第117話:嘘つき

 ミラベルは夢を見ていた。

 酷く疲れていたのを覚えている。

 緊急に行われた[次元融合]は、転移先が未知数であり、最悪の場合の異形の怪物たちのど真ん中に転移するというケースだって有りえてしまうのだ。

 だから、場所の判別はつかなくともとりあえず目視で敵対勢力が確認できない[幽世]へと転移できたのは、不幸中の幸いと言えよう。

 厳戒態勢を維持したまま、皆は精神的に疲弊し、それでも女王が健在であるという支えを気力に変えて今ここにいるのだろう。

 どうすべきなのかわからない。

 何をすれば良いのか――。


 考えるべきことはたくさんあった。

 孤児院の皆は、どうなったのだろうか。

 恐らく、ジョット・スプリガンは裏切り者か、悪魔の仲間のようにして扱われているだろう。

 では、その悪魔に育てられた子供たちは――。


 隊のみんなは、無事だろうか。

 カルベローナと十三番隊が[支配]から逃れることができたのは、偶然に過ぎない。

 それ以外の、仲良くなった友人は、ミラベルをどう感じるのだろうか。


 いつも食べ物をくれる三番隊のルーナ・チェルンは、本当はいつも不安を感じていることを知っている。

 戦後になって、ビアレスに取り入った卑怯者の家系だと、陰口を叩かれている。

 その癖して、広大な土地を持ち、農業、酪農を牛耳っているのだ。

 だから、自分に自信が無いルーナは、見捨てられないために友人に食べ物をくれる。

 だけど、ミラベルはルーナと友達になることができたのだ。


 [支配]を受けてしまったカルベローナの従者、エミリー・ジロットやロロナ・コルトーネも敵に回るのだろう。


 九番隊のリオン・ジェントールと最初に出会ったのは、[鍛冶ギルド]の工房だった。

 ミラベルと大して年が変わらない少女なのにも関わらず、その煤で汚れた横顔と豆のできた手に敬意を持った。

 後になってから、貴族の末っ子だと聞き、[ハイドラ戦隊]でその顔を見つけた時には驚かされた。


 他にも、四番隊のアミル・ベル、十一番隊のガジュマル・ガンライコウ。

 友人が友人のまま、敵になるのだ。

 それも、その友人が裏切り者と罵ってくる。

 友人や家族を守るために、剣を向けてくる。

 きっと、[魔術師ギルド]のみんなも。

 ――先生も。


 冒険者部隊も、[支配の言葉]は直撃だったはずだ。

 [オルトロス]の人たちとは、親しいのだ。

 ――トランは、国に妻と子を残してきている。

 たくさんのことを、考えなければ――。


 それでも、疲労は体を蝕み、[司祭]となり不死身となったミラベルでも、猛烈な睡魔には勝てないのだ。

 だから、めっきり元気を失ってしまった親友のカルベローナと一緒に、言いようの無い不安を紛らわすようにしてぎゅっと手を握り、眠りについたのだ。


 ――最近、良く見る夢がある。

 不思議な鳥がやってきて、ミラベルはその鳥と他愛もないお話をするのだ。

 今のこと、家族のこと、友達のこと。

 奇妙な安心感を与えてくれるその鳥の夢は、ミラベルだけのものだ。

 ほら、今日だってその鳥が――。

 ふと、巨大なドラゴンが深々とため息をついた。


「奪われる、というのはこういうことか」


「御老体よりも、こちらのほうが強いということか?」


「だが、あの場にこの娘はいなかった。何故だ?」


 ミラベルは、思わず絶叫した。


「誰だテメェら??!!」


 はっと見ると、そこは[グラン・ドリオ]にて充てがわれた自分の寝室だった。

 隣で寝ていたカルベローナが迷惑そうに目をこすり、


「うるっさぁ……」


 とけだるげに言う。

 ミラベルは困惑したままベッドの上でキョロキョロ周りを見渡し、


「は? はぁ!?」


 と絶句した。


 ※


 目覚めてから、リディルはカルベローナから状況を聞かされ、絶句した。

 あれから、リディルは二週間も昏睡状態だったのだ。

 状態は酷く、[リドルの鎧]とリディルの皮膚が一体化してしまい、無理やり脱がすこともできずただただ旗艦[グラン・ドリオ]の生命維持装置につなげることが精一杯だった。

 だが、少しずつ[リドルの鎧]が、まるでリディル自身に吸収されるような形で収縮していくと――。

 リディルは己の左手の甲に視界をやる。

 そこには、メリアドールやミラベルが持つ[刻印]と同じものが刻まれていた。

 カルベローナが不安げな様子で言う。


「フランギース女王も、原因はわからないみたいなの……」


「ふうん」


 とリディルはそっけなく返す。

 半分は嘘で、半分は本当なのだろう。

 それがリディルの感覚である。

 だが決して悪意から出たものでは無いだろう、というのも感覚であるから、リディルはベッドからすっくと立ち上がり、カルベローナを見た。


「女王さんは?」


「展望室、だけど……会うの?」


「うん、聞きたいことと、言いたいことあるから」


「む、無茶よ……! みんな不安で、忙しくて――」


「カルちゃん」


 何かを言いかけたカルベローナを見、リディルは言った。


「メリーちゃんがね、あたしに助けてって言ったの」


 カルベローナは押し黙る。


「あたしは、あたしを助けてくれた人のためなら、なんだってできる。全部捨てて逃げようって、メリーちゃんが言ってくれたから、あたしはここにいるの。だから――」


 リディルはカルベローナをまっすぐに見据える。

 彼女がリディルのことで罪悪感を抱えているのは、知っている。

 だが、それは勝手な理屈なのだ。

 傲慢な思い上がりなのだ。

 自分が傷つけたのだから、自分が救わなければならない。自分しか救えないという、間違ったものの見方でしかない。

 リディルはもう、メリアドールに、メスタによってとうに救われているのだ。

 だから――。


「あたしは、止まっているつもりは無いよ。――ごめんね、カルちゃん」


 一度だけ、一日だけ年上の友人の頬を優しくなでてやると、カルベローナは泣きそうな顔になってうつむいた。

 彼女が震える声で言う。


「わ、わたくしは……貴女を、一番、傷つけてしまった。あんなこと言わなければ――」


 それは、善意からの行動だったはずなのだ。

 決して傷つけようとしたからでは無い。

 そんなことは、とうにわかっている。

 だが、それで思い悩んでいる彼女をそのままにしていたのも、リディルの中の小さな恨みだったのだろう。

 そしてその感情を今、利用しようとしている自分がいることに気づきつつも、リディルは言った。


「――良いよ。許したげる」


 カルベローナがはっとして顔を上げる。

 それは、半分は嘘で、半分は本当の言葉だった。

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