第12話 異能力者たち

「え・・・」




 そう呟いたのは俺だったのか、それとも俺たちを見下ろしているスナイパーだったのかはわからない。


 何せ俺たち二人は目の前で起きた現象を整理しきれていなかったのだ。


 おそらく奴は先ほどから衝撃波のようなもので攻撃をしていたのだろう。だが、それが遊香先輩によって止められ、そのまま大きな音を立てながら衝撃波が爆発した。




 その光景を俺たちはしばらく静かに見ていた。だがすぐにスナイパーはハッとして




「っ!・・・『空撃ショット!』」




 スナイパーは我に返ると同時に異能力を再発動し再び攻撃を開始した。ただし、俺ではなく遊香先輩に向けてだ。




停滞セーブ




 だが遊香先輩がそう呟くと俺たちめがけて飛んでくる衝撃波が停止する。そしてそのまま力をなくし空中で破裂するのだ。


 その光景を見たスナイパーは笑う。




「もしかして、棚から牡丹餅ってやつっスか? まさかこんなところで異能力者を見つけられるなんて。いい偶然もあったもんっスよ」


「えっと、ちょっと何言ってるのかわかんないけど」




 そう言いながら遊香先輩はスナイパーを見据え




「大事な後輩をこれ以上傷つけさせたくないからね。珍しく僕も見栄を張らせてもらうよ」




 そしてそこからは異能力の打ち合いとなった。




 スナイパーは何度も攻撃を放ち、遊香先輩が何度も攻撃を止める。




 一つわかったのは、スナイパーの攻撃は衝撃波を指から放つことができるというものだろう。そして先ほどは空気を凝縮させて、空気爆弾のようなものを俺たちに放ったのだ。


 大気に干渉して衝撃波を放つ力、それがスナイパーの異能力だ。




 だがそれも先輩が異能力を発動させた瞬間に止められ、かき消されてしまう。一度放った衝撃波を止められてしまうと、その衝撃波は霧散してしまうようだ。


 まるで物理法則が無効化されているように見えた。




「ふーん」




 俺がそんなことを考えていると、スナイパーは少しずつ落ち着きを取り戻し、一度攻撃するのをやめた。




「君の異能力、その本質はよくわからないっスけど、一つだけわかったことはあるっス」


「ハァ、ハァ・・・なにかな?」




 経験の差だろうか、遊香先輩の息はすでに上がっており額から汗がにじみ出ているのが見えた。


 対するスナイパーには一切の疲れが見えず、冷静に分析を終了させた様子だ。


 そしてそんなスナイパーは口の橋を吊り上げながら遊香先輩に告げる。




「君、攻撃の手段が無いんスね」


「・・・・・」




 図星を突かれたのか遊香先輩の目が細まるのが見えた。確かに、遊香先輩は先ほどから攻撃を防いでばかりで、常に受けの姿勢に回っていた。俺もまさかとは思ったがそういうことらしい。




