アレを活用できないかな?」


「岩風呂ですか。いいですが……しかし岩だと加工が難しいです。どうせ、アレン様と私しか使わないんです。一人分のサイズでいいですよね? 一人分サイズの木のお風呂なら可動式にもできるじゃないですか」


「そうか……。水やりする時に便利か、なるほどな。そういえば、カトレアは魔法使えないのか?」


「使えませんよ。しかし、私は使えなかったことを後悔していません」


「そうなのか?」


「ええ、そうですとも。確かに使いたいと思ったことはありますが。私の姉さんは魔法が中級まで使えると言うことで……ほぼ無理矢理に政略結婚させられていましたから」


「ハハ、そうか。そうか。カトレアちょっと……そこに布をひいて横になれよ」


「へ? 急にどうしたんですか?」


「いいから。いいから」


「え、あ、はい」


 カトレアは戸惑いながらもアレンに従って布を地面にひくと、その布の上にゴロンと横になった。アレンは手をポキポキと鳴らしながら、カトレアに近づく。


「よし、やろうか」

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