第150話 冗談半分。

「……」


 控え室の中でソファに座って、外で話されていた噂話をリナリーは表情を暗くして聞いていた。


 対照的にデイムはどこか楽し気と言った様子で口を開く。


「ほほ、もはや、既成事実になりそうな勢いで噂が広がっておりますなぁ。リナリー様と第三王子ラーベルク様の結婚話は」


「何を笑っているのよ……もう」


「あの茶会から一カ月も経っていると言うのに……収まるどころか逆に盛り上がっているような」


「ポーラ様は悪気があった訳ではないと思いますよ」


「私だってわかっているわよ……あの場を和ませるために冗談のつもりで言ったことくらい。だけど」


「そうですな。第三王子ラーベルク様の発言で噂が広がってしまいました」


「うん、噂が広がり過ぎて……。何より厄介なのは、噂を流しているのが王族でも無下に扱えない大貴族ばかりであることかな……はぁ」


 眉間に皺を寄せたリナリーは多くため息を吐く。そして、ソファの背に体を預けて頭を抱えた。


 少しの沈黙の後、デイムが口を開きリナリーへ問いかける。


「あの一つだけお聞きしたかったのですが……よろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「いえ。おそらく皆が気になっていることだと思うのですが……リナリー様とラーベルク様とはいつ結婚の約束をされていたのですか?」


「それは……昔、べラールド王国にお父様と訪れた時があったでしょ?」


「しかし、それはリナリー様がまだ六歳の時でございましたよね?」


 デイムの問い掛けに、リナリーは過去を思い出すようにゆっくり話し始める。


「ええ、その時よ。その時……えーっと確か……ラーベルク王子が俺と結婚をしろって強引に言って来たような気がするわ。だから、当時英雄譚を読むのが好きだった私は弱い男には興味ないわって返して……? その後、何か……そう俺は強くなるから結婚しろとか言われた気がするわ? あら? これって約束はしたことになるのかしら?」


 リナリーはラーベルク王子との過去の思い出を話していて、思い出に疑問を感じるところがあったのか、腕を組んで自問自答を始める。


 リナリーからラーベルク王子との過去の思い出を聞いたデイムは目を瞑って眉間辺りに手を当てた。


「なんとなく経緯は分かりました。おそらく相手は約束したと思っていたのでしょう」


「はぁ、どうしたらいいかしら」


「……噂とは多くの人々が強く望んだことであればあるだけ広く。そして、より望む形に解釈されるものなのです。つまり、リナリー様とラーベルク王子との結婚を強く望まれる方が多いと言うことでしょう。もちろん、私もその一人ではあるのですが」


「う……」


「リナリー様とラーベルク王子との結婚はべラールド王国側にも、クリスト王国側にも双方にメリットがあり多くに望まれるのもわかりますな。……まず、べラールド王国側はリナリー様と言う魔法使いを親族に持てると言うのはメリットでしょう。次いでクリスト王国側にはリナリー様とラーベルク王子がご結婚されることで、べラールド王国とクリスト王国との間で結ばれている同盟がより強固なものとなります。それによりクリスト王国内で密かにささやかれているべラールド王国から同盟が破棄されるのではと言う噂も完全に払拭できるでしょう」


「ぐぬぬ……」


「メリットはまだまだあるでしょうが……大まかなところで言ったらそのくらいでしょう」


「……みんなが私と王子の結婚を望んでいるのは分かるんだけどねぇ。私は……」


「ほほ、ただ……クリスト王国側が一番恐れているのは王族で且つ魔法使いであるリナリー様に逃げられてしまうことでしょう。現在のリナリー様はもう一人でも生きていくことができるほどの魔法使いですから」


「……私が国を捨ててどこか行くと? 私にだって国に対して愛着があるわよ」


「リナリー様はお優しいですからなぁ」


「もう他人事みたいに言って……何かいい案ないかしらねぇ」


「私からはリナリー様の御心のままにとしか。……いっそのこと、幼少の時の話通りに強き者のもとに嫁がれると言うのはいかがでしょうか?」


 デイムがどこかとぼけたように言うと、リナリーは可笑しそうに笑い始める。


「ふふ、何よ。それ……」


「まぁ、半分冗談ではありますが……半分本気でございますよ?」


「え?」


「おそらく、そのくらいしないと事は収拾できないかと」


「……えっと、んーん」


 トントン。


 リナリーとデイムの会話の途中ではあったが、控え室の扉がノックされる。


「……リナリー様よろしいでしょうか? イグニスです」


「はい、どうぞ」


 イグニスはリナリーの了承を得ると、扉を開けて控え室の中に入ってくる。


「失礼します。そろそろ、南塔の司令室に入って欲しいそうですが。よろしいでしょうか?」


「わかりました。すぐに行きましょう」


 リナリーは頷き、ソファから立ち上がった。そして、控え室を後にしてイグニスの案内で南塔の司令室に入った。


 それから、一刻としない内にバルべス帝国とべラールド王国の戦争が幕を開けるのだった。

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