第213話 風使い。

 ラーセットの周辺に居た者達も移動を始めていたのだが……ダニエルだけはラーセットを睨み付けていた。


「ラーセット、お前は事前にこのことを知っていたのか?」


「……屍石のことは団長の手紙に書いてあったから知っていたわ。その手紙の内容が内容だけにどこまで話を広めるか私もホーテも頭を悩ませたのよ。けど、貴方には伝えておくべきだったと猛省しているところだわ」


「そうか……そうだな。それで屋敷の中は何かあったか?」


 ダニエルの問いかけに、ラーセットの表情が暗くなる。


「……そうねぇ。屍人形が貴方達の方に向かってくれたおかげで、だいぶ捗った……けど、ここで聞く? ……ちょっと昼食が食べ難くなるかもしれないわ」


「それほどだったか?」


「ええ。屋敷の中は何か実験でもしていなのかしら? 見慣れない魔法陣やら、薬品が転がっている部屋があったり、大量の遺体が転がっている部屋があったり、顔の皮が剥がされた遺体が並んだ部屋があったり……屋敷の中は酷い戦場もさながらな光景が広がっていたわ」


「……確保対象のホソード・ファン・ガラード侯爵は?」


「ホソード・ファン・ガラード侯爵の姿は……どうかしら? 少なくとも生きた人間は見かけなかったわ」


「そうか……」


「あ……それで、屍人形の中でも少し強そうなのが十体くらいいてね。たぶん、これから来るわ」


「了解」


「それで……ノックス」


 ラーセットは黙ってブライアンに肩を貸して付いて来ていたノックスへと視線を向ける。


「はいッス」


「ホーテのところに行って増援要請を出しておいてくれるかしら?」


「あ、はいッス。ダニエルさんから聞いていたので、ユリーナがすでに向かっているッス」


「そ……そう? ならいいんだけど……」


 ノックスの答えを聞いて、ラーセットがなんとも言えない表情になった。すると、ダニエルが小さく笑って見せる。


「さすがだろ?」


「むぅ。ちょっと癪だけど……さすがだわ」


「まぁ……ノヴァの鼻もあったしな」


「あら、もう呼んだのね。出入り口付近に強い気配があると思ったら……ノヴァだったのね」


「やはり……この屋敷から流れ出てきている嫌な風が気になってな」


「貴方の用心深さと危険予知は火龍魔法兵団でも随一ね」


「まぁ、それはアレだな。お前らが化け物みたいに強すぎて……恐怖心というのをどこかに置き忘れてしまっているだけだ。そりゃ、団長が心配して規則をいくつも作るよな」


「うぐ……ふん、最近よく噂を聞くようになった火龍魔法兵団最強の風使いさんが言ってくれるわ」


「ぐ、それは言われているだけだ。特に団長やホーテには……勝ち逃げされているからな。いつか……いや、次の機会にでも、リベンジしなくちゃいけないんだ」


「ホーテは大丈夫でしょうが……アレ? 言ってなかったかしら? 団長、今……魔法使えない状態みたいよ? ね? ノックス?」


「はいッス。何とかの指輪……拘束系の魔導具の影響で下級以下の魔法しか使えなくなっているみたいなんッス」


 ラーセットに話を振られてノックスが頷き、アレンのことを話した。すると、なぜかダニエルが狼狽えたように声を上げる。


「ななな、何で……そんな魔導具さっさと外してしまえば」


「それがアレンさんに何やら考えがあるみたいで……俺達がサンチェスト王国に出向くのにあたって魔導具の解除方法についても調べるか問いかけたんッスが、必要ないと言われたんッスよね。どうやら、外す気がないみたいッス」


「そんな……く、勝ち逃げか」


「え?」


「ふふ、まぁ……雑談はここまでね。来るわ。ダニエル、貴方は隔壁の左翼に入りなさい。ノックス、貴方は玄関付近に戻って……打ちもらしたゾンビを引き続き倒してくれるかしら?」


 ダニエルとノックスの会話を遮ってラーセットが小さく笑った。


 そして、ダニエルとノックスに指示を出した。ラーセットの指示を聞いたダニエルとノックスは頷き答える。


 ダニエルとノックスがラーセットの指示に従って動き出そうとしたところで……ラーセットが口を弓のように不敵に歪ませた後、ゆっくり口を開く。


「さぁーて、戦争を始めましょうかぁ?」



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