第143話 茶会。

 イグニスとその部下に連れられて、リナリーとデイムは茶会の行なわれている王城の中にある中庭へと訪れていた。


 中庭にはいくつもの丸い机が置かれ、茶会に参加したべラールド王国とクリスト王国の王族に加えて、両国の大貴族に位置する貴族達が会話を楽しんでいるようだった。


 中庭の警備に加わったイグニスと別れて、リナリーがデイムをお供にスタスタと優雅に歩きながら姿を現した。


 すると、茶会に参加していた人々の視線がリナリーに集まってざわざわと話し出した。


「アレが……リナリー王女?」


「お美しくなられましたなぁ」


「ほんと、ポーラ王女も合わせて美人姉妹ですね」


「お美しい……」


「あ、アレがリナリー様? どこかで」


 リナリーはある丸机に近づくとリナリーの姉であるポーラと話していた人物の前で礼儀正しく頭を下げでた。


「お久しぶりでございます。べラールド国王ハーケンス・ファン・べラールド様。私、クリスト王国第二王女リナリー・ファン・クリストでございます。茶会へのお誘い、ありがとうございました」


「久しいの、リナリー。お主、ずいぶん綺麗になったのぉ。見違えた」


「ふふ、ありがとうございます」


「うむ、長旅に疲れているであろう。呼び出して悪かった」


「旅には慣れておりますので、このくらいは大丈夫ですよ」


「そうか、とりあえず紅茶でもどうかな? そこの席が空いておる」


「ありがとうございます」


 リナリーは空いていたポーラの隣の席に近づくとデイムに椅子をひかれて、そこに座った。


 デイムはリナリーに何を言われるまでもなく一旦その場を離れると、ポットとティーカップを手にして戻ってくる。


 そして、ティーカップをリナリーの前へ置くと、紅茶を注いだところで控えるように離れて行った。


「本来は盛大なパーティーを催してお主らを国賓として歓迎したかったところじゃったが。有事が近づいており、顔合わせがてらささやかな茶会を催すことになったのじゃ」


 国王ハーケンスが紅茶を一口飲み、口を開き。


 そして、国王ハーケンスはポーラとは反対側である左側に腰かけていた、白い髪を短髪にした細身ながら初老の男性に視線を向けた。


 その初老の男性はリナリーの目から見ても只ならぬ空気を纏っているのが分かるほどの人物であった。


 初老の男性はリナリーを見ると胸に手を当てて、ぺこりと頭を下げて自己紹介を始めた。


「リナリー王女様。お初にお目にかかります。私はグラース・ファン・ロドリゲスでございます」


「おぉ、貴方が守護神グラース・ファン・ロドリゲス将軍殿でしたか」


 リナリーはグラースの視線を受けて、びくりと体を震わせたものの平静を装った。


「うむ……その二つ名は何とも恥ずかしい限りですな」


「そんな、他国まで轟いている素晴らしい武名ではありませんか。それに実際に会って武名にたがわぬ実力を私でも感じ取りましたよ」


「ありがたいお言葉、嬉しい限りです。しかし、それは私が気配を操るのか下手くそなだけなのでございます」


「そうなんですか?」


「はい、帝国より恐れられる白鬼などは気配を消すのではなく偽り、一般人のフリをして敵地に乗り込みます。そして、傷一つ受けることなく敵地を壊滅させて帰って来るのです。私はそこまでのことはできませんからな」


「気配を偽る……そのようなことが? それよりもグラース将軍殿は火龍魔法兵団団長の白鬼と面識が?」


「えぇ、昔……白鬼が私のことを憶えているか分かりませんが、サンチェスト王国にカーベル・スターリング将軍と当時のサンチェスト国王が健在であった時は、何度か軍事演習を行っていましたからな」


「軍事演習を……」


「はい、同時期にカーベル将軍とサンチェスト国王が倒れたことで、それは無くなってしましたが。当時も白鬼は百人足らずを率いていて、万を率いる私の軍を翻弄し、不甲斐なくやり込められたものです……っと、私の恥ずかしい昔話など置いておいて」


 グラースは一度言葉を切ると、ポーラとリナリーの二人に視線を送って再び口を開く。


「ポーラ王女様もそうですが、リナリー王女様も私と目を合わせて話していても怯えないところを見るに聞き及んでいた話に違わぬ胆の据わった良き魔法使いであられるようだ。これは戦争前の限られた時間の中、お二人を見に来たかいがありました」


「ふふ、ありがとうございます」


「グラース将軍殿に良き魔法使いだと言っていただけると、嬉しいです」


 ポーラとリナリーの二人は、グラースから褒められたことを控えめに喜んだ。


「魔法使い達の実力次第で、戦争を進みが異なりますからな。ポーラ王女様、リナリー王女様の両魔法使いが友軍として我が軍に加わっていただけること、心よりありがたく思っております」


 グラースの言葉を国王ハーケンスは肯定するように頷きながら口を開く。


「ほぉほぉ、本当によかったのぉ」


「はい、恐れながら国王様。私は戦争準備のため……誠に残念ながらここで席をはずしたく思うのですが」


 グラースはバッと席から立ち上がって、地面に膝をつけて国王ハーケンスに向けて頭を下げた。すると、国王ハーケンスは一度頷く。


「うむ、よろしく頼むぞ。我が宝剣よ」


「はっ! かしこまりました」


 グラースは国王ハーケンスとのやり取りの後に、立ち上がると一度ポーラとリナリーに向き直る。


「……ポーラ王女様、リナリー王女様も失礼いたします」


 ポーラとリナリーに頭を下げたグラースは着ていたマントを翻して颯爽とその場を後にしたのだった。

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