第103話:怨念

 オーキッドの放った槍が、黒騎士に直撃すると、たまらず黒騎士は、距離を取った。

 倒れていた数名の騎士たちが、少しずつ立ち上がり、武器を構える。

 黒騎士が何かをするよりも早く、オーキッドが再び[八星]の魔力で作った鞭を一気に打ち据え、黒騎士は更に距離を取った。

 ブランダークが肩で、ぜえ、と重い息を吐き、言った。


「黒騎士なる者! 既に、貴殿はパワー負けをしている! 長引けばこちらが勝つぞ!」


 僅かな沈黙の後、黒騎士が言った。


『そうして時間を稼がなければ、負けるのはそちらと見た』


 バチン、と黒騎士の斬り飛んだ右腕が元通りになる。


『我が力は増している。雑兵ごときに――』


 黒騎士があざ笑ったその時だった。


「――ベルヴィン、か……?」


 フランギースが、探るような声でそう言った。

 黒騎士はビタリと動きを止め、やがて肩を震わし、心底不愉快そうな様子で笑い声を上げた。


 ブランダークがちらと視線で騎士たちに合図する。

 彼らはジリジリと散開し、黒騎士を取り囲むように動く。


 黒騎士は、ひとしきり笑った後、叫んだ。


『お前は女王の器では無い!!』


 女王はわずかに表情を曇らせる。

 周囲の騎士たちが包囲を完成しつつあることなどまるで気づかない様子で、黒騎士は絶叫した。


『人を好きになれない者! 自分が犠牲になればそれで良いと考える者! 果ては、それを他者に強いることを良しとする者!――人柱など無くたって、人は生きていける!』


 女王の表情が、わずかに曇る。


『夢を語るのは結構! 現実に押しつぶされることも、ある! だがそれを、誰かの犠牲で乗り越えようとするものに! 王者の資格は無い!』


 違う、ベルヴィンでは、無い。


 この人は――。


 女王は思わず、


「貴女――」


 と狼狽した。

 黒騎士が叫ぶ。


『多少の犠牲? ハッ! 多少とは何だ? 犠牲になった子にとって、それは全て! だから、[古き翼の王]は私の思いに応えた! あの黒いドラゴンは、ビアレスの犠牲にされたベルヴィンの怨念なのだろうが、もはやそれはどうでも良い! この私が! [古き翼の王]の力で人柱は全て破壊して、新しい世界を始める――!』


「やれ――!」


 ブランダークの号令と同時に動き出した騎士たちの魔法攻撃の轟音に、


「待って――」


 というフランギースの言葉はかき消される。


 黒騎士が笑った。


『〝オル・ディグラース〟――』



 ※



 先程から、同じところをぐるぐる回っているだけな気がする。

 それは小さな違和感だった。

 だがそれも、メスタがいる、彼女が手を引いてくれているという安心感がかき消し、足取りも少しばかり軽やかなものにしてしまっていた。


「見えた、もうじきだ!」


 メスタが明るい声で言った。


「う、うん!」


 メリアドールも同じようにして返す。

 扉を抜け、更に通路を進み、また扉を抜け――。

 最後の扉を潜り抜けた瞬間だった。


「あっ――」


 足元の床が急に消え、メリアドールはバランスを崩しそのまま真っ逆さまへと落ちてゆく。

 気がつけば、手を握ってくれていたメスタがいなくなっている。

 何が、と思う間もなくメリアドールはどす黒いなにかに拘束され、身動き一つできなくなる。


 クスクス、と幼子たちの笑い声が聞こえる。

 その不気味な声は、周囲のあらゆる場所から漏れ聞こえてくる。

 暗闇の中から、幼子たちが嘲笑っている。


『来たね』


『うん、来た』


『来てくれた』


『良かった』


『来てくれたね』


 その声は、遠くから、あるいは耳元からも聞こえてくる。

 暗闇の幼子は、あらゆる場所にいるのだ。

 最後に、目の前にメスタが現れ、ケタケタと笑って言った。


『馬鹿な子』


 幼子たちの姿が霧のように消えると、暗闇の彼方から血の用に赤い、遺跡のゴーレムが姿を表した。

 メリアドールが短く「ひっ」と悲鳴を上げるのと、ゴーレムに取り込まれ意識が消失するのはほぼ同時だった。



 ※



 旗艦[ロード・ミュール]の艦橋で、聞いたことの無い警報が鳴り響いた。

 その警報は悲鳴のようにけたたましく鳴り響きながら、正面のモニターを赤く点滅させている。


「な、何、この音……」


 アリスは震え、思わず声を漏らす。


 誰もが困惑する中、初老の艦長が顔面を蒼白にしながら叫んだ。


「さ、索敵―! [ゼロコード索敵]、急いで!」


 すると、副長が艦長と同じように目を見開き、指示を繰り返す。


「ゼ、[ゼロコード索敵]! 全方位に向けて、ぜ、全艦にも通達! 同時に、[魔導フィールド]出力を上げ!」


 兵士たちが慌てて復唱しながら命令を実行していく。

 同時に、空が輝くとどす黒いオーロラ光のようなものであっという間に覆い隠された。


 昔、ずっと昔、そう言えば習った気がする。

 どうせ使われることは無い、識別。

 だって、今まで……千年もの間なかったことなのだ。

 だから、今回も、使われることは無いはずだ。

 アリスは呆然と、小さくつぶやいた。


「[ゼロコード]って、何だっけ――」


 遅れて衝撃波が艦全体を襲い、艦長が叫ぶ。


「[フィールド]! 出力もっと上げ! [分離型]は密集体制でしょ!」


「[ハイドラ戦隊]の全艦に通達! 密集体制を――」


 副長が指示を飛ばす途中で、索敵士が更に声を荒げ、言った。


「後方[グラン・ドリオ]より[ゼロコード反応]! [古き翼の王]です!」

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