第239話 剣隠。
アレンはローブを纏った戦士風の男が座っていた観戦席の前で立ち止まる。
「気配を消すのが更にうまくなったな」
アレンの立ち止まった観戦席のエリアは円形闘技場内でもセーゼル武闘会を観戦するには遠く、照明などが邪魔して観戦しにくいため観客が疎らに座っているだけだった。
アレンに声を掛けられた戦士風の男は、驚きの表情を浮かべると同時に帯刀していた剣の柄を握っていた。
「……っ」
「驚いた? 剣隠のルバート君」
「貴様は……白鬼!」
「おいおい、ここで喧嘩をやると困るのは密入国しているお前じゃないのか?」
「ぐぅ」
「隣に座らせてもらおうかなっと」
アレンは剣士風の男……剣隠のルバートの隣に腰かけた。ルバートは、はーっと息を吐いて、柄から手を離す。
「なんのようだ?」
「んー? いや、たまたま気配を消して闘技場に入ってくるお前を見つけたから話かけただけだよ?」
「たまたまだと? そんなわけがないだろ?」
「いや、本当にたまたま……すごく鼻の効く奴が居てな」
「臭いだと? ……今後気を付けよう」
「ふ、俺でもシルバやノヴァの鼻を誤魔化すことができないのに、お前が気を付けたところでどうにもならんよ」
「……」
「ところで……お前」
「な、なんだ?」
「お前、将軍クビになったって聞いたが本当か?」
「……あぁ、事情があってな」
「ふーん、お前ほどの男を勿体ないことをしたな。帝国は」
「貴様を放出した。サンチェスト王国ほどではないだろう」
「まぁーどうだろうな。それで? 今、帝国内の状況はどうなっているんだ?」
「……貴様に言うべきことではない」
「そうか? 俺の手元にお前が今血眼になって探している元第二皇子ルシャナが居るのに?」
「……っ! 貴様!」
ルバートは目を血走らせて、剣の柄を握り……剣を抜こうとしたところでアレンがスッと手を伸ばして剣の塚頭を押さえた。
「おいおい殺気が漏れるぞ? 開会式と出場者の紹介があるから……戦いが始まるまで少しあるか……仕方ない、場所を変えるか」
アレンは立ち上がると、短い沈黙の後でアレンに従ってルバートも立ち上がってアレンの後に続くのだった。
「レディースアンドジェントルメン! 皆々様、ようこそお集まりいただきました。僭越ながら今回華ある第一回セーゼル武闘会の司会を務めさせていただきますメント・ファン・ビルロット男爵です。それでは国王カエサル様よりセーゼル武闘会の開幕の宣言をいただきます」と言う声と観客の歓声を聴きながらアレンとルバートの二人は円形闘技場を人知れず後にするのだった。
ここはセーゼル武闘会が行われている円形闘技場から少し離れたブレインの森。
ブレインの森にアレンとルバートが揃って訪れていた。
アレンは人が居ないことを確認するように視線を巡らせながら、ルバートの前を蛛幻のサイドバックに手を置きながらスタスタと歩いて行く。
「ふーここまで来ると静かだな」
「……」
アレンが背中を見せて、ルバートにとって斬りつけようと思えば斬りつけられる距離である。にもかかわらず、ルバートは剣を抜かなかった……いや抜けなかった。
ルバートはアレンに隙が無いと直感していたからだ。それは同時に剣を合わす前にこの人に絶対勝てないのではないかと考えてしまうほどであった。
その考えを振り払うように、ルバートは唇の端を噛んでいた。
そんなルバートを気にすることなく、アレンはグーッと体を伸ばしながら問いかける。
「んーさて、何から話をするか? それとも、少し戦ってみるか?」
「……宿敵を前にして戦わずにいられる訳がない」
ルバートは目つきを鋭くして、抑え込まれていた殺気が辺りに放たれる。
すると、ブレインの森の中が騒がしくなる。獣が、鳥が逃げ去っていき、一分としない内にアレンとルバートの周囲から小動物の気配すら消えた。
「ほぉー良い殺気を放つ様になったな。仕方ない十分ほど付き合ってやるか……」
アレンは感心したように呟きながら、サイドバックから蛛幻を取り出していった。
対してルバートも腰に吊るしていた剣を引き抜く。
「なんだ、その武器は貴方の武器は剣だろう?」
「んー新しく作った武器……蛛幻だ」
「舐めているのか?」
「まぁ戦えないと思ったら、剣に持ち替えるさ」
「……そうか、後悔させてやる」
ルバートは剣を、アレンは蛛幻の短剣とブーメランをそれぞれ構えた。相手を探るように互いに見合い、沈黙する。
その場にはアレンとルバートの間に風が抜けて草木が揺れる音だけが聞こえてくるだけであった。
ルバートは魔法を使用したのかルバートの全身がうっすらと輝き出した。そして、グーッと前傾姿勢になって、距離を詰めるべく前に飛び出そうとした。
だが、そのタイミングを読んでいたように素早く放たれたアレンの蛛幻の短剣がルバートの足の前の地面にガスッと突き刺さる。
「っ!」
「本気で掛かってこいよ」
ルバートの姿が流れるような速さで、アレンとの距離を詰めて剣を振るう。ただ、ルバートの剣はアレンが両手に持った二本の短剣で止められる。
ルバートの剣は本来の剣ではないとはいえ、名刀の一振りである。
ルバートとアレンが打ち合う度に、アレンの短剣がピシッピシッとヒビが入る音が響く。
アレンは小さく笑う。
「ふ、良いのか?」
ルバートは一瞬視線を横に流して、後方へ飛び去った。
それと同時にルバートのななめ後ろからブーメランが……。
ルバートが後方へ飛んでいなければ確実にブーメランがルバートの後頭部を襲っていた。
後方へ下がったルバートは眉を潜めた。
何だ。
先ほどから俺の動きが読まれているような……。
あのブーメランは……先ほど俺の足元に突き刺さった短剣が放たれたのと同時に、ブーメランも放たれていたのか。
いや、見るからに投擲武器に対して俺が間合を詰めようとするは読めるか……。
アレンはそのルバートの動揺を敏感に察知して口を開いた。
「何で? 動きが読めるんだ? っと動揺しているな?」
「……っ!」
「そりゃ読めるさ。前にお前とホーテとの戦いを二日……いや、三日間だった? まぁ、お前の戦いは見せてもらっているんだぞ? お前の方が圧倒的に不利だ……それを理解した上で戦ってくれよ……ただ、次は俺の番か」
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