幕間 リブラ 2

 学校を中退するという形になり数週間後、私は戦場の真っただ中にいた。


 ここはあのスラムとは比較にならないほどの地獄だ。すぐ隣で簡単に命が失われていくし、この手もすでに他人の血で濡れていた。




『はぁ・・・はぁ・・・』




 現在私の所属する部隊は森の中を強行している。敵に見つかれば一巻の終わりだし、ここ数日の疲労もたかって部隊は限界を迎えていた。


 悲惨な光景に発狂する人が続出し、王国の下っ端兵士から順番に命を落としていった。




 現在私が仕えている王国は隣の帝国と戦争の真っただ中にある。王国が世界一の戦力を誇ることには間違いないのだが、それでも帝国はひるまずに兵を送ってくるのだ。そしてその兵に対抗すべく、私たちのような異能力者が駆り出される。


 王国と帝国は不仲で、このような戦況が何年も続いていた。




 森を無事抜けて私たちは何とか王国へと帰還する。そのたびに生きていると実感できるのだからこの時の安心感は並大抵のものではない。


 まだ下っ端だった頃の私は戦場に慣れることがなく、よく部隊の足を引っ張っていた。


 そして私をかばって上司や仲間がどんどん命を落としていく。上官に叱られることよりもそちらの方が一層怖かった。




 そんな中、私の異能力が『覚醒』する。




 変化は地味なものだったがそれでも確実に仲間の力になっていた。そしてそれを皮切りに、私は戦場で敵を倒して回っていた。




 殺して、殺して、殺しつくした。




 そして背後にいる仲間が無事でいる姿を確認して、手を染めた意味はあったのだと安心する。私はこの時すでに、かつての感覚を忘れてしまっていた。


だが皮肉にもそれとは真逆に、私のことを称える声が増え始めていた。少しずつだが部下にも恵まれ、そんな彼らを守ろうと私もその分必死になった。




 そして戦果を挙げ続けた私は、類を見ないスピードで昇進していった。かつての同僚が部下になり、かつての上司が部下になり、気づけば兵団のナンバー2にまで上り詰めた。


 専用の執務室まで与えられて、兵団の人間ほとんどが部下にあたる副団長という称号を与えられた。そこまで感慨は湧かなかったが、これがより一層仕事に身を入れ込む要因になってしまっていた。




 私はこの時、どうすれば仲間を失わず効率的に敵を殺せるか、そんな物騒なことしか考えられなくなっていた。きっとスラムの頃の感情も麻痺していたのだろう。自分と仲間が生きてさえればそれでいいと思っていたのだ。




 そう、敵に温情は掛けない。そうしてしまえば、私の心は壊れてしまう。




 気づけば私は生活のすべてが不規則になり、何日も食事を摂らないで働くことも続いた。


 訓練すれば最低限の睡眠で活動することができるようになったし、食べ物の味も二の次だ。不思議なことに、それほどの苦痛はなかった。きっとスラムのころの経験が生きてきたのだろう。




 そんな日々を送る私のもとに、団長を中継してとある指示が出される。




『直属の部下・・・ですか?』


『ああそうだ。お前さんの仕事を手伝いながら学び、時間があればお前さんが稽古をつけてやる。そんな部下を、お前さんにつけたい』




 すでに決定事項になっているらしく、私はしぶしぶそれを受け入れた。私は人の上に立てるようなできた人間じゃない。それでも、仕事なのだから仕方ないと割り切った。




 ちなみにこれは後から聞いた話だが、私の下で学びたいという希望者は団長を差し置いてぶっちぎりで多かったらしく、様々な分野で大規模なテストが行われた末に選ばれたのだとか。つまり、期待の新星だった。




 そんなこともつゆ知らず、私はその人物のことを部屋で待った。すると対して時間もたたないうちに私の部屋にノックが鳴り響く。




『・・・どうぞ』


『し、失礼いたします!』




 入ってきたのは黒髪の美丈夫。しかしどこか頼りなく、新人という感じが抜けきっていない男だ。これから私の部下になるのに、そんな頼りない感じでは困る。




『それで、どちら様でしょう?』


『は、はい。私はオセロと申します。誠心誠意リブラ副団長殿にお仕えする所存でございます』


『そうですか、ならさっそくあなたに仕事を与えます』




 そうして彼には私の事務作業を手伝わせた。彼は事務作業が苦手らしくいつも資料とにらみ合っていた。かえって私の負担が増えた気がするが、これも仕事なのだと文句を言わず自分の仕事に集中した。


