第94話:アリスの事情
「最新の[魔導アーマー]だったんだな?」
テモベンテは同盟を組んだばかりの騎士団長からの報告を聞くと、そう返した。
その騎士団長、ブランダーク・ダインは頷き、低い声で言った。
「[特命コード]からの情報提供です」
「[特命コード]――嫌な響きだな。古来の[暁の剣]が今もなお続いているかのような都市伝説。……我ら正規の騎士団ですら把握していない存在が国家にあるやもしれぬという現実、どう考える?」
テモベンテは、ブランダークの出方を注視した。
叩き上げの古参騎士。一度退団し、冒険者を経験し、スカウトし、自分好みの騎士団に染め上げた壮年の男。
噂では色々ある。良いものも悪いものも。
だが問題は人となりだ。
ブランダークは少し考え、言った。
「歴史、でありますゆえ――。ですが、本当に[剣]と思われるようなものなら……確か、[特命コード]が使われたのは十五年振りでしたな」
「グランドリオ前女王が疾走した際の、後始末をしたのが[盾]。だが最初の情報は
[特命コード]の何者かから」
だが、ブランダークは言った。
「自分なら、信用はしません」
「ほう」
とテモベンテ。
ブランダークは言った。
「最悪の可能性は、先日の虐殺が[剣]らしき組織の乗っ取りのカモフラージュの場合でしょう」
「――秘密主義の弊害か。陛下には、いくつか情報をだしていただく時期なのかもしれんと思った。が、どう思う……?」
だが、ブランダークは黙った。
性急過ぎたか? とテモベンテは先走ったことを少しばかり後悔する。
ブランダークも、所詮古い時代の人間、教会側の神殿騎士なのだ。
ややあって、彼が言った。
「秘密主義は、ザカールの復活を警戒してのものでありましょう。ならば、ここでそれを明らかにするのは、まんまと引き釣り出されてしまうような恐ろしさはあります」
「それはあるが――」
そして、二人は女王陛下の御膳へとやってきた。
先に来ていたロベルが、顔だけをちらりとこちらに向け、遅かったなと言わんばかりに小気味よく顎を軽くしゃくって見せた。
だが、テモベンテは別のものに気を取られた。
一瞬、そこにいた少女の顔を思い出せなかったテモベンテは、怪訝な顔を作ってしまったことを後悔した。
「マランビジー卿が、技術長官に就任したとは聞いておりましたが――」
すると、その少女、アリス・マランビジーが冷ややかな様子で言った。
「陛下の御前でありましょう、テモベンテ首長」
う、とテモベンテは押し黙り、慌てて頭を下げる。
「失礼しました、女王陛下」
しかし、と思う。
知識を司るマランビジー家が軍事技術に携わったのか――?
いや、女王のこの落ち着いた様子。ひょっとしてずっと昔から……?
……[盾]ならば、このことを知っているのかもしれないが、団長はすでに――。
ならば今、情報はどこが管轄しているのだ?
(縦割り行政の秘密主義だから、こうもなる!)
だが、問いただすよりも先にアリス・マランビジーから言われた、
「[暁の盾]復旧の目処がたつまでの間、陛下の警護はマランビジー家が受け持ちます」
という言葉でテモベンテは思い切りぶん殴られたような錯覚を覚える。
「今、なんと……?」
思わず口にすると、マランビジーは短く言った。
「同じことは二度言いません。優秀な方と聞いています。――ロベル・パイソン卿?」
小さく挙手していたパイソン卿がマランビジーに指され、言った。
「手短に申し上げます。――[書庫]の情報を開示していただきたい」
女王の肩が、一瞬びくりと震えたのをテモベンテは見逃さなかった。
すぐさまパイソンが続きを口にしようとするが、それよりも先にマランビジーが言った。
「その必要はありません。[書庫]の知識は、此度の事態とは無関係」
「でしょうな。しかし、無関係と思わない者が起こした。真実を明らかにすれば――」
「因果が逆でしょう、パイソン卿。[書庫]を求めてことを起こしたのではありません。ことを起こす理由に、[書庫]を利用しただけのこと。それらしい神輿があればそれで良いのですから、それを理由に情報の開示は、ザカールを喜ばせることになるだけです」
「……その口ぶり、マランビジー卿はすでに[書庫]の知識を知っていると見たが?」
それは、決定的な言葉であった。
皆が息を呑むが、マランビジーは表情一つ変えずに言った。
「それが、何か?」
と。
※
「なんでメリーの場所がわかるんだ?」
メスタが[ハイドラ戦隊]の臨時旗艦、[ロード・ミュール]の艦橋で、ゲスト席に座るアリスに問う。
情報は、あっという間だった。
結果として[聖杖騎士団]を前線に引き釣り出したのは見事だし、[ボーン商会]だって大きなバッシングにあって汚名をそそぐ必要が出てきたのだ。
だがそこに、さらわれたメリアドールの位置情報が入る余地は無いはずだ。
アリスが短く言った。
「こちらで得た情報ですから」
「……信用できるのか?」
メスタも同じように返すと、アリスがすぐに言う。
「父の残した情報です」
(父と、言ったか……?)
うだつの上がらない無能と言われた、役所づとめの、アリスの父親……?
アリスが艦長席に座る初老の男に言う。
「実戦経験。艦隊の指揮は艦長さんに任せます」
初老の艦長は、深いくまを作った皺だらけの目をうつむかせ、言った。
「…………ですが、わたくしめは――」
「その話はもう済みました。父は、ザカールに体を奪われ殺された。あの時の父は既にザカールだった」
「あの可愛いレドラン坊っちゃんが――」
「最優先は、メリアドール・ガジット姫の確保です。他の誰よりも先に」
「そ、それは――しかし、坊っちゃんの仇を……」
「現当主は私です。父ならば、私を応援してくれます。……ロンじいだって、それはわかってくださるでしょう?」
ロンじいと呼ばれた艦長はそれ以上なにも言えず、うつむいたまま静かに目を閉じた。
確か、彼はアリスの父、レドランが子供の頃に世話係をしていた男だったはずだ。
アリスは通信士に向け、言った。
「カルベローナさんには連絡行ってますよね?」
「はい。テモベンテの本体と合流してもらってます」
「はい、どーも。――メスタさん」
彼女は顔だけをメスタに向け、言った。
「うちから出す戦闘部隊はメスタさんとリディルさんだけって話は聞いてますよね?」
「うん、聞いてる」
「良かった。……どう、思います?」
その声に不安げな色を感じ取ったメスタは、アリスの頬を軽く拳で触れてやり、笑って見せた。
「良いと思う。メリーだってたぶんそうする。アンジェリーナは艦の防衛だろ?」
「ン、そーです。出たがってましたけど」
「よく抑えてくれたよ。リディが言うと、たぶん棘がたつ」
「……リディルさんは、団長のことが大好きですからねぇ」
「馬鹿言え。みんなそうだから、こうやってるんだろ」
「それは、そうです。団長は好きなことをやらせてくれましたから。――それに今回は、好き勝手できる場所じゃないことくらい、みんなわかります。[翼]君だって、そちらに取られたのは……信用されてるってことだと思います」
「信用って、誰に?」
「そりゃ、女王陛下にでしょ」
メスタには意味がわからなかった。
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