第168話 黒焦げの村。
早朝。
「うぁー家が黒焦げ」
アレンがフーシ村に出向くと、フーシ村の民家は焼けて黒焦げていた。
おそらく、フーシ村を襲ったバルベス帝国軍がフーシ村の村人を殺していくのと同時に、火を点けていったのだろう。
しばらく、きょろきょろと見回りながらフーシ村の中を歩いていると見知った後ろ姿を見つけて声をかける。
「あ、良かった。シリアさんは無事だったんだね」
「おう、アレンか? おはよう」
アレンに声を駆けられて振り返ったシリアは笑いながら、返事を返した。ただ、顔に疲れが見えた。
「おはよう。ルーシーは目を覚ました?」
「いんや、まだ眠っているよ。ただ命に別状はないみたいだ」
「そうか。それは良かった」
「ありがとよ」
「ん?」
「アレンの冒険者仲間の……ホランドさんがここまで運んできてくれたんだけど。アンタが治療をしてくれたんだって言っていたよ?」
「あぁ、たまたまね。俺の村には……帝国軍が来なかったから森を歩いていてルーシーを見付けた時はびっくりしたよ。しかし、シリアさんは帝国軍からよく逃げ延び、生き残ったね」
「村を襲ったのは見た限り騎馬が多かったからね。毛布で身体を覆いつつ川岸に沿って森の中へ、逃げ込んだのさ」
「そうか。そうか。騎馬に大小の石が転がる岸は走り難いだろうし。いざとなったら川に入って反対岸に行けば追うのは難しいという訳か」
「そうだよ。ハハ、無駄に歳は食っていないだろ? ただ、雪解け水が流れる川に入るのは最終手段だったね」
「それはそうだ。まぁ、何にしても良かったよ」
「まぁ、家族は全員無事でも……家は焼かれちまったから大変だがね」
「村中黒焦げだからねぇ。今はどうしているの?」
「あぁ、クリスト王国の騎士団がテントを設営してくれてね。そこで寝泊まりしているのさ」
「そうか、寝床は一応あるのか」
「……ところで後ろのそれは何だい?」
シリアはアレンが先ほどからロープで縛り引きずっていた物を指さして問いかけた。
「あぁ、猪が……罠にかかってね。お見舞いがてら持ってきたんだよ。良かったらみんなで食べてくれ」
「……悪いよ。こんな」
「じゃ、前に水をくれた礼だよ。……何を失った時は腹をいっぱいにして、お酒を飲んでバカ騒ぎするのが一番なんだって俺の師匠が言っていた」
「そうかい……わる、悪いね。うぅ」
シリアは顔に手をあてて、ボロボロと涙をこぼした。アレンはニコリと笑うと、シリアの肩に手を置くとポンポンと軽く叩く。
「まぁ、何だ。そんな気を張らずに、ゆっくり元の生活に戻ればいいよ」
「ありがとよぉ」
「おっと、そうだった。これも……」
アレンは背負っていた籠をシリアの前に置いた。その籠の中にはたくさんの野菜が詰め込まれていた。
「野菜? 今日は野菜を持ってくる約束はなかったはずだろ?」
「野菜もちゃんと食べないとな。キャベツが良い感じで育っていたんだ」
「こ、これも?」
「あぁ、みんなで食べるんだな」
「すまないね」
シリアはコクンコクンと頭を下げ始めた。
「シリアさん、わかった。わかったから。頭下げないで……なんか注目を集まっているし。なんか人が集まってきて気持ち悪くなってきたから……そろそろ。うぷ」
アレンの言葉通りアレンとシリアの周りにはフーシ村やその他の村の者が集まりだしていた。
アレンは顔を青くして、頭を押さえだした。
「あ、あぁ、大丈夫かい? 水飲むかい?」
「も、貰えるかな?」
それからアレンはシリアから水を貰って一休みした。
ただ、その後集まっていた村人に囲まれてお礼を言われると顔を青くして……結局アレンがフーシ村を後にするのは昼前の時間になっていた。
「ふーん。ふふん……ん?」
フーシ村を後にしたアレンは一人鼻歌を歌いながらリンベルクの街をフラフラと歩いていた。
しばらく歩いていると、前方から見覚えのある女性が現れた。
その女性の視線は確実にアレンの方を向いていた。
アレンは人が居ない脇道に入ると、アレンを追いかけるようにその女性も人が居ない脇道に入ってきた。そこで振り返り声をかける。
「ベアトリスさん、久しぶり。元気してた?」
「ええ、お久しぶりですね。私は元気ですよ。アレン君……いや、アレン様」
「……なるほど、そうかぁー俺に何か用かな?」
「我らの王がアレン様にお会いしたいとおっしゃられています」
「……俺なんかが? 遠慮したいところだけど、そういうことは言えなさそうだね」
視線を巡らせたアレンは息を潜めて陰に隠れてベアトリスの部下と思われる者達を確認した。そして再び口を開く。
「十五人……いや、少し離れたところに二人いるから十七人かな?」
「……っ!」
「ずっと前から思っていたけど尾行するなら、もっと上手くなった方が良いと思うよ?」
「アレに気づく者は少ないと思いますが」
「そうかな? あ……俺に敬称は必要ないよ? ここではただの冒険者のアレンだし」
「そ、そんな訳には……アレン様は我が国を亡国の危機から救っていただいた英雄様です」
「堅苦しいのはあまり好きじゃないんだけど」
「アレン様、近くに馬車が用意してありますのでそちらに乗って貰えますか?」
「はぁ、仕方ないね。人が多いところじゃないと良いな」
げんなりとした表情のアレンはあきらめたようにため息を吐いた。
「今回は正式な謁見とは別であり、その場に居るのは国王と王妃、王子、私を含めた近衛が数人いるだけです」
「ならいいか。馬車はどこに?」
「案内します」
アレンはベアトリスが用意していた馬車に乗り込んだ。その馬車はリンベルクの街の中央にある王城へと向かって走り出したのだった。
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