第202話 継承。
ホーテはソファの前にあったテーブルの上にアレンの剣である雨晴と赤を並べていった。
雨晴と赤を前にしたホランド達は何かを感じ取ったのか一様にゴクリと喉を鳴らす。リンが襲る襲る身を乗り出して近づく。
「な、何だろう……この剣……そこにあるだけなのにすごい圧力を感じるわ」
「両方とも……名剣の中の名剣だからね」
ホーテはテーブルに置いた一本の剣……雨晴の方を手に取って、鞘から引き抜いて見せる。
ホーテが引き抜いた剣は天を突くような鋭い長剣であった。
刀身が深青色で、周囲の光を受けて揺らめくように輝き、それはまるで海底から空を見上げているように見えて美しい。
「わぁー……綺麗」
雨晴の刀身を目にしたリンはうっとりした表情になった。
そのリンの様子を目にしたホーテがニコリと笑みを浮かべる。
「ふ、そうだな」
「え、ええ」
「おや、君も可愛らしい」
ホーテが空いていた手を伸ばしてテーブルを挟んで対面にあるソファに座っていたリンの手を取ろうとした。
しかし、それは後ろから出てきた……いつの間にか戻ってきたラーセットの手によって阻まれる。
「馬鹿。何、可愛い後輩を口説こうとしているのよ」
「……入って来る時はノックして欲しいな。ラーセットの場合心臓に悪いからね」
「ふん、貴方は気付くでしょう?」
呆れた様子のラーセットがホーテの頭を小突く。すると、ホーテは苦笑してアレンの剣を鞘に戻した。
それから、ラーセットが連れてきたメイドが赤茶を飲みながらホーテ、ラーセット、ホランド達は談笑をしていた。
十分ほど談笑したところで、思い出したようにホーテが声を上げる。
「そう言えば……話がだいぶ逸れたが。この二本の剣を持ち帰って団長に渡して欲しい」
ホーテの言葉を受けて、リン、ユリーナ、ノックスの視線がホランドに向かう。そして、ホランドがソファから立ち上がると雨晴を手に取って、ホーテの前に突き出した。
「ホーテ様」
「えっと、何だい?」
ホランドの突然の行動にホーテは珍しく戸惑いの表情を浮かべた。ホランドはホーテを見据えてゆっくりと口を開く。
「これはアレンさんからの伝言です。雨晴はサンチェスト王国の先々代の国王にあたるブレイ国王様より俺の師匠カーベル・スターリングが頂戴した宝剣。そして、俺は師匠より国を守れと頼まれてその剣を引き継いだ。俺の次は……お前だろうホーテ。お前は長年俺の元で働いてくれたが、本来のお前の実力は大陸全土を見渡しても十指に入る。これからはお前がサンチェスト王国の民を守る存在なってくれることを願う。……だから、俺はお前に雨晴を継承する……だそうです」
「継承……これは予想外だ。雨晴、それほどに重たい剣だったのかぁ。俺は武器も女も軽い感じのが好みなんだけど」
ホーテは拒否するようなことを言いながらも、ホランドから雨晴を受け取った。そして、改めて雨晴の刀身を鞘から抜いて掲げしみじみと見つめる。
室内の明かりが雨晴の刀身に反射して、ホーテの顔に青色の光を映していた。
「拒否は認めない。俺も拒否できなかったからな……とも言っていました」
「これは。これは。団長にはいつまで経っても敵わないなぁ」
ホーテは剣を持ち直した。すると、雨晴の刀身にはホーテの瞳が映し出され……それは鋭く決意に強いモノであった。
「ぷ、ふふふ……」
「……何だ? 何が言いたい? ラーセット」
ホーテはキッとした鋭くした視線を小さく笑っているラーセットへと向けて問いかけた。
ただ、ラーセットはホーテの視線を気にすることなくスタスタと歩いていきソファに座っていたユリーナの肩に手を置く。
「あら? なんでも、ないわよぉ。さてと、お腹が減ったわね? ユリーナ」
「ふすん、お腹減った」
「じゃ、ホランド達もどこか食べに行こうかしらね」
ラーセットの誘導でホランド達がソファから立ち上がろうとした時、ホーテは剣を鞘に納めて口を開く。
「俺も久しぶりに外で食べるかな。よし、今日は俺のおご……」「ふふ、ホーテ。貴方は駄目よ」
ホーテの言葉をラーセットが遮った。
「何でかな? 俺も可愛い女の……いや、可愛い後輩達ともっと話をしたいと思っているんだけどね」
「残念ながら、貴方にはサンチェスト王国の民を守る存在になるための仕事が残っていそうだしねぇ」
「うっ……」
「あ、ただ食事は貴方に奢ってもらうことにするから気にしないでいいわよぉ」
ラーセットはそう言ってホランド達を伴って部屋を出て行った。巾着袋(ホーテの財布)を片手に持ちながら……。
そして、部屋にはホーテが一人残された。
「ラーセット……手癖が悪いのは盗賊時代から全然治らないな。やっぱりアイツは俺では扱いきれないんじゃないかなぁ?」
ホーテが呟くように愚痴をこぼした。
ただ、持っていた雨晴に視線を落として、小さく息を吐き。雨晴をギュッと強く握った。
「はぁーさて、仕事するかな。アルが言っていた期日が近いしな……っと」
ホーテは思い出したようにテーブルに置かれていたアレンのもう一つの剣である赤へと視線を向ける。
「そうだ。赤……コイツは団長にしか扱えない妖剣だからホランド達に持って行って貰わないとね」
赤を雨晴と一緒に持つと、デスクまで戻ってその後ろの壁に立てかけた。
「さーて、仕事……いや、団長の手紙を解読して読む方が先か」
ホーテはドカリとデスク前の椅子に座った。
そして、山のようにある資料を脇に寄せて……アレンの手紙に入っていた便箋を改めて開き読み始めるのだった。
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