第160話 生きてみろ。

 ここはクリスト王国の首都リンベルクの街を囲う壁の外側、その南に位置する場所。


 そこにはバルベス帝国軍の二万からなる大隊と軍全体を指揮する本陣が置かれていた。


 最初にアレンが襲ったのは西側近くに置かれていた歩兵隊であった。


 いや、加速し始めたアレンの動きは最早彼らにとっては風が過ぎ去り……剣によって切り裂かれる……それだけだったかも知れない。


 切り裂かれた者達にとっては、何もわからずに切られて体が動かなくなるのだ……。


 その切り裂かれた者達の姿を近くで目にできた者でも、仲間が突然切られて倒れて行く……何が起こっているのか分からない。


 そして離れた者は……遠くで襲われる仲間の悲鳴をただ聞くことしかできなく……。恐怖からあらぬ噂がヒソヒソと流れてくるだけ……。



 分からないことは怖い。


 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


 戦場全体は得体の知れない恐怖に囚われる。


「うわああああああああぁああああああああああああああああ!!」


 とある一人の新兵が悲鳴を上げて、その場から逃げるように走り出した。


 一人逃げだす者が現れると、一人、また一人と逃げ出す者が現れる。


 それは徐々にだが……戦場全体に伝播して広がっていくのだった。






 アレンが帝国軍の全体を指揮する本陣の目の前で立ち止まった。


 その時にはもはや多くが逃げ出し始めて本陣周りの兵以外は軍の形をとどめていなかった。


 ちなみにアレンが敵の本陣の目の前に立ち止まったのは理由があった。


「ヒャハハ、こんなところであの白鬼と戦うことができるなんて思わなかったぜ」


 顔に蛇の入れ墨をした男性……ガルゴが姿を現して風属性の魔法の【フライ】を唱えて自身の体を浮き上がらせたのだ。


 それで……アレンが立ち止まりガルゴを見上げていた。


 周りの兵は固唾を飲んでアレンとガルゴが対じする様子を見守っていた。


「お前が……この軍の大将か?」


 アレンは握っていた身の丈ほどの剣をガルゴに向けて問いかけた。


「そうだ……って貴方が無茶苦茶にしてくれたがな」


「それは……お前が俺の制約解除の条件を満たしてしまったからだ」


「はぁ? 制約解除? 何を言っている?」


「俺には行動を縛っているいくつか制約がある。その中に今まで使っていた剣技【神無】を使用してはいけないと言う制約もあった」


「なぜ、制約とやらを戦いに設けているのか理解に苦しむが。つまりその制約とやらの解除条件を俺達が満たしてしまったと」


「あぁ、剣技【神無】の制約解除の条件……それは力ある者が弱き者を傷付けると言うものだよ。この制約解除の条件はあえて帝国側に流し……帝国の主だった将軍は知っているはずだがな」


 ガルゴは納得したように頷き。そして、呟くように口を開いた。


「なるほど。なるほど。そういうことだったのか、サンチェスト王国戦の時一般人に手を出さないよう厳命されていたのにはそんな訳があったのか……ヒャハ、ヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハ」


 ガルゴは不敵な笑みを浮かべて、俯き笑い出した。それを異変に思ったアレンは怪訝な表情を浮かべる。


「急になんだ? おかしくなったのか?」


「ヒャハハ、悪いねぇ。嬉しくなっちゃってよぉ~……俺は貴方のような強者をぶっ殺して名を上げる機会を心待ちにしていたんだからなぁ! 【ファイヤーボール】」


 ガルゴはグッと両手を掲げて火属性の魔法である【ファイヤーボール】と唱える。すると、ガルゴの上空に巨大な火の玉を五つほど出現させた


 それを見たアレンは感心したように呟く。


「ほぉ、複数の魔法を同時に操るか? しかも、中級以上の魔法を」


「ヒャハヒャハ、スゲーだろぉ! 俺様に魔法を使わせたら最強だぁ!」


「そうか……【ヒール】、【パワード】、【神無】、【空脚】」


 アレンは小さなボコリを上げて姿を消す。そして、次の瞬間ガルゴの後方に剣を振り抜いた体勢で姿を現した。


「弱者を傷付けた強者よ。一度弱者となり生きてみろ」


 アレンがそう呟いた瞬間だった。


 ガルゴの右腕がスパンと切り裂かれて、宙に吹き飛び。それと同時にガルゴの上空に浮かんでいた五つの火の玉までもが吹き飛ばされる。

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