第99話:集う者たち
「先遣隊は全滅したようです」
という執事の報告に対して、ユベルは意外に思ってつぶやいた。
「へー、ほんとに?」
「確認が取れております」
「あ、そう。じゃあ……へぇ、ヴァレス君は約束を守ってくれたのか」
知りすぎた者たちの口封じと、警告。
更には他の者たちへの面目。
一応はもう後退しても良い頃合いだろうが――。
ふと、ユベルは思う。
「死体は?」
執事は難しい顔になって、首を横に降る。
ユベルは言った。
「……魔人ってさ。〝次元融合〟無しでこちらの世界に来るためには、依代が必要って話だよね」
「佐用です」
「……好都合だったのはあちらも一緒か。――もう少しここに留まる。[聖杖騎士団]はもっと前に出させて」
※
遠方に見える[飛空艇]から出撃した騎士たちが、空中から魔力の弾を地上の悪魔たちに向けてばら撒いた。
閃光と燃え広がる炎が、夕焼けよりも赤く大地を染め上げて行く。
同時に、いくつもの黒い黒い影が尾を引くようにして夕焼け空を舞う。
ザカールの耳には、幼子たちがじゃれ合うような笑い声が聞こえていた。
『曲がりなりにも、正規の騎士団か――』
ひとりごち、考え込んでいると、リィーンドが訝しげな顔になって言う。
「ザカール、お前は何を待っているのだ」
『待ってはいない』
すぐにそう答え、続ける。
『臆病者を探しているだけだ』
「――[イドル・ドゥ]もそれを狙っているわけだ」
『そうだ。今この場で、覚悟もなく、否応無しに戦場へと放り出された者、そうせざるを得なかった者。ヤツは弱者の味方だ』
「そう言えば、御老体」
ふと、バーシングが口を挟む。
なんだとザカールは顔を向ける。
バーシングが言った。
「メリアドール・ガジットと言ったか。[八星]でヴァレスをふっ飛ばしたあのお嬢さん」
『ああ――』
ザカールは戦闘空域の更に後方の[飛空艇]艦隊に目を向ける。
バーシングが言った。
「誘拐されたという噂を聞いた」
ザカールは一度考え、しかし首を横に振った。
『あの剣聖と、ゼータの目を盗んでか?』
「だから、噂だ」
『ありえるものか』
ザカールは鼻で笑い、その情報を一蹴する。
だが、戦場の様子を注視していたザカールは、[古き翼の王]の姿をしたドラゴンにまたがるゼータと、遅れてやってきた剣聖の姿を見、違和感を覚えた。
特に、剣聖の――仕草、と言うべきか。焦りの色が浮かんで見えたのだ。
それは、様々な者たちの人となりを見続けてきたザカールの直感と呼べるものなのかもしれない。
『ヴァレスは、何者かと手を組み遺跡を発掘している』
ひとりごち、考える。
『そして、ビアレスの子を、攫った――? 何故だ?』
「知るわけがない」
バーシングがまた口を挟む。
ザカールは笑った。
『ああそうだ。知るわけがない。だが――興味はある』
ザカールは日が落ちていく空を行く黒い翼に狙いを定めた。
※
日が、落ちる。
暗くなりつつある空を黒竜が行くと、ややあって黒竜と同じ黒の鎧を着たリディルが、なめらかな動作で姿勢を制御し背甲に着地した。
メスタがぐいっと身を捩り、背中のリディルに笑顔を向ける。
「よっ!」
「……メスタちゃんは待機命令って聞いてたんだけど」
「ん、そう言われてる」
「はぁー……」
リディルが深々とため息を付く。
「その鎧、どう? 先生が作ったのを、更に改良したんだろ?」
「……長距離の飛行は苦手みたい。――メスタちゃん今話そらそうとした?」
まだ、戦いの光は遠い。
[ボーン商会]と、[聖杖騎士団]が戦っているが、後手に回っているようだった。
上の者は――アリスは、あれを使い捨てると決めたのだろう。
それは黒竜には知らない世界の話だ。
そしてそういう判断をしたのなら、気丈に振る舞ってみせようと思うのが黒竜でもある。
アリスとは、友人になってしまったのだから……。
十二人ほどの騎士たちが、そらとぶ丸い機械――[バシヤ]を自在に操りながら、黒竜に並走する。
「テモベンテ騎士団! 剣聖殿の支援に入ります!」
白い甲冑に見を包まれていて顔はわからないが、声は知っている人のものだった。
どこで出会ったのか……確か、カルベローナのお茶会に無理やり引っ張られてった時だったような気がする。
名は、確か――。
唐突に、リディルが黒竜の背中を蹴り、跳躍した。
そして瞬間的に左肩に装着された新しい兵装を起動させ、高濃度に圧縮された[魔導フィールド]を展開させる。
ほぼ同時に荒れ狂うような稲妻が黒竜たちに襲いかかり、[魔導フィールド]を消し飛ばした。
だが、訓練された騎士たちは即座に同じく自身の甲冑に装備された[魔導フィールド]を形成させ、かろうじて全ての稲妻を防ぎきった。
闇の彼方から高速で接近する三匹のドラゴンと、仮面の男を見つけた騎士は、叫んだ。
「ザカールと、ドラゴン!」
雷鳴が嵐のように鳴り響く。
メスタを首の後ろに乗せた黒竜は慌てて回避行動を取りつつ、壁となる[言葉]で隊を支援する。
リディルが黒竜の背中を蹴って空へと舞い戻る際につぶやいた、
「――こいつじゃないな」
という独り言を聞き逃さなかった。
通信機越しにリディルからの指示が飛ぶ。
〈メスタちゃんとテモベンテの人たちは、メリーちゃんを探してください!〉
テモベンテ隊はすぐに従い高度を下げ、遺跡へと進路を真っ直ぐに取ったが、メスタは少しばかり迷う素振りを見せる。
〈[翼]君はこっち! あたしたちで倒すから、急いで!〉
「え、え、マジか……」
と黒竜は小声で困惑する。
だがそれは、信頼されている証でもある。
メスタがぎゅっと唇を噛み、黒竜の角に触れて言った。
「リディは、凄く良い子だから……頼む」
その言葉には黒竜がわからないほどの多くの意味が込められているのだろう。
だから黒竜は、彼女を安心させる意味も込めて言った。
「――何とかする」
「ああ、信じた――!」
メスタが首の後を蹴り、テモベンテの騎士の乗る飛行する円盤[バシア]に飛んだ。
一匹のドラゴンがそれを追撃する。
黒竜は、そのドラゴンを見、言った。
「既に名前は知っているぞ――! 〝リィーンド・ロックオン〟!」
そして追尾する[言葉]は放たれた。
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