第188話 フィット。

 ここはリンベルクの街からユーステルの森まで続く道。


 ただ、道と言ってもしっかりと整備されたモノではなく、冒険者が多く歩くことでできた獣道に毛が生えたくらいの道である。


 その道をアレンとホップが二人歩いていると、アレンが不意に立ち止まって振り返る。


「ん? アレは?」


 振り返ったアレンの視線を先にはキツネ色の毛むくじゃらがピョンピョンと飛び跳ねながら近づいていた。


 アレン達の目の前までキツネ色の毛むくじゃら……アレンの身長と同じくらいの巨大なウサギが止ると、巨大なウサギの後ろからヒョコとペンネが顔を出した。


「お待たせ」


「おーそれがフィットか?」


「うん。そうなんだ。紹介するね」


「ふしゅ……」


 ペンネが紹介しようとしたフィットはアレンに何か感じ取ったのか、それとも単に初対面の人間に対して警戒しているだけか……ピンと大きく長い耳を立てて、低く鳴き声を上げた。


 そのフィットの様子を見て、ペンネが困惑した表情を見せる。


「ど、どうしたの? フィット?」


「ぶしゅ」


 ペンネがフィットに近づくと、フィットの頭を撫でるがフィットは変わらずアレンを警戒していた。


 ペンネは申し訳なさそうにアレンに視線を向ける。


「ごめんね。アレン。フィットがここまで警戒心を露わにすることはないんだけど」


「動物は敏感だからな」


 アレンは気にした風もなく呟く。


「ん? 何か言った?」


「いや、なんでもない。フィットの頭に触ってもいいか?」


「え、あっ、うん……いいけど、噛まれるかも知れないよ?」


「大丈夫だろう」


 飼い主であるペンネの許可をもらい、アレンはフィットに視線を向ける。アレンの視線がフィットに向くと、フィットはあからさまにビクッと体を震わせた。


「……ぶしゅ!」


「……」


 アレンがフィットに近づいていくと、フィットは低い鳴き声を上げながらも少し後ずさる。


 それに気にすることなく、アレンはフィットへと手を伸ばして、フィットの頭を撫でてやった。


 アレンに触れられたフィットはビクッビクッと体を震わせたが、噛みつくこともなく……大人しくなって撫でられていた。


 しばらくすると、ピンと立っていた耳がパタリと倒れる。そして、鼻をフガフガと撫でていたアレンの手の匂いを嗅ぎ始める。


「よし、大丈夫そうだな」


 アレンはフィットの頭から手を離す。すると、フィットは大きな体をコテンと転がって仰向けになる。


「きゅいきゅい」


「ハハ、可愛い奴だな。家の犬とは大違いだ」


 小さく笑みを溢したアレンはフィットのお腹のもふもふをワシャワシャと撫でてやった。しばらく、アレンとフィットが戯れていると、どこか呆気にとられた様子で居たペンネが声を上げる。


「な、な、何をやったの? お腹は僕でも機嫌のいい時にしか撫でさせてくれないのに……」


「頭を撫でただけだが? 何か特別な魔法をでも使っているように見えたか?」


「……いや、そう見えなかったから聞いているんだけど」


「こいつはいい子だな」


 アレンはフィットのあご下を撫でてやると、フィットはご機嫌な様子できゅいきゅいと鳴いた。


 ただ、そのアレンへのフィットの懐きようを目にしたペンネはムッとした表情を浮かべる。


「む、なんだか……」


 不満気なペンネをよそに、アレンがひとしきりフィットを撫でまわしたところで、アレンはスッと立ち上がる。


「さて、フィット行くか」


「きゅいきゅい」


 アレンがユーステルの森へと歩き出す。するとフィットがアレンの後ろに付き従うようについていく。


「ま、まっ待って、アレン。フィットは僕のだからね!」


「まさか、フィットがここまで懐くとは……アレンの奴、スゲーな」


 フィットがアレンに取られてしまわないかと焦ったペンネと感心した様子のホップがアレンとフィットの後を追って歩き出した。




 それから、アレン達はゴブリン討伐に出向いた訳だが。


 特に何も起こることなく、アレンがゴブリン達のリーダー的存在であったホブゴブリンに火を纏った盾を投げつけて仕留め、ゴブリン達は逃げ出した。


 その時点で、ゴブリンの討伐数もクエストクリア条件の十体を優に超える三十体を仕留めていた。


 なので、アレン達は逃げ出したゴブリン達を追うことはせずに討伐したゴブリン達から売れそうな物を採取していた。


「やっぱり魔物達が活性化しているってのは、本当だったみたいだな」


「はぁはぁ、そうだな。まさか、ホブゴブリンが居るとは……」


「たぶん、アレンが居なかったら危なかったね」


 アレン、ホップ、ペンネはアレンの盾によって頭部が破壊されて、大の字で倒れているホブゴブリンを前にして話していた。


 ちなみにホブゴブリンはゴブリンが進化した個体で、成人男性ほどの身長と肉体を持っている。


 D級の魔物で、知能も突進してくるだけの他の魔物に比べてまぁまぁ持ち合わせている。


 ホブゴブリン単体ではそこまでの脅威ではないものの、ホブゴブリンはゴブリンなどの魔物達の集団で行動し、指揮していることが多いのでD級の中でも厄介な部類に入る魔物であった。


「この大剣は少し錆びているが売れるか」


 アレンはホブゴブリンが持っていたアレンの身の丈はありそうな大剣を手にすると、呟いた。


 その呟きに反応したホップが興味深げにアレンの持っている大剣を見ながら口を開く。


「そうだな……」


「なんだ? 気になるのか?」


「い、いや、そりゃ、大剣には多少の憧れはあるだろ」


「そうか? ホップの武器にしてみるか?」


「は? 俺が? 俺なんかじゃ、絶対に扱えないって」


「そうだな。確かに冬の期間鍛えていたみたいだが……まだこれだけ大きい剣を振るのは難しいか」


 アレンはトンと軽く後ろに飛んでホップとペンネから離れると、大剣を構える。そして、軽々と大剣を振るっていくつかの剣の型を見せた。


「おぉ、すげー」


「す、すごい」


「きゅいきゅい」


 アレンの剣を振るう様を目にしたホップとペンネ、フィットが声を上げた。


「これは剣の基本的な型だがな。ほら」


 剣の型を見せた後、アレンがホップ達の前に戻ってきて、大剣をホップへと手渡す。


「いや、どう考えても普通にアレンが使った方が良いだろう」


「ん? 俺には盾があるし。これ以上は邪魔になるだろう」


「……」


「ホップの今回の狩りの取り分がこの大剣一本でいいと言うなら、これはホップのモノだがどうする?」


「……いいのか?」


 ホップは少し申し訳なさそうに、アレンとペンネに視線を巡らせて問いかける。


「俺は構わない」


「僕もそれでいいよ。ホップにはお世話になっているしね」


「なら……もらう」


 ホップは大剣を重そうにしながらも掲げると、引き込まれるように刀身を眺めていた。


 そのホップの様子を見てホップは笑みを浮かべていた。


 アレンはホップの背中をパンと軽く叩く。


「ほら、ゴブリン達が戻って来るかも知れん。さっさと帰るぞ」


 ゴブリン達から取った素材と魔石を回収すると、アレン達はその場を足早に後にするのだった。

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