幕間 スーパーメイド遊香ちゃん
葉島さん会社訪問の少し前。僕は学校から呼び出しを食らっていた。
校舎の復興もだいぶ進み、今では火災のあった三階以外の場所は自由に出入りできる。だが私たちの学校では驚くべきことに夏休みの夏期講習がない。それは受験などを控えた三年生も例外ではなく、今学校に来ているのは生徒会の人たちか部活動に勤しむ人たちだけだ。新学期早々にイベントがあるらしいので、それに向けて準備しているらしい。
それはそうと、僕は現在職員室にいる。三年生の夏休みに呼び出しを受けるのは珍しいことではないのだが、この日はいつもとは若干違う雰囲気になっていた。
僕の目の前に立つ担任が重い口を開く。
「服部さん・・・就職希望とのことなのだけど」
「あ、はい。僕は就職がいいなって・・・」
僕の目の前に立つのは担任である時雨先生だ。綺麗な見た目とおっとりした性格が相まって男子を中心に人気があり、面倒見の良さから女神さまと密かにあがめられている先生である。
「大変言いにくいのだけど・・・このままじゃ無理よ」
「・・・それは、なにゆえで?」
すごいことをあっさり言われて一瞬だけフリーズしてしまったが、僕は慌てて理由を聞き返す。
「まず成績が・・・これは言わなくてもわかるよね」
「いやまあ・・・はい」
確かにそれを言われたら答えようがない。僕は学年の中でも決して成績がいい方ではない。赤点とかは回避しているが、クラスの上位層には入り込めないのだ。良くもなく悪くもない、中途半端な成績。たしかにまあ、マイナス要素の筆頭だ。
「それに加えてだけど、あなたの希望する職種ってなんだっけ?」
「楽に働けて、いっぱいお金をもらえるところです」
「そうそうそれそれ。アハハ・・・舐めてるのかな?」
普段笑顔しか見せない先生が、時折怖い時がある。まあそんなスリルが癖になっている生徒もいるらしいが、僕にはそんな趣味はない。ただひたすら震えるだけだ。なんとなくだが社会人の闇を感じさせられる。
「せめてどういった業種がいいかだけでも絞ってよ。そうしないと何も指導できないし。あと、きちんと生活できてる? 一人暮らしで大変なのはわかるけど、やるべきことはちゃんとやってもらわなきゃ困るからね」
先生なりに心配してくれていることは分かったが、僕の心はあまり動かない。
「・・・わかりました」
そう言って職員室を後にするも、僕はため息をつくしかできない。
だって私には、やりたいことがないのだから。
「あーあ。どっかに楽で稼げる仕事が転がってないかなー」
灼熱のような環境にも負けず、僕は学校から下校していた。進路のことを本格的に考えるようになったのはかなり最近なので、いまだに実感がわかないのはさすがにまずいかもしれない。
「就職は厳しい。いっそ進学・・・いや、頭とお金が足りないや」
どうあがいても僕の学力じゃいけるところなんてたかが知れている。それに余計な出費がかさむだけだ。いまだに眠り続ける妹のためにも、何とかしてお金をかけずに済みたいところ。
「いっそ、蓮くんのところに永久就職とか」
ふと思いつきでそう考えてみるが、一気に頬が紅潮する。このままでは熱中症と間違えられる勢いだ
(あわわわわ・・・ダメだよ、連くんったらそんなことっ・・・)
ついその先まで考えてしまう始末。この妄想はやめよう。そう考えて駅に辿り着いた時、あるポスターが目に入る。
「オープニングスタッフ募集中?」
どうやらこの近くの会社の中でカフェをオープンするらしい。写真に乗っている内装もかなりきれいで、給料もそこまで安くはない。そしてチラシの欄外に気になる表記があった。
「えっとなになに・・・料理ができる人は優遇、か」
僕は今までアルバイトなどはしてこなかった。親が残してくれた資産は十二分にあったし、特に興味がわかなかったからだ。だが、なぜか少しだけ考えてしまう。
「うーん、社会経験ってことで、夏休みだけやってみようかな」
よくよく思い返してみれば今まで社会のことなど考えたことがなかった。もしかしたらこれがいい機会になるかもしれない。
