第125話 は?
「私はずっとアレン様をお慕いもうしておりました」
「お慕い……は?」
「はい。お慕いもうしていました。私は子供の頃から……ずっと、貴方様の英雄譚の語り歌赤き龍の英雄を聞いていました。貴方様のどんな劣勢な戦場に置いても勇敢に戦い……無力な国民に救い手を差し伸べる姿に私は心救われて……力をいただいていたのです」
ローラはアレンの手をギュッと握った。
「……英雄譚を聞いてか?」
「はい」
「ふうー、その語り歌が出回り始めて……たまに居たよ。けど、すぐに居なくなるんだけどなぁ」
「私は違います。私は本気です……私の本気を伝えるために私を貴方様のもとに置いてください!」
「え、ええー……」
アレンは首を傾げて黙った。そして、少しの沈黙の後で再び口を開く。
「んー……急にそばに置いてくださいと言われてもなぁ。まず始めに言って置かないといけないのは語り歌……赤き龍の英雄は吟遊詩人の奴らによって誇張されているんだからな? 語り歌で歌われているクサいセリフを俺は言った覚えはない」
「知っています。ただ、劣勢の戦場で戦い、多くの国民を救ったことは嘘ではないですよね? アレン様のことならばカーベル・スターリング将軍が戦死なされた戦いで……本当は帝国軍をたった一人で退けたことから知っていますよ!」
「おい、ちょっと待て……なんで知っている」
「調べましたから」
「調べた? 何者だ?」
アレンは目を細めてローラを見つめて問いかける。
平静を装い問いかけたアレンであったが動揺していた。
この世界で他国のこと……しかも英雄ともてはやされていようとも、本来一介の兵士に過ぎないアレンのことを調べるにはそれなりの耳とパイプが必要になってくる。
更に、カーベル・スターリング将軍が戦死した戦いは、カーベル・スターリング将軍の軍内と帝国軍内でそれぞれ真相に緘口令が敷かれている……にも関わらずその戦いの真相を知っているとなると……少なくとも一般人ではない。
「申し遅れました。私は……クレセン教が抱える聖女の一人ローラ・スノーリアです」
「なるほど、そう言うことか教会には情報が漏れていたのか。教会の耳は広いから仕方ないか……って聖女? ってことはこの国に来た。聖女ってのは」
「私です」
「……そうか。え、ちょっと待てよ? クレセン教の聖女って……詳しくは知らんが、世界にある宗教の二大勢力……プロスレント教ともう一つの宗教クレセン教。それは聖女崇拝だったはず。そんな宗教クレセン教の連中が聖女のお前を手放すのか?」
「それは……」
ローラは表情を曇らせた。そのローラの様子からアレンは何か察したのか頭を抱えて屋根の上に座る。
「なるほど……逃げてきたんだな?」
「はい」
「逃げ出すことは悪いことではないが。しかし、それで俺のところに置いてくれか?」
「はた迷惑な願いをして……すみません。だけど」
申し訳なさそうにするローラを見て、アレンは渋い表情で顎に手を置いて問い掛ける。
「うむ……そんなに俺のもとに居たいのか?」
「はい」
「調べたと言うことは知っているだろ? 俺が火龍魔法兵団の団長を首になって、国外追放されてしまったことを……つまり俺は赤い龍の英雄でもなんでもなくなった。今の俺は弟子を育てながら隠居しているだけだ」
「それでもかまいません! 私はアレン様のことを愛しています! 私は貴方様に心を救われた! その恩を返したいと力に成りたいと……私は貴方様と一緒にいれるならば何でもします!」
ローラは嘘偽りないまっすぐな言葉で告白した。
その告白を聞いたアレンはローラとしばらく無言で見つめ合う。そして、唐突にふうーと息を吐いて見せる。
「まぁ、いいか」
「え?」
「ローラ、お前がどのくらい強い気持ちがあるのかは分かった。教会に喧嘩を売るのは面倒だが。バレなきゃいい……俺が住んでいる屋敷なら身を隠すこともできるだろう」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、ただし……俺はまだお前のことを信用しきれていない。あの厄介な教会に喧嘩を売るかも知れないんだ。俺の屋敷の場所は教えられん。目隠しした状態で運ぶがいいか?」
「それは……はい。構いません」
「……わかった」
この後、アレンはローラを抱えてリンベルクの街を囲っている壁をのり越えると、青い屋敷へと連れて行くことになる。
ローラが失踪したことはクリスト王国内で大問題となる。
王国の兵士が捜索にあたったことはもちろん。特にクレセン教の教団員による捜索はクリスト王国全土で草の根を分けるほどに徹底して行われた。
しかし、アレンの屋敷にいたローラは見つかることはなかった。
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