第17話 転移

 その日の夜、俺たちは早めの時間帯から行動を開始した。


 璃子と遊香先輩を家まで送った後、三人で待ち合わせ場所の公園の方まで移動する。




「やっぱりまだ来てないか」




 まだ日が暮れてそこまで時間がたっていない。彼女が現れるとしたらきっと日付が変わる間近の時間帯だろう。




「時間ができましたね、どうしましょうか」


「私としては、この街をもう少し見て回りたいのですが」




 リブラとクロエさんはベンチに座ってそう話していた。俺は立ったままあたりを見回して気配感知をする。




「この近くには誰もいないみたいだし、せっかくだからクロエさんの異能力を見てみたいかも」


「なるほど、確かにその方がイメージがしやすいかもですね。クロエ、お願いします」


「了解しました副長!」




 リブラから指示を受けた直後、勢いよくクロエさんが立ち上がる。そして




転移テレポート




 そう呟いた途端に、クロエさんの姿が消えた。




「うおっ、まじか」




 初めからそこにいなかったかのように、痕跡も何も残っていない。そして俺は人の気配がする方向へと目を向ける。




「これが私の異能力です。まあもっとも、先ほど言ったように連続しては使えないのですが」




 クロエさんはジャングルジムの頂上で胸を張るように腰に手を当てドヤ顔をしていた。確かにすごい異能力なのだが、案外付け上がりやすいタイプなのかもしれない。




「クロエ、一度降りて戻ってきなさい」


「はい、副長」




 そして器用にジャングルジムを降り始める。スカートが時々捲れそうになるのに目をそらしつつ、どうやら運動神経も悪くはないようだと一人考える。


 あれなら、純粋な体術なども期待できるかもしれない。




「とりあえず今日は見回り中心にして、花咲を含めた連携を確かめよう」


「・・・まあ、功を焦っても仕方ないですからね」




 リブラとしては今すぐにでもオセロのことを捕まえたいようだが、さすがに昨日の今日でそんな無茶はしないらしい。


 そして俺もブランコの方に腰を下ろそうかと思った時、急に誰かが近づいてくるのが分かった。




「っ! 二人とも、こっちに!」




 俺は小声でそう呼びかけ、遊具の中へと避難を促す。幸い大人三人程度なら余裕で入れる空間が中に広がっており、スムーズに中に入ることができた。


 そして俺は気配がした方へ眼を向ける。




「いやー、毎日見回りしてるけど、何も見つからんな」


「そうっすね、とっとと夏休みが終わってくれればいいんですけど。ふぁ~」




 近くを通りかかったのは町の見回りを担当している大人たちのようだ。この時間帯はこの辺も見回りで通りかかるらしい。何とか早く気づけたおかげで、俺たちは見つからずに済んだ。


 そして二人が行くまで俺たちは遊具の中でコソコソと隠れていた。




「・・・行きましたか?」


「ああ、もう出ても大丈夫だろ」




 そして俺たちは静かに遊具の外へ出てあたりを見回す。改めて気配感知をするが、ここに近づく人はもういない。




「今夜は彼らにも見つからないようにしなければいけませんね」


「これじゃあホラーゲームみたいになってるような」




 ちょっと古いゲームにそんなものがあったはず。敵に見つからないように出口を目指したり屋敷のボスを倒したりする類のゲームだ。今夜の俺たちはまさにそれかもしれない。


 青い鬼の魔物とかがいたりして・・・


 くだらないことを考えるのをやめて一度意識を切り替える。




「でも昨日の時間帯は誰もいなかったし、それくらいまで待つしかないのかな?」


「それなら、私がどうにかしましょうか?」




 俺が行動を遅らせようかと悩んでいた時、突如クロエさんが声をかける。




「私の転移ならいざというときすぐにその場を離れられますし複数人を運ぶことだってできます。これがあれば最悪の事態は避けられるかと」


「ナイスですクロエ」




 確かにその力があればリスクを減らして町の中を徘徊することができるかもしれない。そうすれば魔物との遭遇率も必然的に高まる。




「それじゃ、花咲はまだ来ないみたいだし俺たちだけで先に町を一周しようか」


「ここへのお帰りはお任せください。座標は完全に覚えました」


「ええ、では行きましょう」




 そして俺たちは、花咲が来るのを待たずに町へと繰り出した。






   ※






 俺たちは郊外の方を中心に夜の街を歩き回っていた。魔物がいるのは町のど真ん中よりもはずれの方にある住宅街の路地裏か、ちょっとした自然の中だ。


 そして案の定、俺たちの悪運あってのことか魔物と交戦を始めていた。




「こいつはアーマースコーピオン。尻尾に毒があるので気を付けて!」




 俺たちは最初に見つけたサソリ型の魔物と戦っていた。住宅街の路地裏に潜んでおり、カチカチと音がしたのを俺の耳は聞き逃さなかった。俺たちを視界に入れたサソリは俺の方へはさみのような手を向けて威嚇してきた。




「ここは私が!」




 そう言って俺の後ろに立つクロエさんが、何かを服から取り出した。




「それは・・・釘?」


「いきます!」




 そう言ってクロエさんは手に持っていた五本の釘に異能力を使用する。




転移テレポート




 釘が消えるのを見届けた瞬間、目の前のサソリから悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。体が痙攣を起こしてピクピクと震えている。




「私の異能力で、あいつの関節に釘を打ちました。多分もう動けないはずです。さあ、早くとどめを」


「ああ、わかった」




 少しおぞましい異能力の使い方だが、それでも心強い力だ。そして俺は一気にサソリへ蹴りを放った。




「はぁ!」




 かかと落としとでもいえばいいのだろうか。うまいことサソリの頭に直撃してサソリを頭上から潰すことに成功する。


 最初は命を奪うことに抵抗があったが、凶悪な魔物相手なら何とか相手にできるようになってきた。




 蹴りを入れたサソリは体の端っこから青い粒子になって消えていった。




「こんなのがうじゃうじゃいたらと思うと、異世界って怖いな」


「大抵の死因は魔物に起因するものですからね」




 見慣れたようにそういうリブラは、熟練の指揮官のような顔をしていた。ようなというより、実際にそうだったのだろう。




「それで、私の異能力はどうでしょうか?」


「あ、うん、すごく便利な異能力だと思う」




 少し残酷すぎる使い方というのに目をつぶれば、かなり実戦的な異能力だ。移動手段にもなり攻撃手段にもなる。その異能力の強力さこそが、彼女が分隊長を任される理由となったのだろう。




「この調子で、もう少し魔物の駆除を進めようか」


「はい」


「そうしましょう!」




 そして三人で、夜の中を歩き続けた。


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