第132話 遡る。

 時間を少し遡って聖英祭の前夜祭が行われた日。


 ちょうどアレンがスービアと飲みに行った日である。


 ここはリンベルクの街のとある木造の建物の一室。


「第二皇子……お元気そうで何より」


「元だがな……ルバート伯爵、よくわざわざ来てくれた」


 一人の金髪の男性……ルバート伯爵が跪いて頭を下げた。


 対して、ルバート伯爵の前でソファに座っている第二皇子と呼ばれた人物は陰になって顔を見ることはできない。


 ルバート伯爵はバッと顔を上げて口を開く。


「いえ、今の私など……なんの力無く役立たずです」


「火龍と渡り合った卿ほどの男が……すまない。私がバルベス帝国からクリスト王国へ亡命するのに加担したと疑われたんだな」


「あの皇子、謝らないでください。……それから、恥ずかしいので火龍と渡り合ったなどとはおっしゃらないでください。私などまだまだ未熟者」


「ふ、未熟者か。三日続いたという副長ホーテとの一騎打ちは、多くの兵士達が語り継いでいるじゃないか」


「まぁ、勝てていれば多少は格好付いたんですが。痛み分け……いや、あの戦いは私がほぼ負けていました」


「副長ホーテは……化け物だな」


「更に副長の上にはまだ団長がいますし……世の中には化け物が多いです」


「そうだな。団長……白鬼(はくき)アレンか……。世の中と言うか火龍は化け物集団なんだな。本当に」


「はい。あ……そういえば」


「ん? どうした?」


「いえ、正確な情報か疑いがあるのですが……その団長アレンが死んだという情報がありました」


「それは本当か?」


 第二皇子は驚き、座っていたソファから腰を上げた。対してルバート伯爵は申し訳なさそうに首を横に振る。


「すいません。俺もとても死んだとは思えなく……調べさせているのですが、団長アレンの生存は不明です。ただ、火龍の団長に別の奴が付いたそうです」


「そうか。まぁ、火龍は副長三人も強いからな、すぐにはあの王国を抜くことは難しいだろうが……あの白鬼が居ないのであれば……今が攻め時……ってこんなところで言っていても意味ないか」


 第二皇子はそう言って再びソファに座った。


 すると、表情を曇らせてルバート伯爵は頷く。


 第二皇子とルバート伯爵との間に重い空気が流れて、互いに沈黙する。


 ……しばらくの沈黙の後に第二皇子が重い口を開く。


「……それで、今のジュネーヴ城内の状況は?」


「第一皇子は皇帝の座をついてからというもの、サンチェスト王国に攻め込む準備をし始めさせているとのこと。それから……ジュネーヴ城内に多くの人間が入り込んでいるんだとか。そのこと自体は問題ではないのですが、第一皇子の過去の所業から考えるとよくないことが行われているのではと」


「……あぁ、過去の所業から考えると、そのジュネーヴ城内に入った人々がどうなっているか恐ろしいな」


「はい……すみません。私は外に出されてしまっているので、調べるのに時間が掛かってしまっています」


「いや、よく調べてくれている。それとな。私に謝ってくれるな。私が……私にもっと力があれば……こんなことにはならなかった」


「皇子、御自分を責めないでください。も、元はと言えば、前皇帝の死の直後、第一皇子が圧倒的な武力によってジュネーヴ城を制圧して……略奪皇帝になり変わってしまうとは誰にも予想していませんでした」


「それは……そうだな。危険思想のある第一皇子には父上……皇帝も監視は付けていたはずだが、なぜアレほどの武力を有していたのか」


「その件ももちろん調べているのですが……全く情報が入らないのです」


「そうか、くれぐれも警戒を怠らずに情報を集めてくれ。ルバート伯爵に倒れられては……」


「わかっています。心して任務を執行します」


「よろしく頼む!」


「は!」


 第二皇子がソファから立ち上がると声を上げた。すると、ルバート伯爵は跪いて頭を下げて短く返事を返すのだった。






 先ほどまで第二皇子と話をしていたルバート伯爵は建物から出ると、リンベルクの街を見回す。


「……さて帰るか」


 ルバート伯爵はそう言った視線を前に向ける。


 その視線の先に、赤茶色の髪色にしたアレンが姿を現して、ルバート伯爵の前を通り抜けていった。


「うぷー今日は人が多いな」


 人の多さにげんなりしているアレンの顔を目にしたルバート伯爵の体には衝撃が走った……。


 そして、咄嗟にルバート伯爵は体を建物の影に潜めて、再びアレンへと視線を向ける。


 ルバート伯爵は思考を巡らせた。


 なぜだ?


 なぜ……このクリスト王国に……火龍魔法兵団の団長アレンがいる!?


 髪色を白銀の髪から赤茶色の髪に変えているが……あの顔は決して見間違えることはない。


 このクリスト王国に潜入して何か起こす気なのか?


 まさか、第二皇子がこの街に居ることが悟られて……ってことはさすがにないか?


 アレンに、今……この国に亡命している第二皇子を狙うメリットがほぼないはずである。


 ……どうする?


 追いかけるか?


 俺もバレる訳にはいかない。


 そもそも俺はアレンを追いかけてどうする?


 いや、アレンは帝国に取って絶対悪である、俺がアレンと向き合って戦わないのはあり得ないが。しかし、ホーテに勝てなかった俺があの白鬼アレンに勝てるのか?


 クソ、せめて……愛刀があれば……潜入ゆえに愛刀ではないことが悔やまれる。


 あ……路地に入っていったぞ……っち。


 どこへ行くんだ?


 ルバート伯爵はアレンが歩いていった路地を覗き込む。


 すると、すでにその路地にはアレンの姿は無くなっていた。


「くそ……どこにいった」


 ルバート伯爵はしばらくその場でアレンを探し回っていたが、アレンを見つけることができなく。帰国することになった。

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