第76話:強さの限界
「全員呼んだのに、来やしない」
魔力枯渇症から回復したメリアドールが、[盾]のためにあてがわれた訓練場の壁に背を預け、ため息をつく。
隣にいる、唯一来たアンジェリーナが、淋しげに言った。
「みんな、堪えてるのよ……」
それは、わかる。
わかるからこそ、それ以上強く言えないのがメリアドールである。
訓練場には、メスタと、ようやく意識を取り戻したリディルが剣を携え対峙している。
[ハイドラ戦隊]において、本当の意味で戦うことができるのは、この二人だけだ。
メリアドールは、自分の限界を知っている。
山程いる上辺だけの偽物共を蹴散らすことは容易い。
だが、本物には到底及ばない。
それが、積み重ねた実戦経験、あるいは実戦を想定した地獄のような訓練経験の差なのだ。
その点においては、アンジェリーナも同じだろう。
本気で戦えばメリアドールよりも強いはずなのにそれを隠していることは別に良い。
人には、秘密がある。
誰にだってそうだ。
だから、アンジェリーナは良い子なのを良く知っているメリアドールは、あえて詮索しようとは思わなかった。
対峙していたリディルとメスタが動く。
リディルは訓練用のショートソードを、メスタも同じく訓練用の大剣を握りしめ――。
あっという間に距離を詰めたリディルがメスタの首元目掛け横薙ぎにショートソードを振ると、そのままメスタは大剣を盾のようにして使い、力づくでリディルのショートソードを打ち払おうとする。
が、それよりも早くリディルはメスタの動きを読み切り、ぐにゃりとショートソードの起動を歪め、大剣を持つメスタの指を狙った。
メスタは即座に体当たりを仕掛けると、リディルはそれを体全体でくるりと舞うようにしていなしきる。
同時にリディルは足払いをしかけると、メスタは、「あ、くっ」と小さな悲鳴を上げてバランスを崩す。
すぐさまリディルは倒れようとしているメスタの背中目掛けてショートソードを突き立てようとするが、メスタは口をガチりを合わせると、力場を全方位に向けて撃ち放った。
新しい技だ、とメリアドールは冷めた表情のまま感心する。
おそらく、ザカールが使ってみせた衝撃波か何かの[息]を、自己流で身につけたのだろう。
メスタは、そういうことができる子だ。
力技で無理やりリディルと戦うメスタの伸びしろはあまりにも大きい。
それが、メリアドールの心の内の醜い感情をチリチリと焦がす。
そして、それすらも容易く回避し、なおもショートソードをメスタに振るおうとするリディルは、人の身で怪物と互角に戦える、同じく怪物と呼べる存在なのだろう。
そうさせたのは、周囲の貴族たちであるが――。
ふと、メリアドールは言った。
「六番隊の、リジー隊長の……お父さんは、戦死したそうだ」
テモベンテと同じく部門の家柄のリジー・ポウ。
メリアドールの隣にいたアンジェリーナは、一度目を閉じ、
「そうね」
と重く息を吐く。
続けて、メリアドールは言う。
「カルベローナのとこの、エミリーさ。……家族が、全員、殺されたって」
すると、また先程と同じようにアンジェリーナが重い息と共に言う。
「……そうね」
そして、そのままアンジェリーナは口をつぐむ。
だが、メリアドールは言った。
「ザカールだけの仕業じゃ、無いよね」
隣のアンジェリーナが、ぎゅっと服の裾を握りしめる。
メリアドールは続ける。
「[G]の血統を、狙い撃ちにしてる。ほんの少しだけど、ザカールと対峙して分かった。――ヤツは、こんなやり方はしない。もっと雑な男だ」
アンジェリーナは答えない。
メリアドールは、少しばかり苛立った。
――キミは信頼している。だが僕は、キミの家族まで信じてやれるほどお人好しでは無いぞ……。
言葉が喉元まで出かかり、ぎゅっと飲み込んだ。
そこまで言ってはいけない、という気持ちも、メリアドールにはあるのだ。
メリアドールは、基本的に他人を信用していない。
概ね全ての他人を疑い、遠ざけ、その中から信頼でき、メリアドールと同じ思いをする者を側においた。
即ち、見放された者たち――。
それが、メリアドールの作り上げた鳥籠――[ハイドラ戦隊]なのだ。
とは言え、自ら熱心に志願してきた十三番隊のケルヴィンという例外はあるが、あれは条件が良かっただけだ。
問題を起こすようならすぐに追い出すつもりでいたが、その辺りはリディルとアンジェリーナ、あとついでにメスタがうまくやってくれたのだ。
