第85話

 追撃を警戒したスカイハンターは逃げるように距離を取る。しかし剣と爪による攻撃の筈が、身体に傷を付けるまでには至っていない様子だった。


「かってーな」


 地面に着地したナツメは衝撃で手が痺れたのか、猫の手をぶんぶんと振った。


 ようやく解放され、へたり込むように尻餅を着く想次郎。


「おうメガネ、さっきは助かったぜ」


「いや、それほどでも……」


 想次郎はシナリスの手を借り立ち上がると、傾いた眼鏡を直した。


「魔法、まだ撃てるか?」


「え? まあ、たぶん……」


 ゲームと違い魔力残量を数値で確認できるわけではないので、あくまでも感覚で応える想次郎。


「なら俺と猫娘が前に出るからメガネは魔法で後方支援してくれ!」


「頼んだぞ! 想次郎!」


「え? えぇ! ちょっと!?」


 想次郎が了承する前に、二人はスカイハンター目掛け駆け出してしまう。


「メガネって……、ミセリといい、もう名前を覚える気、なさそうだな……。ってかあの二人仲悪いわりにはさっきから息ピッタリだし……」


 エルミナと共に後方に残された想次郎は〝不屈の指輪〟を取り出し、確認するように手のひらで転がす。


「やっぱり使うべきか……」


 しかし僅かばかりの逡巡の後、想次郎は首を振った。


「いや、まだ使えない」


 そう決心して指輪を握りしめる。想次郎にはまだその指輪の使用に対して抵抗があった。加えて出だしから使って肝心なところで急に効力が切れた場合、すぐさま冷静に動ける自信が想次郎にはなかった。使わないで済むならそれが一番だ。


「それに……」


 想次郎は感じていた。圧倒的な恐怖心の中で、それでも身体を動かせるだけの何らかの力が自身に湧いていることを。


 先程だってそうだ。咄嗟に盾の魔法を唱えることができたのもその〝何か〟のお陰だ。以前まではそうはいかなかった。ひとたび恐怖に支配されてしまえば、全身が石のように固まり、満足に動くことさえ叶わなくなっていた。


 共に戦う味方の存在。それが想次郎の中で心を強くする糧となっている。それを自覚した想次郎は、密かに微笑んだ。恐怖心はなおも根強く、執拗なまでに想次郎に絡み付いている。しかし、それでも今の想次郎はそこまで悪い気分ではなかった。


「おらぁ!」


「こっちだクソトカゲ!」


 シナリスとナツメはスカイハンターの攻撃を躱しながら的確に攻撃を加えていく。どれも決定打には欠けているものの着実にダメージは与えているようで、時折スカイハンターは苦しそうな呻き声を発していた。


 巨体の周りを素早く回りながらしつこく張り付く二人に業を煮やしたのか、スカイハンターはその場で回転すると、長い尾を振り回し、二人纏めて吹き飛ばした。


「がはぁっ!」


「うわぁっ!」


 二人は辛うじてガードしたものの、衝撃を殺せずそのまま左右に飛ばされ、岩に背を打ち付ける。


「ナツメ! シナリス!」


 ようやく二人の攻撃から解放されたスカイハンターはその場で翼をはためかせ、宙へ浮き上がる。そしてゆっくりと旋回すると、四足を縮めて空気抵抗を極力防いだ体勢を取り、そのまま未だ動けずにいるナツメ目掛け、追撃の突進を繰り出す。


「フィル・フラン!」


 想次郎は迷わず魔法を放つ。


 〝全体化〟を付与された炎魔法は大きな火の玉を形成し、スカイハンター目掛けて飛ぶと、目標の手前ではじけ、無数の小さな火の玉に分かれ拡散した。


 まるで花火のように次々に空中で爆散する火の玉の数々。その中の一つが翼に当たり、バランスを崩したスカイハンターは空中で身を捩らせ、体勢を立て直そうともがく。


 その隙にシナリスがナツメ腕を肩に抱え、スカイハンターの攻撃範囲から離脱しようと駆け出した。


「おい猫娘! 気ぃ失ってるなら胸揉むぞ!」


 シナリスはスカイハンターから距離を取りながら抱えるナツメの頬を乱暴に叩いた。


「あぅ……うぅ……お前殺す……」


 どうやら辛うじて意識はあるようだった。


 次いで想次郎は右手をピストルのように構え、人差し指の照準をスカイハンターに合わせる。スカイハンターを体勢の整っていない二人に近付けさせるわけにはいかなかった。


「ディス・エクレイル!」


 瞬間、想次郎の指先から雷光が迸った。


 炎がさして効いていないと踏んだ想次郎は、弱点である筈の雷魔法を放つ。ついでに倍の魔力を消費する代わりに威力も倍になる〝魔法倍化〟の付与をしている。


 しかしスカイハンターは魔法を放つ前に攻撃の予感を察して、上空へ向かって大きく飛翔していた。


 日に照らされてなお眩い閃光を放ちながら飛んで行った雷撃は、スカイハンターに届くあと一歩のところで勢いを失い、消えてしまった。


 その後も想次郎は雷の魔法を放つが、遥か上空のスカイハンターには届かない。


 夢中で魔法を放っていた想次郎は自身の身体の変化に気付き、攻撃を止める。


「はぁっはぁっ……」


 次第に乱れる呼吸。確かに感じるのは、力の源が枯渇していく喪失感と、入れ替わるように蓄積する倦怠感。


(そうか、今までまともに魔法を使った長期戦をしたことがなかったから……)


 想次郎は魔力を消費するという感覚を、この世界に訪れてから始めて実感していた。


「おいメガネ。悪かったな」


 上空のスカイハンターへの警戒を解かないまま呼吸を整える想次郎。その横に並ぶようにして立ちながら徐にシナリスが声を掛ける。


「どうしたの? いきなり」


「お前の連れにケガさせちまってよ。あん時は俺も虫の居所が悪かったんだ」


 シナリスは以前エルミナにしたことを謝罪しているようだった。


「この状況でそれ言うのは死亡フラグのような……」


「あ? なんか言ったか?」


「いや、何でもない。でも……僕は別にいいので、エルミナさんにはあとでちゃんと謝って欲しいです」


「ああ、わかってる……」


 シナリスは自嘲気味な笑みを浮かべながら了承した。その様子は彼の性格を考えるとかなり新鮮なものだったが、すぐに面を上げて剣の切っ先を上空へ向ける。


「さあ! あんな魔物さっさと片付けて一杯飲みに行くぞ!」


 そのセリフを聞いて、想次郎はあからさまに嘆息した。


(この世界がゲームの世界かどうかは未だわからないけど、どうかお決まりの物語ストーリー展開がプログラムされていませんように…………)


 説明しても理解が得られないばかりか、また変人扱いされかねないと諦め、想次郎は心の中で存在するかもわからないこの世界の神へこっそり祈っておいた。






------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【特殊スキル】

風属性C3:突風ガスト

強大な魔物が生じさせる一陣の風は自然発生的なものとは異なり、風それ自体が強い魔力を帯びる。加減次第では広範囲にわたり大気の状態を変容させ、天候そのものを変えてしまうという。

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