第151話 ここはフーシ村。

 場面が代わり、ここはフーシ村にあるルーシー達が暮らしている平屋建て一軒家。


 その一軒家のベッドが並んだ寝室ではシリアが一人編み物をやっていた。


 唐突に寝室の扉が開いてルーシーが元気よくやってくる。


「お母さん。お母さん」


「うーん、何だい? ルーシー」


「明日はアレン兄ちゃんが来る日だったよね?」


「あぁ、それは昨日からずっと言っているだろうに」


「だよね。だよね。楽しみだなぁ」


 ルーシーはアレンに会えるということに笑みを浮かべた。そして、喜びの感情が抑えきれないのか、手を胸の前で組んで踊るようにクルリと回った。


 ルーシーの様子にシリアは苦笑して問いかける。


「何だい? そんな待ちきれないのかい? ちょっと前にあったばかりじゃないか」


「えー前に来てくれた時はちょっとしか遊べなかったし」


「それは残念だったね。まぁ、冒険者仲間と用事があったんなら仕方ないだろうに」


「わかっているけど……」


「ルーシーは本当にアレンのことが好きなんだねぇ」


 シリアはそう小さく呟くと、自身が編んでいた縫い物に視線を向けた。そこでシリアの様子がおかしいことを感じとったルーシーは首を傾げて問いかける。


「どうしたの?」


「ん……あぁ、アレンの野菜を買うようになって一カ月と少しか?」


「ん? それがどうしたの?」


「私もアレンと多く関わるようになったね。……そこで私は思っちまったんだ。アイツ……実は住む世界が違う人間じゃあないかってね」


「? どういうこと? よくわからないよ」


「つまり、もっと……もーっと気合を入れて自分を磨いて綺麗になってアレンを惚れさせるほどの女にならないと駄目だよってこと」


「……私、頑張るよ」


 ルーシーは頷き、意気込むように自身の前で握り拳を作った。


 そのルーシーの様子を見たシリアは目を細めて笑みをこぼすと、ルーシーの頭をワシワシと撫でる。


「ふふ、その意気さ。ほら、綺麗になりたいならさっさと寝な。寝不足は綺麗の天敵って言うからね」


「わかった。お休みなさ……」


 カンカン!


 ルーシーの言葉を遮るように甲高い金属音が遠く方からルーシーの住む家……いや、村中に聞こえてきたのである。


 突然のことに村人の多くが何事かと外へ出てきて、フーシ村の中がざわざわと騒がしくなった。


 何が起こっているのか分からなく戸惑いの表情を浮かべたルーシーが呟く。


「な、何が起こっているの?」


「……野盗でも出たのかね。音が聞こえてきた方角からしてビッツ村?」


 シリアが外の様子を見に行こうと立ち上がったところで、寝室の扉を開けて男性が姿を現した。


「おい……ここに居たのか」


「旦那、何があったんだい?」


 シリアの問い掛けに男性……ルーシーの父親が首を横に振って答える。


「わからん。ただ、ビッツ村から聞こえてきたろう。念のため、爺と婆を起こして家族を集めよう」


「そうだね。何が起こっているか分からないけど……ん? なんだい、この音は? 何か地面を蹴るような」


 シリアが言った通り遠くから人の声とは別に……ズドズドっと地面を強く蹴る音が聞こえてきた。その音は近づいてきているようであった。


「この音は……馬が地面を蹴る音か?」


「馬?」


「あぁ……盗賊が出たのか」


「っ! じゃ、この村にも迫っていうのかい?」


「しかし、先ほどの警戒を知らせる鐘は隣……ビッツ村のものだった。それが聞こえてきてから一刻と経っていないのにもうこの村に迫っていると言うのは……」


 ルーシーの父親が眉間に皺を寄せて険しい表情で考える仕草を見せた。


 カンカン!


 フーシ村の中央にある物見やぐらに設置されている非常事態を知らせる鐘がけたたましく鳴りだしたのだ。


 それと、ほぼ同時に村人のモノと思われる「ぎゃぁあああああ!」という断末魔が聞こえてきた。


 シリアは咄嗟にルーシーの耳を塞ぐように抱き付いた。


 ルーシーの父親はゴクンと息を飲んで、窓に近づいて外の様子を窺う。


 窓の外では緑色の鎧を着込んだ男性達が馬に跨って姿を現して、外に出ていた村人達を追い回して剣で切り裂いていた。


「ヒャハヒャハ、一般人だろうと殺せ!」


「皆殺しだ!」


「おい、そっち逃げたぞ。追え!」


「ぎゃははは」


「遅いぜ! そんなんじゃ! すぐに殺されちまうぞ!」


「ヒャハ、戦争はやっぱこうじゃなきゃいけねぇ」


「殺せ! 殺せ!」


「お! そこの女いいじゃねーか!」


「ギャハハ! いい女は捕まえて後の楽しみに」


「まぁ、どうせ。殺すんだがな!」


「家に居る奴らもちゃんと殺せ」


「あぁ残すと面倒だ!」


 外で繰り広げられていた惨劇を目にしたルーシーの父親は静かにシリアの近くに戻ってきた。そして、青ざめたような表情で小さく言った。


「これは……野盗ではない。軍だ」


「! 軍だって?」


「あぁ、どこの軍かは分からないが……何にしても、ここは危険だ」


「急いでリンベルクの街へ走って逃げ込むかい?」


「……いや、リンベルクの街にも軍が迫っているかも知れない」


「じゃあ、どうするんだい?」


「ブレインの森へ逃げよう。あそこの森の地形は私達の方が詳しい運が良ければ逃げられる」


 ルーシーの父親とシリアは少し見つめ合い、そしてシリアが抱きかかえていたルーシーへと視線を向けた。


 シリアは抱きしめていたルーシーから体を離して、ルーシーに向かってゆっくり話しかける。


「ルーシー」


「……お母さん何が起こっているの?」


「ルーシー、よく聞きな。今、この村はどこかの軍に襲われているんだ。だから、私らは一刻も早くブレインの森へ逃げなくちゃいけない」


「うん、わかった。私、ブレインの森は詳しいから案内するよ」


 ルーシーの提案にシリアはゆっくり首を振って答える。


「いや、私と旦那はお爺ちゃんとお婆ちゃんを連れて行かないといけないんだ……ルーシー、アンタはまず一人でブレインの森に逃げな」


「え、私だけ?」


「あぁ、アンタ、一人で逃げた方が生き残れるだろう……」


「い、嫌だよ。私もお母さん達と」


「これは私と旦那で決めたこと。アンタには生きてほしいんだよ」


「っ!」


「わかったなら。家の裏口から逃げな」


「わかった。けどお母さんも生きて」


 ルーシーは別れを惜しむように一度シリアに抱き付いて、涙を流しながら呟いた。対して、シリアは涙をグッと堪えて笑みを浮かべる。


「もちろんさ。私はしぶといからね。ほら、早く行きな」


「うん」


 ルーシーは涙を拭いて一回頷く。そして、家の裏口から出て、ブレインの森へと走ったのだった。

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