第21話 強者

『レインの異能力。それは圧倒的な身体強化です』




 いつだっただろうか。俺がリブラに異能力のことを教わっていたころ、こちらの世界にやってきた異世界人の情報を聞いていたのだ。




『ある意味、あなたの異能力に近いかもしれません。しかし、奴は加減を知らない分厄介な敵になるでしょう』


『加減?』




 ただの身体強化なら決して脅威にはならないだろう。俺も似たようなことができるし、今は葉島だっている。アズール戦のように力を合わせれば勝てないことはないと思っていた。




『奴はその性格ゆえに異能力を使うことをためらいません。以前はあの異能力を町のど真ん中で使われて、王都のあちこちが壊滅状態になりました。しかも、奴は仲間に危険が及ぼうとお構いなしに異能力を使うので、レインと戦うときは周りにいっそう注意しなければならないんです』




 町のど真ん中で異能力を使う。


 それが異世界だったから被害は最小限に済んだかもしれないが、平和に溺れたこの町で同じことをされたら、おそらく多くの死人が出るだろう。


 なにより、仲間のことをどうにも思っていないような奴で、リブラいわくただの戦闘狂らしい。




『もう一人、オセロがいますが彼は例外でしょう。とりあえず彼のことはまたの機会に』




 オセロ


 それは俺にとっても因縁深い相手。何せ一度心臓を貫かれた相手だからだ。


 しかしリブラはそいつのことを今は気に掛けなくてもいいという。




『あとこれは言うまでもないですが、レンではおそらくレインに勝てないでしょう。異能力の性質が酷似しているからです。だから後は技量と経験の差。その点では奴の方が上手です。ですから、決して一人で奴に挑むような無茶は避けてください。あなたが逃げに徹せば、逃げ切れる可能性は高いので』




 だから俺はリブラの忠告を受け止め、もっと役に立てるようアズールと戦う前から異能力を研ぎ澄ますように訓練していた。着実に力が付き始め、俺は少しずつ強くなっていくのを実感した。