……メスタのやり方は、うまく、と言って良いのかは少々首をひねるところだが。
ふいに、アンジェリーナが口を開く。
「ザカールは、体をバラバラにしてから封印されたんだって」
メリアドールは問う。
「……どうして、それを僕に?」
アンジェリーナはすぐに答えた。
「知っておくべきよ。――あれが、本当の敵だから」
話題をそらそうとしている雰囲気は感じられなかった。
ならば、アンジェリーナが隠している情報全てを判断した結果の答えが、それでも本当の敵はザカールだ、という答えなのだろうと結論付ける。
そして、それを信じようと思えるのはメリアドールの美点であり、欠点でもあった。
「そう。……バラバラにしても、死なない相手。――死霊術の類……には見えなかったな」
「〝次元魔法〟にも見えなかった。……魔法じゃないのかも」
「ドラゴンの……[言葉]?」
「……わからないわ。捕らえたは良いけど、[支配の言葉]を恐れて近づくこともできない。みんな、怖いのよ――」
ザカール、そして[古き翼の王]。
この二つの存在は、学者や魔術師たちの間でも、ずっと意見が分かれていた。
曰く、ザカールは存在していないだとか、初代女王グランイットが自分の権威を確かなものにするための創作だとか。
だが、実際にザカールは姿を現した。
復活を遂げた。
かつてザカールの存在を否定していた学者たちは、未だにあのザカールは偽物だとか、今回の[ハイエルフの国]のテロを未然に防げなかった矛先そらしだとか――。
結局の所、彼らは自分の生活を、仕事を守ることが最優先なのだ。
自分が大切なのだ。
それは、普通のことなのだろう。
メリアドールはそういう者たちを嫌悪し、同時に自分もまたそちら側の人間だという自覚もある。
メリアドールの、一つ年下の、リディル・ゲイルムンド。
彼女は――。
メリアドールは、思う。
あの子は、普通の子なのだ。
普通の子なのに、ザカールと真正面から対峙し、戦い続け、また、一人の命を背負ってしまった。
だから、メリアドールはリディルの母のことが嫌いだ。
大嫌いだ。
本当に。
憎んでいると言っても良い。
たとえ、彼女が後悔しているのだとしても、もう遅い。
そうなってしまった過去は、取り戻せない。
一度歪められてしまったあの子が、普通に戻ることは、決して無いのだ。
ふと、アンジェリーナが言う。
「リディルさんの具合、どうだったの……? 平気そうに見えるのだけど、危なかったって聞いたわ」
「……[帝都]の[魔術師ギルド]が出張ってきて色々調べたけど、結局憶測しか言わない」
[帝都]のアークメイジは、[城塞都市]のカトレア・オーキッドと違って本人はあまり魔法が得意ではないようだ。
研究が評価されその地位に付いたが故に、良い意味でも悪い意味でも慎重だった。
だから、わからないものはわからないと言ってくれるし、わからないのだから気休めも言ってくれない。
ただ憶測の一つとして――。
「魔力では無く、生きる意思とか、力とか、そういうものを吸われたのかもしれないって」
それが、メリアドールの聞いたままの憶測だった。
アンジェリーナが怪訝な顔になる。
「……なにそれ?」
「知らないよ。だからたぶん、リディが生きている限りあの鎧は無傷だし、リディを守り続ける。だけど戦い続ければそれよりも先にリディが死ぬ」
「それは[古き鎧]の性質でしょ? 最終的に着る者の魔力を奪い尽くす。代わりに莫大な力を与えてくれる」
「そう。だけど、[リドルの鎧]は魔力を吸わない。別のものを吸う。そしてその別のものが何なのかわからなくて、リディが魔力とは関係のないところで弱っているから、生きる力とかそういうものを代用として吸われたんじゃないかっていう憶測。――ちなみに根拠は無い。こっちのアークメイジがそう言ってた」
「[帝都]のアークメイジ、か。……確かアリスと仲良かったはず」
それはメリアドールでも知っている。
というよりも隊では最年長の彼女が通っていたのが[帝都]の[魔術師ギルド]なのだ。
そこでなんやかんやあって[ザカールの再来]だとか言われたり、[妖精鋼]の開発に携わったりして、どういうわけかああなってしまった。
そもそも、[妖精鋼]のことだってよくわかっていないのだ。
古くから、国の研究機関が[妖精の粉]と呼ばれる治療薬を生成していたのは知っている。
傷を治し、病気を治し、建物の損傷すらも修復してしまう奇跡の粉。
