第36話 光と影、そして俺


 体感的にどれくらいの時間が過ぎたのかわからない。俺はまばゆい光の中を抜けて現実世界へと帰ってきていた。


 背後にはいまだに何が起きているかわからず困惑しているリブラとクロエさん。そして俺の目の前には




「オセロが・・・泣いてる?」




 そう呟いたのは俺の背後で静かに状況を見守っていたリブラだ。同じようにクロエさんも放心している。


 オセロは片目から涙を流していた。その表情は悲惨で、封じられた過去をすべて思い出したようだ。きっと自分が犯した罪、傷つけた言葉。そのすべてが自分の記憶として正しく帰ってきているのだろう。これでもう、オセロと争う必要はなくなった、はずだ。




 だが、戦いはこれで終わりじゃないことを俺は知っている。




「っ、オセロ! 左に大きく避けろぉ!!!」


「くっ!?」




 オセロはハッとしてすぐに左へと大股で飛ぶ。しかし心がボロボロだったのか、飛んだ先で思いっきり転んでしまっていた。あれではもうしばらく動けないだろう。




 そしてオセロのいた場所を、金色の雷が轟くように降り注いだ。




「な、何が起きてるんですか!?」




 オセロを含め、状況がよくわかっていないリブラたちは何が起きたか困惑している。だが攻撃の主は、前回同様あっさりと姿を現す。同じ場所、神社の屋根に、彼女はいた。




「あれぇ、どうして教えちゃうのかな、かな? せっかく蓮のことを助けようとしてあげたのに」




 まばゆい満月と重なって、その金色の髪がまばゆく輝いていた。どうやら、お出ましだ。




「な、なんで・・・なんでリコが異能力を!?」


「あの人・・・この前レンさんの家にいた・・・」




 璃子のことを知っているリブラは驚愕に目を見開き、クロエさんもどうしていいのかわからない状態だ。




「やっぱり、こうなってしまうのか」




 夢幻の回廊にいたあの少女も、この事態を避けられるとまでは言っていなかった。ようするに、ここからが正念場なのだろう。ここから先は、いったいどうなるかわからない。




「リブラ、アビリティストーンの反転って知ってるか?」


「反転? それはもちろん知っています、が・・・ま、まさか!?」




 どうやらリブラはすぐに気づいてくれたようだ。璃子がどうしてアビリティストーンを手に入れたのかは知らないが、ここからはリブラ頼りになってしまう。




「あれ、何とかならないか?」


「・・・」




 リブラは急展開による衝撃からか、思わず黙り込んでしまう。きっとまだ頭の整理がついていないのだろう。背後ではクロエさんもあたふたしている。


 そんな中、待ちくたびれたのか璃子が再び攻撃を放とうとする。




「もぉ、ダメだよ蓮。あたしが来たんだから、他の女を見たらダメなの。ほら、あたしのこと見てよ。ねぇ、みてよ・・・『感電エレクトリック』」




 もはや自制心がないのか、攻撃に一切のためらいがない璃子。神社の屋根の上から俺たちに降り注ぐように金色の電撃を振り下ろす。


とてつもない光量の光が迫っており、背後にいるクロエさんの顔は青ざめていた。




(あれは・・・やはりマズイ)




 細い光に見えて、璃子が放つ電撃はとんでもない威力が込められている。一度食らえば失神。悪くてショック死だ。




 だが俺はあらかじめ対策を考えていた。


 電撃が人体に有害なら、それを耐えられる体にしてしまえば?




同調コネクト・・・インストール!』




 俺が異能力を発動するのと同時に、けたたましい音が鳴り響いた。俺は思いっきり電流を浴びてしまう。




「レン!?」




 リブラは呆気にとられたように俺の名前を叫ぶ。それほどまでに、激しい攻撃だったのだ。


 だが、同じ手は二度と食らわない。




「ちょっとビリビリするけど、あの時よりはマシだ」




 少し痛みを覚悟すれば、何とか耐えられる体になった。これなら璃子と戦える。




(けど、戦って勝っても意味はない)




 どうにかして、璃子をもとに戻さねばならないのだ。爛々と光る璃子の目が、俺を捉えて離さない。




「わぁ! 蓮が受け止めてくれた! これって、もう相思相愛でいいよね、いいんだよね! わーいやったー! じゃ、どんどん行くねー♪」


「っ、リブラ! 何か方法はないのか!」




 璃子を反転した状態から戻す方法。頼れるのはもう、俺の相棒だけだ。




「ちょ、ちょっと待ってくださいね。ええっと、ええっと・・・」




 さすがにリブラもすぐには思い出せないのか、必死に頭をひねっていた。だがそんな様子を面白く思わない璃子が口を尖らせる。




「んー、何か癪に障るなー。なに、その通じ合ってる感じ、理解し合ってる感じは? それはさ、あたしだけが許されることだと思うんだよね・・・うん、やっぱりお邪魔虫はつぶさないと。そうだ、電気ショックで虫をバチッとしちゃえばいいんだ!」




