第101話:闇の呼び声
音が止んだ。
遺跡は、奇妙なほど静寂に包まれていた。
その様子が一層恐ろしく、メリアドールは肩を震わせる。
一人ぼっちだ。
あれから何時間も一人で彷徨っている気がする。
時間の感覚が曖昧になっている。
――追っては来ない。
ならば黒騎士は、ヴァレスに勝ったのか?
だがあの場にいた魔人はヴァレスだけでは無い。
大勢の――依代を使いこちら側の世界に受肉した魔人がいたのをこの目で見ている。
だのに、誰も追いかけてこない。
まるで、泳がされているような不気味さを感じたメリアドールは、思わず足を止め、考え込んだ。
――どうすれば良い。
昔から、彼女は自分の意思を表に出さない人間だった。
結局のところ、彼女は他人に対しての反抗しかしてこなかった人間なのだ。
抑圧された者、蔑まれた者、捨てられた者。そういう子たちを集めて、本国の常識に対して嫌だと反抗し、逃げてきただけなのだ。
それを、過剰に評価する妹にはうんざりしているし、犬のように媚びを売る他の子たちにも――。
そこまで考え、メリアドールは悪寒で口元を抑えた。
――僕は今、何を考えていた……?
得体の知れない黒い感情に、心が少しずつ飲まれていくような感覚。
その時だった。
「メリー!」
知っている声がメリアドールの名を呼んだ。
その待ち望んでいた声に、彼女は思わず目を潤ませ、
「お、遅いよ、馬鹿ぁ」
と呻いてしまった。
二対の捻じれた角をした、長身の子、メスタがぎゅっとメリアドールの手を握る。
「行こう、みんな待ってる!」
※
リディルの[貪る剣]がザカールの胴を横薙ぎにした。
だが、ザカールの傷口から吹き出したのは血ではなく砂だ。
「うっ――」
リディルは慌てて鎧のスラスターを吹かせ、無理やり後退する。
ザカールが言った。
『魔導師の真髄を見るが良い、ガラバの後継者!』
やがてザカールの体全てが砂となり、大地と一つになった。
世界が、揺れた。
大地が隆起し、木々を呑み込みながら巨大な砂の波が天高くそびえ立ち、そのまま森を飲み込んだ。
ザカールとなった大地が、竜巻に飲まれ、砂塵の嵐となる。
嵐の摩擦で稲妻が起こり、景色は砂塵の竜巻と雷鳴の嵐となって周囲全てに襲いかかった。
リディルがとっさに鎧の腹部主砲をばらまくも、荒れ狂う砂塵の竜巻は一切動じず世界を飲み込む続ける。
やがて砂塵の竜巻は、退避行動を取る[聖杖騎士団]の飛空艇五隻を呑み込み、バラバラにし、その瓦礫すらも竜巻の一部として次の獲物を探し始めた。
やがて竜巻は八隻ほどの艦隊に狙いを定める。
それは、[ボーン商会]の飛空艇だった。
黒竜は慌ててリディルに問う。
「ど、どうする! このままでは船が飲み込まれる!」
リディルは一度だけ[ボーン商会]の艦隊を見やり、だがすぐに視線を遺跡に戻して言った。
「本来の目的を優先する! 進路は遺跡に!」
黒竜はぎょっとし、言った。
「だけど、あのままでは[ボーン商会]の人たちが――!」
瞬間、リディルは苛立ったように拳を黒竜の背中に思い切り打ち付けた。
「痛っ、リ、リディル君?!」
「何を優先するかは、あたしが決める! から、だから……! あたしは、メリーちゃんが一番優先で――全員を助けるなんて、できない……!」
それは、悲痛な叫びのように思えた。
その姿はまるで泣いているように見え、黒竜は何も言えなくなる。
この子は、この若さで、命を見捨てるという選択をできる――否、しなければならない立場に置かれてしまった子なのだ。
命の、価値――。
――俺にできること。
俺の、力。
「キミに従う」
黒竜は一気に翼を羽ばたかせ、遺跡へと進路を取る。
背中のリディルが、何かを言いかける前に、黒竜は続けた。
「だが、できることは、やってみる――!」
黒竜は速度を維持したままぐるりと体を回し、そのまま背面飛行の姿になった。
背中のリディルが慌ててしがみつく。
「うひゃっ! 何かやるの?!」
「漫画で見た! 砂は、水で固まるとか! そういうやつ――!」
黒竜は胸の内で、意識を集中させた。
背中のリディルが少しばかり明るい声で言った。
「ああ、あたしも読んだことある、そういうの――」
雨の原理は、単純だ。
山火事の後は大雨が降る。その原理も、概念として既にある。
ならば、何も問題は無い――!
あの砂塵を全て飲みこむほどの、豪雨の概念を固定化し、黒竜は叫んだ。
「〝
[言葉]が波動となって天を貫くと、星空は途端に暗闇へと染まり、稲妻とともに巨大な雨粒を嵐と共に降り注いだ。
その爆発的な降雨量に、砂塵の竜巻は力を失い、ボタリボタリと重い泥が地面へとこぼれ落ちていく。
「後は商会と騎士団に任せた――遺跡に向かう!」
黒竜は身を翻し、遺跡に向けて加速させた。
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