 このところ戦場へは直接足を運んでいない。というより、この立場上どうしても上から部下へ指令を出す役割になってしまうのだ。




『リブラ副団長、クライン団長がお呼びです』


『わかりました、すぐに向かいます』




 そして彼が私のそば付きとなってから半年後、彼はメキメキ兵団の中で成長していた。もともと戦闘系の異能力を有していたことあり、兵団内での実力も軒並み高い。それに加え私が実践形式で戦略指導や演習のようなことを行ったので着実に知識を定着させ成長を見せていた。彼を分隊長に任命するか、団長とも何度か話し合いを重ねるほどに彼は期待されていた。


 そしてある日の夕方。




『ぐあっ・・・』




 彼のおかげで仕事が早く片付くようになった私は持て余した時間を彼の訓練に充てていた。


 オセロの異能力は自身や周囲にある影を操るもので、私も事前に知らなければ避けようがない攻撃が多数あった。だが、まだ人と戦うことに慣れていないオセロは簡単にあしらえる。




『も、もう一度お願いします』


『いえ、今日はこれくらいにしましょう』




 ここのところ彼は伸び悩んでいた。私から見れば十分に力をつけているのに、彼は自分で壁を創り出しそれを乗り越えようとしているように見えた。




『なぜそこまで頑張るのですか?』




 私は気まぐれに、オセロにそう聞いてみた。




『・・・私は戦争によって両親を亡くした孤児なんです。もちろん今まで死ぬような思いを何度もしましたし、今生きているのも運がいいんだと思っています。そんな中自分は力を得ました。ならその力を、自分のような悲劇が生まれないように、二度と繰り返さないように、誰かを守るために使いたいんです。でも、今の私には何もかもが不足している。だから、私はあなたのよ・・・』




 そこまで言ってオセロは口をつぐんだ。彼を見てみると、悔しそうに下を向いて険しい顔をしていたのが見えた。




 だから私は、彼を一人前の異能力者にすると秘かに誓った。彼に自信をつけて、その夢を叶えさせてあげよう。




 そしてその数日後、オセロが失踪した。






   ※






 彼と再会したのは、戦場のど真ん中だった。彼は帝国側の戦力として戦争に参加しており、過激派グループのリーダーとして凶悪な部下たちをとりまとめていた。


 その名も鮮血の影。三人の凶悪な異能力者を中心に構成された、超武闘派の異能力集団だ。


 私もその掃討作戦に参加することになった時、彼が敵になったのを初めて知った。




『なぜです・・・・なぜです、オセロォ!!!』




 私は叫ぶように、吐き出すようにそう言った。彼が生み出す影の剣と、私の腕を変身させた銀色の刃が交差して、大きな火花を生み出した。




『やはり、副長殿は何もわかっていない』




 再会した彼は口調も雰囲気もまるで別人だった。その異能力でかつて守ろうとした同胞たちを手にかけ、ただただ無表情で殺しという行為をする殺人鬼になり果てていた。




『吾輩も無知だった。副長が、今や憎い。憎くて仕方がない』


『っ・・・』




 かつての面影を感じさせない彼は、今の仲間たちに指示を出して次々王国の兵団たちを屠っていく。その中には私の同期だった者も混ざっており、多くの人たちが私の部下だった人間によって殺されていった。


 悲鳴が、絶叫が、辺りに木霊して耳から離れない。私は夢中で彼に攻撃を仕掛け続けた。










 気づいたときには、私は彼の腹を貫いていた。


 オセロの口からは血が流れ、戦闘続行が不可能なのは明白だった。それでも抗おうとする彼を、私は徹底的に叩きのめした。


結果的に作戦は遂行できたものの、仲間たちもたくさん死んで想定以上の被害と悲劇が生み出されてしまった。私も、無事とはとても言いがたかった。




 私は彼を殺さず王国の牢へとつないだ。すでに虫の息で生かす理由もそれほどないが、有益な情報を聞き出せるかもしれないと思ってのことだった。につないで、彼を無力化したうえで回復を待った。




 何より私は聞きたかった。


 どうして私の下から何も言わず去ったのか。なぜかつての同胞たちを手にかけたのか。




(私の指導が間違っていた?・・・)




