第251話 銀老亭再び。

 セーゼル武闘会が閉幕してから二日後の夕方頃。


 アレンが銀老亭(ぎんろうてい)の前に現れていた。


 銀老亭は以前聖英祭の前夜祭にアレンとホップ、スービアの三人が訪れていた店である。


「うぷ」


 どこか顔色を悪くしないアレンは銀老亭の扉に手を掛ける。


「街に人が多いなぁ」


 アレンの言葉通り、通ってきた道では多くの人が賑わいを見せていた。


 人々は口にするのはセーゼル武闘会での激闘のことで、どうやらまだセーゼル武闘会の熱が冷めていないようであった。


 アレンが扉を開くと銀老亭の中へと入って行くのだった。


 銀老亭に入ると、すぐに赤き龍の英雄と言う語り歌が聞こえてきてアレンは顔を顰めた。


「あぁー恥ずかしい。他にないのか、語り歌」


 アレンが銀老亭で舞台に視線を向けると、ライラが気持ちよさそうに美声を轟かせていた。


「しかも、ライラかよ……アイツ、長く生きてんだから……他に語り歌なんていくらでも知っているだろう」


 げんなりした様子のアレンに強面のオッサン……ダルファーが気付いて声をかけた。


「ん? お前は見覚えがあるな……あ、そうだ。スービアが連れてきたガキ……確かアレンと言ったか?」


「うん、久しぶりだね」


「ゼハハ、良く来た。今日は一人か?」


「ん? まぁ……待ち合わせがあってね」


「スービアが来るのか?」


「ん? なんでスービアが来るってことになるんだ?」


「いや、違うのか?」


「スービアはお袋さんが流行病にかかったとかで……田舎に帰っているから。どう頑張ってもここには来れないんだが」


「そうなのか。だから、見なかったんだな。最近、多いよな。病気している奴。それで席はどこに座る?」


「んーとりあえず……」


 アレンは店の中を見回して……ローブを着こんでいる者がすでに座っていたカウンターの隣の席を指さす。


「今日はカウンターで飲もうかな?」


「そうか。何飲む?」


「エールとサイコロステーキ、チーズを」


「わかった。しかし、サイコロステーキ、チーズか……鉄板が汚れるんだが」


「ハハ。アレ、旨いんだよな」


「はぁ、わかった」


 アレンは厨房に行ったダルファーを見送ると、カウンターへと向かった。


「ふぅ……早いな」


 アレンがカウンターの座席に座ると小さく呟いた。すると、カウンターの席にすでに座っていたローブを着こんだ者……ルバートが小さく答える。


「当り前だろう」


「そうか……それで何から話そうか」


「まずは皇子の無事についてだろう。あの方は次期皇帝であり、正統後継者……おかしくなりつつある帝国を」


 ルバートは俯き、膝の上の拳をぎゅっと握った。


「やはりおかしくなっているのか。それでお前はルシャナをどうするつもりなんだ?」


「俺がお守りする。そうするべきであろう……お前には任せられない」


「ふん、しかし当のルシャナはお前の元には戻らないと言っているんだが」


「な……馬鹿な。貴様が言わせているんじゃないのか!」


「一応手紙を預かっているぞ?」


 アレンが懐から封筒を取り出すと、カウンターに置いた。


 ルバートは手紙を奪い取る勢いで手に取り、封筒の封を開けて……封筒の中に入っていた便箋を黙って読み始める。


 そうしていると、ダルファーがエールとサイコロステーキ、チーズを持ってやってくる。


「ほらよ」


「あぁ、ありがとう。早速で悪いんだけど。追加で、この兄ちゃんにもエールを持ってきてくれよ」


「ん? なんだ? 知り合いだったのか?」


「いや、たまたま話していてね」


「そうか、わかった。待ってな」


 ダルファーが頷き、すぐに厨房へ戻っていくと、アレンはエールとサイコロステーキ、チーズを前にして顔を綻ばせた。


 アレンがサイコロステーキにチーズをかける……チーズがサイコロステーキの乗った熱せられた鉄板でとろける。


 サイコロステーキをとろけたチーズに絡めて……食べていく。もちろん、エールを飲みながら。