 どうやら璃子は、完全にリブラのことを敵とみなしたらしい。思えば前の世界で一番最初に狙われた仲間はリブラだった。どうやら璃子的に一番の敵はリブラなのだろう。




感電エレクトリック




 璃子は俺たちに都合など一切待たず、嵐のように異能力を乱発する。




「っ、リブラ! あと数分は持たせるから、それまでに何とか頼む!」


「は、はい!」




 そういって俺はリブラをかばうために璃子の電撃に真正面から向かい合う。




「くっ、おりゃあああああ!」




 俺は拳から放たれる衝撃波で電撃を相殺しようと考えた。だが実行した数秒後に後悔する。




 バチッ!




「くうっ・・・」




 衝撃波で攻撃事態は打ち消せても、電撃が伝わってくるのには変わりないようだ。このままでは、俺にダメージが蓄積するだけで無意味な防衛線となってしまう。


 一方の璃子は、異能力を使えば使うほど調子がよくなっているようで、少しずつだが攻撃の威力と精度が上がり始めてきた。




(くそっ、璃子の奴、異能力に慣れ始めたか!)




 彼女が今までに異能力を使っている場面を俺は見ていない。だが、彼女はこの戦闘で驚くべきスピードで進化している。恐るべき異能力適正だ。




「蓮ったら、そんな必死な目で見つめないでよ・・・我慢できなくなっちゃうでしょ!」




 璃子はそう言って幾度となく電撃を放ってくる。しかも、一度に攻撃できる回数まで増え続けてきた。


 最初は一撃、次は二撃、その次は四撃と増え続けていくのだ。徐々に俺は、体が麻痺し始めてきた。衝撃波を放つ右腕の感覚は、もうすでにない。




「っ、いい加減にしろ、璃子!」


「アハッ、そう! もっと呼んで。もっともっとあたしの名前を呼んでよ、蓮!」




 しばらく攻防が続くと、途端に璃子が攻撃をやめてしまう。




(も、もう終わるのか?)




 だが彼女はニンマリとして、俺に口を釣り上げた不気味な笑顔を見せつける。




「やっぱりちまちました愛じゃ伝わらないよね。だからぁ、特大の愛をプレゼントするぅ♪」




 そう言って璃子は両手で電気を圧縮し始めた。




(あれは、チャージ攻撃!)




 前の世界はあの攻撃が死因となった。今の俺なら何とか耐えられるだろうが、戦闘不能になるのは確定だ。


 だがあれを避けてしまえば、背後にいるリブラたちにその手が届いてしまう。それだけは絶対に回避せねば!


 俺が覚悟を決めた時、璃子も屋根の上から見下ろすように笑いかける。




「いっくよー!『感電エレクトリック』」


「くそっ、来るなら来い!」




 こうなったら俺もバーストで!




 相打ち覚悟で挑まなければ一瞬で負けてしまう。そう思っていたのだが、俺の目の前に黒いカーテンが現れる。




「ありゃ?」




 璃子は不思議そうに首をかしげている。それもそうだろう。彼女の攻撃は黒い闇の中に吸い込まれて消えてしまったのだから。




「小僧、わた・・・吾輩にあれだけ大見得を切ったのだ。そんな無様な戦いを見せつけてくれるな」


「あっ・・・」




 屋根に上る璃子の真下、神社の隅っこで、俺のことを守ってくれた男がいた。


 すでに涙は流れておらず、残忍な顔も消え失せている。まるで、あの世界で見た初々しい時代の彼のようだ。




「手を貸してくれるのか?」


「勘違いするな。吾輩は、吾輩が助かるために戦うのだ」


「そっか、期待してるぞ、オセロ」


「ふん、勝手にしろ」




 俺が思わず笑ってしまう中




「またっ・・・また浮気した。ユルサナイ、蓮の近くにいる奴らみんなユルサナイ!!」




 激高した璃子が神社の屋根から飛び降りて俺の目の前に仁王立ちになる。その顔は、直視できないくらい怒り狂っていた。




「足を引っ張ってくれるなよ」


「そっちこそ、病み上がりが調子に乗るなよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る