 もしかして今なら、その首元まで牙が届くのではないか・・・




 俺は何となくそう思い始めていた。






  ※






「ぐあっ!?」




 俺は固い神社の砂利の上を転がっていた。


 もうこれで何度目になるかわからない。俺はレインに完全に遊ばれ始めていた。




「そろそろいい加減に気づいたかなぁ、その程度じゃ僕には勝てないよ」




 俺は何とか立ち上がり、口の中に入った小さな砂利を吐き出してもう一度奴に挑もうと向き直る。


 レインは相変わらずにこにこと笑っており、俺のことを脅威とすら思っていなかった。




 だがそれは紛れもない事実で、俺のとレインの間には埋めきれない大きな差が存在していた。


 こうなってしまった以上、璃子と一緒に逃げ切ることは不可能に近いだろう。




「俺がやらなきゃ、誰がお前を止める!」




 俺はそう言って啖呵を切るがあまりにも安い挑発だ。


 レインは俺の言葉を風のように聞き流し、その意味を無にしていた。




 璃子は遠くからこちらを見て、歯を食いしばるように涙を浮かべていた。


 先ほどまでの震えはやわらぎ、逃げようと思えばすぐにでも逃げられるだろう。


 しかしなぜか璃子はこの場から離れようとしなかった。




『インストール!』




 俺はもう何度目になるかわからないほどの異能力を行使していた。


 自らの肉体の性能を底上げし、上塗りし、押し上げる。




 しかしそうするたびにレインは




「フフフ・・・『強化ブースト』」




 俺と同じように異能力を発動し自らの肉体強度を上げるのだ。




「はぁ!!」




 俺はスピードを重点的に底上げし、レインを翻弄しようと試みる。


 しかし、奇襲じみたことをしてもレインは俺の攻撃を受け止め、投げ飛ばして振り出しに戻してしまう。


 俺の攻撃は何一つ届かず、完全に押し負けていた。




「そもそも、未熟者の君が僕に勝てるはずないだろう。経験が違うし、育った世界が違う。もう諦めて、僕のおもちゃに・・・」


「黙れ!」




 俺はその場にあった石を投げ、奴の眼球に命中させようとする。しかしレインは膝蹴りで俺が投げた石をいともたやすく粉砕する。




「これが僕と君の差。僕は完全に君の上位互換ってわけ。君の異能力も身体強化なんだろうけど、だったら相手が悪かったね。アハハハハハ」




 レインの言うことに、俺は何一つ反論できなかった。レインは常に俺の一歩先を行き、俺の手を正面から潰してくる。拳も、蹴りも、体術も、何もかもが俺より精度が高く、威力が格上だった。




 俺は戦いが始まってから、レインに有効な一撃を食らわせることができずにいた。


 それどころか、まともに攻撃すらできていない。




(このままじゃ・・・負ける)




 俺の脳内には敗北という二文字が圧倒的なほど大きく浮かび上がってきていた。


 しかしそれだけは避けなければいけない。何せ今の俺には守らなければいけない幼馴染がすぐそばにいるのだ。




「今夜は月がきれいだし、とことん踊ろうか」




 大きな月を背景にレインが初めて自ら動きを見せる。


 今までは俺の攻撃を受け止めて続けてきたレインだったが、とうとう攻撃に移るらしい。




『イン、ストール』




 俺は自分の肉体を極限まで強化する。そうしなければ、次の一撃で紙のように潰されてしまうだろう。


 しかし、異能力の使い過ぎで明らかに精度が落ちていた。膝も震え、もう戦いたくないと絶望に心が染まっていく。




 しかし後ろを見ると守らなければいけない少女の姿が見える。




(やられるわけには、いかない!)




 俺はボロボロになった体を起き上がらせレインを迎え撃つ。






  ※






璃子視点




「いったい何が起きているの・・・?」




 あたしの目の前で、信じられないような光景が繰り広げられていた。


 あたしの幼馴染で、ある意味家族より大事な男の子。


 そいつが化け物のような男と渡り合っていた。




「え、今消え・・・」




 蓮が消えたかと思った瞬間、大きな衝撃波がアタシの元まで届く。


 よくみると蓮が一瞬であの男の前まで移動し、その顔面に拳を当てようと腕を伸ばしていた。しかしそれと同じように拳が振り下ろされ、拳と拳がぶつかり合う。


 そして蓮は大きく体をのけぞらせ、後ろへ飛ばされてしまうのだ。




 それは渡り合うというものではなく、一方的な蹂躙と言っても差し支えなかった。それほどまでに、幼馴染と男の間では大きな力の差が存在していた。


 それを素人目でも判断できてしまうほど、状況は最悪の一途をたどっていた。




「蓮・・・」




 いつも隣にいた唯一の男の子。


 蓮はあたしのために戦ってくれていた。




(もとはと言えばあたしのせいなのに)




 あたしがあんな手紙を真に受けず蓮に相談できていたらこんなことにはならなかったかもしれない。




(やっぱり、あたしは選択を間違えることしかできないの!?)




 あの時だってそうだった。蓮が本当に苦しんでいた時、あたしは力になれなかった。


 そして今も、見ていることしかできない自分が歯がゆくて仕方がない。




 やっぱりあたしは・・・




『お前は諦めるのか?』




 いつだっただろうか。蓮がアタシにそんな事を言ったのは。




(あたしは、あの時なんて答えたっけ?)




 そんなに前のことではないはずなのによく思い出せない。


 しかし、自分ならこう言うはずだ。




「諦められるわけが、ない!」




 手遅れになるかは自分次第。あたしが蓮を助けなければとすぐに周りを確認する。




(なにか・・・なにかあたしにできること)




 もうあの時みたいに、蚊帳の外で見てるだけは嫌なんだ!!

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