「ずいぶん、ヘビーな食事しているんだな」


 いつの間にかアレンの食事風景を横で見ていたルバートが少しげんなりとした表情を浮かべていた。


「ん? お前も食べてみるか? 美味いぞ?」


「いや、俺は結構だ」


「ん? 肉を食べんと力が出ないぞ? やっぱり食べるか?」


「結構だ」


「そうか? 美味しいのに……それで? ルシャナの手紙を読んでみてどうだった?」


「この手紙……皇子の筆跡で間違いない。無理矢理書かせたと言う訳ではないか……そんなものはすぐに分かるな」


「分かるだろうな。うん。それで?」


「はぁ、皇子は我々の手を煩わせないようにとの判断なされたか」


「ふーん。お前はそれに従うのか?」


「あぁ。くそ、従う。……皇子を頼みます。どうかお守りください」


 唇の端を噛んだルバートは……自分を押し殺しながらも頭を下げた。アレンは小さく笑みを深めると、ルバートの頭をポンと叩く。


「なかなかの忠臣じゃないか。仕方ない、酒を奢れよ」


「……俺の力の無さを恨む。実際、俺はお前に勝つことはできなかった」


「まぁ、気に病むなよ。ホーテだって俺にはまだ勝てていなんだから」


「ぐ」


「挑戦はいつでも受けて立つぞ? 今の俺は昔より暇だからな」


 アレンはサイコロステーキを口の中に放り込んで、エールをグッと飲んだ。


「……あぁ、そうさせてもらう」


「いいね。楽しみにしておこうか」


 それから、ダルファーが持ってきたエールを手にしたルバートとアレンはバルベス帝国への現状について話をしていた。


「なんだよ。お前でも皇宮への潜入に失敗したのか?」


「皇宮へ大量に流入していた奴隷に紛れて潜入した。しかし、おそらく気配読みとは別の何かによって潜入を気付かれた。得体の知れない化け物がわらわらと出てきて手こずり……部下を二人失いながら何とか撤退した」


「化け物……お前が潜入手こずるレベルだとすると厄介だな」


「厄介だ」


「それでは容易に皇宮へ近づくことができない……か。そして、気になるのは皇宮へ流入していた奴隷か……どうなっているのか見当はついているか?」


「いや、奴隷として潜入したが、奴隷がどうなったのかは分からん……調べた限りではすでに数千単位の奴隷が皇宮に入っているはずなんだが」


「そうか……どうなっているか考えたくもないな」


「あぁ」


「はぁー頑張ってくれよ。ルバート君」


「他人事のように言ってくれるな。いや、他人事か」


「そうでもないんだが……お前が何とかしてくれないと……いや、なんでもない」


「ん? なんだ?」


「いや、なんでもない。忘れてくれ……話を変えよう、帝国内の軍はどうしているんだ? ちゃんと機能しているのか? ちょっと前に、気が狂ったようにサンチェスト王国の領地を侵攻していたのは聞いているが」


「あぁ、無茶な侵攻を繰り返しているようだ。ヘルムートの街までは領地を奪ったようだが……ホーテが軍総司令に立って以降、侵攻はいなされてうまくいっていないようだが」


「ふん、そうか。さすがはホーテだな。……ストレスと過労で死なないと良いが」


「く、私さえ健在ならば。貴様のいないサンチェスト王国などに後れを取ることはなどなかったのに……」


「それは残念だったなぁ」


 愉快そうに笑ったアレンは、エールをぐぐっと一気に飲み干した。


「ぐぅ」


「しかし、お前が……お前の部隊が健在だった時は本当に厄介だったよなぁ。俺が守っていて侵攻を許した数少ない侵略者だからな」


「ふ、そんなこともあったな。しかし、あの時はアースト王国がほぼ同刻に攻め込んできていたんだろ?」


 アレンとルバートは昔の戦いの日々を酒の肴にエールを飲んでいた。


 そうしていると店内に聞こえていたライラの語り歌が終わって……その歌を聞き入っていた客達から惜しみない拍手が鳴り響いた。

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