そう考えた僕はあまり考えることもなく応募用のQRコードをスマホで読み込んだ。
※
採用は意外にあっさりと決まった。担当者曰く、見た目がちょうどいいとのことだ。少し引っかかる部分はあったものの、社会勉強ができるならと仕事モードへ意識を切り替えようとするのだが。
「あの、古川さん。何ですこの服」
「見て分からないかしら。メイド服よ」
僕の目の前に立つのは採用担当を務めこのカフェをプロデュースした古川さんだ。どうやら彼女の提案でこのカフェは設立したらしい。
「ぶっちゃけ他の服もいいかなと思ったけれど、やっぱりこの手のユニフォームはメイド服がいいかなって」
「発想が極端すぎる!?」
どうやら古川さんは隠れオタクらしい。彼女が携帯につけているストラップも確か何かのアニメのキャラクターだった気がする。それも、かなりマイナーな。
「まあ安心して。ここは会社の中だからあなたの友人はまず来ないだろうし。それにその見た目ならこの会社の社員は娘のように接してくれると思うわ。この会社って、反抗期を迎えた娘に悩まさせる人が多いもの」
「この会社大丈夫!?」
社会勉強のつもりだったがこれでは社会の闇に触れているだけだ。初日にしてすでに不安を抱えてしまうなんて相当だ。あとまだ顔も知らないお父様方、ご愁傷さまです。
「まあ、あなたのポテンシャルはすでに見せてもらったわ。それくらいの能力があるなら多分ピーク時間でもなんとかなるはず。ま、せいぜい気楽に行きなさい。」
「は、はぁ。わかりました」
とりあえず古川さんの言うとおりに仕事を進めていく。来てくれるお客さん(主に会社の人)の接客をし、時間があったら自分が調理の方へと回る。初めてにしては、かなり上出来な部類に入っていると思う。その証拠に先ほど調理長? みたいな人から褒めてもらった。これなら店の看板娘、果てにはエースまでそう遠くはないだろう。
エリートメイド遊香ちゃん爆誕
(あれ、存外悪くない?)
年甲斐もなく舞い上がっている気がするが、それだけの成果を僕は上げていた。現に初日の売り上げ目標はとっくに超している。
「上出来よ、服部さん」
「はい、ありがとうございます」
「確か明日もシフトは入っていたわね? 期待してるわ」
「が、頑張ります」
どうやら僕はメイドの才能があったようだ。試しにメイドターンをしてみたら、何人かリピーターができた。明日は会議だかなんかで忙しくて来れないらしいが、これから忙しくなっていくことは間違いないだろう。
「あ、そうそうそれと」
「なんですか?」
古川さんが帰ろうとしたところで急に振り返り、思い出したかのように何たら手をポンと叩く。
「明日あなたと同じ年くらいの子がうちの会社に来るらしいから、その子にもこの店を評価してもらおうかなって思っているの。だから、存分に見せつけちゃってね」
「ふふふ、お任せあれ」
思えば僕は、この時すでに調子に乗っていたのかもしれない。明日来る僕と同い年くらいの子について、もう少し言及していればよかった。
※
そして現在
「なっ、なんでこんなところにいるのさメイメイ!」
僕の職場を訪れたメイメイを見て一瞬フリーズしてしまうもすぐに調子を取り戻す。だが僕の心臓は聞こえてしまうのではないかと思うくらいバクバクと脈打っている。
(うがぁぁーーーっ!! まさか寄りにもよってメイメイにこの格好を見られるなんてぇ
――――!」
バイトしている姿を見られるのならまだいい。それは一生懸命仕事をしている証拠だからだ。
だがこの格好は知り合いに見られたくなかった。フリフリのメイド服でかわいらしくお化粧まできめている。僕は何とか感情を凍結させメイメイから目を離さない。
「えっと、私はこの会社を見学に来て・・・」
「あっ、そういえば古川さんが昨日・・・」
ここで僕はようやく思い出す。そういえば古川さんが僕と同い年くらいの子をこの場所に連れてくると言っていた。だがまさかそれがメイメイだとは想像もできなかったので自分の運のなさに落胆する。
(・・・あれ、ちょっと待って!?)