賢王が[精霊界]の妖精と契約し、今も国のどこかで〝次元融合〟の門から送られてくる。
賢王の時代以降、多くの魔術師が解明すべく手を尽くしたが、結局何もわからず仕舞いだったのを、幼少時のアリスが成し遂げ、量産化の目処まで立ってしまったのだから、ひょっとして[妖精]関係無いのでは? という説がまことしやかに囁かれはじめている。
どれもこれも、憶測、憶測、憶測。
「――わかるものか」
何だか頭が痛くなってきたメリアドールは、そう吐き捨て、闘技場で戦う二人に視線を移す。
――あのリディルでも、歯が立たなかった。
[魔人王]が放ったという巨大な爆発は、[花の宮殿]からでもはっきりと見えた。
天を貫く閃光と火柱、爆煙。そしてそれらが収まるよりも早く繰り出される、より強大な爆発の、連続。
戦いの土台が違う。
剣で、魔法でどうにかなる相手では無い。
これだけ被害が大きかったのは、[魔人王]に関しての記述が失われていたのも原因の一つだろう。
多くの国家を滅ぼし、焦土と変えた[魔人王ディアグリム]。だが決戦に先んじて十一番隊に討たれたのは歴史である。
そして過去の例に漏れず、一人の死者も出さず――賢王は自らの隊だけで、[魔人王]を撃ち滅ぼしたのだ。
だが今になって思う。
――本当に、そうなのか?
ならば何故[魔人王]は生きていたのだろう。
無論、魔人族が不死であることは知っている。
ならば逆に、何故この千年もの間姿を表さなかったのだ……?
わからないことが、多すぎる。
考えなければ、ならないことが――。
ついにリディルのショートソードがメスタを追い詰める。
が、メスタは全身の筋肉をわずかに膨張させると、そのままリディルの振るったショートソードの刃を素手でつかみ、そのまま握り潰した。
リディルが、
「うげ」
と露骨に嫌そうな顔をすると、メスタは得意顔になって言った。
「訓練用の剣なら、私にはもう通用しないなっ!」
すると、リディルはいつものようにあっけらかんと返す。
「剣に毒塗ってあったらメスタちゃんやばかったんじゃない?」
「あっ、う……」
「それから、[貪る剣]みたいなのだったら、触った時点でメスタちゃん負けじゃん?」
「で、でも! それ違うじゃんか!」
「えー、見た目で判断しちゃうんだー」
「だ、だって……訓練用の剣だし……」
「メスタちゃんってあたしよりも全然強いのに、そういうとこほんと危なっかしいよね」
「う、う……」
「ていうか、力押し以外のやり方勉強したいからって言い出したのメスタちゃんでしょ? それで最後力押ししちゃ駄目じゃん?」
「……うん…………」
「そもそも、メスタちゃんはその力押しが得意で、それであたしよりもずっと強いんだから、その力押し捨てちゃ駄目じゃん? どんどん力押しを伸ばすべきじゃん?」
メスタはそのまましょんぼりと肩を落とし、言った。
「……強くなりたいんだ」
「メスタちゃんは強いよ。……あたしよりも、ずっと」
「だけど、守れなかった人が、たくさんいた」
リディルは少しばかり淋しげな顔になり、自分の髪をゆっくりとかきあげ、静かに言う。
「そこから先は、もう無理だよ」
「えっ……」
メスタが顔を上げる。
リディルは、そのまま穏やかな口調で続けた。
「ねえ、メスタちゃん」
そのまま彼女は折れた訓練用の剣をメスタに見せつける。
「……もうね、こんなものに……昔ほどの価値は、無いんだよ」
「それって、どういう……」
「あたしは、[盾]とか……お母さん何かより、ずっと強い」
「……うん」
「だけど、あたしは、[飛空艇]に上空から爆撃されたら、勝てない。――魔道士の長距離爆撃にだって、手も足も出ない。……[魔人王]とかいうやつに、何もできなかった。あたしはただ爆発に巻き込まれてただけ」
メスタは言葉を失い、何も言えずに俯いた。
最後に、リディルが言った。
「それが、一人の強さの限界。だからこれ以上強くなりたいなら……メリアドールちゃんとか、アンジェリーナちゃんに教えてもらったら良いんじゃない?」
と。
すると、メスタの顔がぐわっと上がり、メリアドールとアンジェリーナの顔を交互に見る。
メスタの顔は、まるで新しい道を示された求道者のように輝いており、メリアドールとアンジェリーナは同時に、
「げっ」
という悲鳴を上げた。
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