「それに加えて異能力を使い慣れていない感じっスね。同じ異能力者だからこそわかるっスよ」




 それは俺も思っていたことだ。力の使い方は知っているが数をこなしたことはない。遊香先輩はまさにそれの体現だろう。




「結局君たちは詰んでるんっスよ。特にそこの男の子、勝てるかわからないのに突っ込んでくるなんて、馬鹿としか言いようがないっスね」




 やつが言うことも確かだが、ここであの厄介な異能力者を逃してしまうことのほうが厄介だろう。だからこそ俺が動かねばと思ってきたのだが、いい選択ではなかったようだ。




「といっても、どうあれ自分は君のことを逃がさなかったと思うんで、結局何が正解なのかはわからないっスけどね」




 そう言いながらスナイパーは電柱から降りて俺たちのほうへと近づいてくる。


 頭上の有利を捨てたのかと思い俺は驚く。


 そんな俺の顔を見たスナイパーはむっとして俺を見つめる。




「勘違いしないでほしいんスけど、自分がいつアウトレンジだけが取り柄の男って言いました?」


「!?」




 そこにきて俺は過去にリブラが言っていたことを思い出す。




『異能力は応用が利くのですよ』




 つまり本人の発想次第でアイデアは無限大、可能性も無限大だ。


 そして例にもれずこのスナイパーも近距離戦の手段を持っているのだろう。


 現に俺だって、異能力でいろいろなことができているのだ。




「・・・くっ」




 俺は立ち上がってやつを迎え撃とうとするが、さすがにダメージを受けすぎたのかうまく異能力を発動できない。どうやら俺は長期戦には向いていないらしい。


 そして先輩も息を切らしながら迎え撃とうとしてくれている。先輩には無理をしてほしくはないが、俺が動けそうにないので頼らざるを得ない。




 スナイパーは俺たちに指ではなく手をかざす。そして手に力を込め始めた。




「もしかしたら自分の異能力が指からしか放てないと思っているのかもしれないっスけど、別に体のどこからだって衝撃波を放てるんスよ」




 そしてスナイパーは俺たちに向かって




空撃ショット




 手のひらから見えない衝撃波を放った。




「う、ご、けぇぇぇぇ!!」




 俺は異能力を使わないで遊香先輩のもとまで千鳥足で駆け寄る。




「レンレン!?」




 遊香先輩が俺のほうを見て驚いていた。それほど今の俺はボロボロで、まともに動けるとは思っていなかったようだ。




『イン、ストール!!』




 治癒に注がれていた力を身体強化へと回し俺は遊香先輩を抱きかかえその場を離脱する。


 幸いなことに遊香先輩は羽のように軽く、スナイパーもさすがに予想外だったのか追撃をしてくることはなかった。




「へぇ、まだ動けたんスね」




 スナイパーは感心した様子で俺のことを見ていた。だが




「ゴフッ」




 遊香先輩を下した俺は静かに吐血した。


 治りかけの体に無理に身体強化をしてしまったため、体の節々が軋みを上げて限界を告げてきたのだ。




「レンレンっ、しっかりして!」




 遊香先輩もあわてて俺の背中をさすってくれる。だが俺はもう動けないだろう。


 今は無意識に治癒能力が働いているだろうが、次にインストールやバーストを使ってしまうと俺は間違いなく死んでしまう。




「なかなかに男気を見せてもらったっスよ。正直今のは予想外っス」




 俺は今の衝撃波が放たれた方向へ目を向ける。するとそこには拳大ほどの穴が開いていた。


 ふと俺は過去の会話を思い出す。




『まるで大砲を乱発したかのように木には穴が開き、地面が抉れていたのです』




 これはいつの会話だっただろうか。いつも修行していた森が変わり果てていたのをリブラが教えてくれた。森は今も規制線が張られ入ることができない。


 あれはもしかしてこの男の仕業ではないのだろうか。何があったのかはわからないが、この男ならそれくらいできてしまうだろう。




 だが今そんなことを考えても意味がない。なにせ俺の脳裏に絶体絶命という文字が強く浮かび上がっているのだから。




「とりあえず自分は君たちを連れて帰るんスけど。生きてても死んでてもいいらしいんで、今更ですけど自分はどっちでもいいっスよ」




 降伏か死。その選択肢を今更ながらスナイパーは与えてくる。だが一つわかるのは、こんな男に、ガイアなんかに降伏してもいい未来は絶対に来ないことだ。




 こんな住宅街で異能力を乱発するようなやつらがまともなわけない。




 そこで俺はふと違和感に気づく。


 先ほどからスナイパーは大きな音を出して俺たちのことを攻撃していた。普通ならこの近くに住の人たちに気づいてもらえるであろうほどの大きな音。だが依然町は静かなままだ。




「ど・・・して」


「うん?」


「周りが・・・静かなんだ?」




 俺がそう尋ねるとスナイパーはああ、とつぶやきながら俺に教えてくれる。




「それは自分が周りに空気の壁を張っているんスよ。君のお仲間ちゃんみたいな障壁みたいにはならないっスけど、音をかき消すくらいならできるんスよ」




「なっ!?」




 どうやら目には見えない壁があるらしい。遊香先輩も驚いているらしく、あたりをきょろきょろ見渡すが何も見つけられない。空気なので見えないのだろう。




 このやり取りで分かったことが二つある。




 まずこのスナイパー、否、ガイアは異能力を恐ろしいほどに使いこなせていることだ。


 スナイパーは今まで周りに空気の壁を張りながら戦っていた。つまり俺たちは最初から手加減されていたも同義。俺はおろか異能力という不可思議に慣れ親しんでいるであろう異世界人すらも強者として認識するのではないか。俺はレインと戦った時とは別種の恐怖を覚えた。




 そしてさらに、どうやら俺たちは仲間などがもう割れているらしい。こいつらは葉島のことを認識している。つまり葉島が異能力者であるということを知っているのだ。もはや取り返しがつかないところまで来ているのだろう。




 俺たちは、ガイアの脅威を正しく認識できていなかった。




「で、どうするっスか。自分はどっちでもいいっスよ」




 そう言ってスナイパーは俺たちに降伏を促してくる。隣の遊香先輩も限界を悟ったのか震えて目を伏せてしまっている。




 だが




「遊香、先輩だけでも、逃げて、ください」




 俺は遊香先輩だけでも逃がそうと、思考を巡らせる。いったいどうすれば逃がすことができるのか。可能性が浮かんでは、泡のように消えていく。


 というより、もはや不可能に近かった。




「何を言っているのレンレン、僕に君を見捨てろと?」




 遊香先輩は怒ったかのように俺のことを見ていた。




「僕は・・・はもう、目の前で誰かに犠牲になってほしくないの!」




 そういった先輩は俺の前に立って庇おうとしてくれる。だがその足は震えており、虚勢だというのがまるわかりだった。




「じゃ、二人ともサヨナラっス」




 そう言ったスナイパーは俺たちに指を向けて




空撃ショット




 見えない衝撃波を放った。




 もう終わり




 遊香先輩は諦めたのか目をつぶっていた。そして俺はそんな先輩を見ることしかできず




「先輩!!」




 遊香先輩は体を貫かれて・・・




創造クリエイト




 その瞬間、凛とした声が戦場に反響した。


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