僕は最悪の展開が頭をよぎり、恐る恐るメイメイに尋ねる。
「もしかして、ほかにも誰か来てるの?」
メイメイに見られたのは運の尽きだ。百歩くらい譲ってそれは妥協できる。だが他の誰かに見られるのなら話は変わってくる。
こんなところ、特に蓮くんに見られたらどうしよう・・・
僕の脳内はそれで埋め尽くされていた。しかしメイメイは首を振ってそれを否定する。
「ここに来たのは私だけです。もともとこの会社全体の見学をしてて」
「そ、そうなの! よ、よかった~」
僕は安堵し、胸をなでおろして息を吐く。とりあえず最悪の展開は避けられたことを喜びながら、改めて仕事モードへと切り替える。
(たとえ友達でも、今はお客様!)
そもそも今の自分はこのカフェの従業員。それならば、最高のホスピタリティを提供しなければ!
「お席へご案内いたします。こちらへどうぞ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
慣れない僕に一瞬だけ戸惑うも、すぐに順応してくれるメイメイ。理解してくれる後輩に恵まれたと割り切り、席に座った二人にお水とメニューを運ぶ。ここまでは、マニュアル通りだ。
「それでは、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「は、はい」
メイメイは最後まで戸惑っていたようだが、僕は最後までクールに仕事を遂行する女、服部遊香。どんなお客様にも一流の仕事でもてなすのだ。
「ふふふ、さすがは私が見込んだ子。理想通りの働きをしてくれてるみたいじゃない」
「あの、古川さん? 目が少し怖いような・・・」
若干古川さんのテンションがおかしくなってきたみたいだが、とりあえず僕は仕事に集中する。そしてしばらくして二人が注文したホットコーヒーを彼女たちのテーブルへと運ぶ。今日はあまりお客さんが来ないので、この二人だけに集中できるということだ。
「それではごゆっくりどうぞ」
「服部さん、例の・・・」
「おっと、そうですね」
いけない、ついうっかり忘れてしまうところだった。マニュアル通りにすべく、僕はきちんと動作を思い出す。
「ん? いったいどうし・・・」
メイメイが不思議がって僕のことを見ているが、そんなのは気にしない。僕は、スーパーメイドだ。
「それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ、お嬢様!」
メイドターンからのスカートの端を持ち上げて一礼。古川さんから教わった、メイドとしての正しい作法らしい。
「ふふふっ、いいですね、とてもかわいらしい。ウフフフフ」
「・・・」
古川さんの顔が若干危ないことになっているが、昨日は何度もこんなことがあったので僕はもう気にならない。メイメイは最初こそ古川さんに尊敬の念を込めたまなざしを送っていたようだが、今では冷ややかな視線に変わりつつあることを、まだ誰も気づいていない。
「えっと、あれはもしかして古川さんの趣・・・」
「んんっ!! ほら葉島さん、きっちりと味のレビューを!」
「・・・はぃ」
今では乾いた目で古川さんのことを見ていた。きっと彼女の思い描いていた古川さん像がガラガラと崩れていったのだろう。それはそうだ。だってあの人中身は完全にオタクだもの。
「ま、夏休みは頑張るかー」
こうして僕は夏休みの大分前半からアルバイトを始めた。
ちなみにこれは蓮がオセロと戦った少し後に紡がれた物語。あの場で起きた惨劇を、二人はまだ知らない。なぜなら、蓮たちがまだ話していないからだ。きっとまだ心に深い傷と葛藤を負っているのだろう。
まあ、仮に二人に打ち明けること覚悟ができたとして、そんな余裕など蓮たちには既になかった。遊香が華麗なメイドターンをきめている頃、蓮は新たな危機に陥っていたのだから。
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