 悪い想像は日を追うごとに膨らむばかりで、気づけば私は部屋に引きこもりがちになっていた。


 オセロが喋れるくらいまで拘留する予定だったが、このタイミングで例の事件が起きる。




『オセロが・・・鮮血の影が消えた!?』




 王宮内はその話題で持ちきりだった。何でも牢屋の中に次元の切れ目のようなものが開いていたらしく、オセロたちの組織『鮮血の影』はそこから逃げたのではとのことだった。




『また、私の下から去るのですね・・・』




 王は私たち異能兵団に事の調査を依頼された。だが調べてもそれ以上の痕跡は発見できず、調べるには私たちも次元のはざまに入るしかないとのことだった。




 私は進んでそれに志願した。というより、私のほかに志願する者はいなかった。


 鮮血の影がいなくなるならそれに越したことはない。仮に生きていたとしてもこの世界で被害を生み出さないならどうぞご勝手にという意見が王宮に飛び交った。




 王は真っ向からそれを否定するが、貴族たちの意見も割れている。




 そんな中、王と団長が私に言った。




『リブラ、あなたに鮮血の影のことを任せます。どうか、悲劇が生まれるのを防いでください』


『お前さんは、お前さんのやりたいことをすればいいさ。その間の兵団は、俺に任せな』




 その言葉に後押しされ、私は彼らに後れ異世界へと旅立ったのだ。






   ※






 どうやらこの世界の名前は「地球」というものらしい。そしてこの国の名前は荒神町と呼ばれる場所らしく、見たことのない建築様式が並んだ不思議な文明が織りなされていた。


私は鳥の姿になって夜の街を飛んでいく。そう簡単に彼らは見つからないと思った矢先、案外簡単にオセロを発見することに成功する。




 オセロは空き地で誰かと戦っていた。


 白い被り物をした女の子で、氷や炎を操っている。オセロは必死に抵抗しており、私に気づけるほどの余裕がないように見えた。怒鳴り散らすように女が攻撃をしているせいで、周りも着実に被害が出始めているところだった。




(まさか、この世界にも異能力者が!?)




オセロと渡り合えるほどの異能力者など、私たちの世界にもそうはいない。しかし彼女はとてつもない威力を誇る異能力と、圧倒的な格闘術でオセロを追い詰めていた。彼女が創り出した氷はオセロの頬を切り裂き、周りにまき散らすように放たれた火が広がる。近くにあった小屋はすでに火の手にさらされ屋根が焼け落ちていた。


 だがその勝負は唐突に中断される。誰かがその現場に居合わせたからだ。




(っ! 助けなければ!)




 二人の応戦に夢中になって、私はその周囲を確認するのが疎かになっていた。


 彼が襲われるならそれは私のせいだ。私が彼を追い詰めこの世界に追いやってしまった。それならば私が間接的にあの少年のことを殺したようなものだ。




 しかし時すでに遅く、少女が少年に気づいてしまい、それに反応したオセロの影が少年の胸を貫いていた。




『オセロォォォォ!!』




 私は上空で彼に向かって叫んだ。すると彼は私の姿を見て驚いたのか、一瞬困惑するも私のことを迎撃した。近くにいた少女はぎょっとした顔をしたが、そのまま顔をしかめてどこかへ消えてしまった。




『まさか、副長殿もこの世界に・・・』




 そんなことをつぶやく彼の姿は、すでにボロボロだった。しかし私はそんなことに構わず必死に彼に攻撃を仕掛けた。


 数分ほどの攻防の後、私が先に果ててしまった。異能力の乱用だ。まさかここまでオセロがしぶとくなってるなど思ってもいなかった。


 そんな私の姿に失望したのか、彼も気づけばどこかへと逃げていた。私の目の前に残ったのは、どうしようもない虚無感と死にゆく少年の体だった。




 正直彼らの行方が気になるが、それでも彼のことをほっとけない。




『大丈夫ですか!?』




 私は叫ぶように縋るように彼に叫んだ。すると不思議な現象が起きていることに気づく。




『傷が・・・塞がっていく?』




 詳しいことは不明だが彼は治癒能力を有しているようだった。だから私は彼を一目のつかない森の中へと運んだ。


 その際異能力の制約をいくつか破ってしまったため、自身の中から何かが減っていく感覚に襲われた。だがそれは幻覚などではなく、私の体はかつてスラムで暮らしていたくらいにまで縮んでいた。きっと異能力の代償だろう。




 そして私は彼が目覚めるのを待ちながら一人で思う。




『私が・・・何かを間違えてしまったのでしょうか』




 月を見上げながら私は一人で呟いた。いったい何をどこで間違えたのか全く見当がつかない。ただ、私の胸には後悔の波が押し寄せていた。




『私が、この世界を何とかしなければ』




 別に償いというつもりはない。ただ、私は自身が何を間違えたのかを知りたいだけだ。




『ううっ・・・』




 そんな時、彼のうめき声が聞こえた。どうやら意識を取り戻したらしい。




(よかった)




 私は胸をなでおろしその事実に安心する。とにかく今は、明日のことだけ考えよう。


 そう自分を誤魔化しながら、私は少年の方へと向かうのだった。


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