第61話:扇動された人々

 様子がおかしい、と最初に気づいたのは、[ルミナス連合]から亡命してきた者のうちの一人である。

 絶望的なほどの、実力主義。

 百歩譲って、自分たちで自惚れ集まったのなら好きにすれば良い。

 だが、そこで生まれてしまった者としては、地獄でしか無いのだ。

 [ハイエルフ]は滅びゆく種族だ。

 これだけ世界が広がっているのだというのに、民の出国も入国も禁じ、縮小再生産を繰り返し、新たな技術を拒む小さな国。

 国を牛耳るのは古くからの力を持った五大氏族。


 力では、敵わない。

 今の事態を招いた三百年前の戦犯、オーキッド家ですらその責任を問われず未だにその中にいるのだ。

 変革を求めても、それは決してなされない。

 これが、力による統治の限界なのだろう。

 だから彼らは、自らのため、我が子の未来のために国を脱しようと考えた。

 そして、救いの手はもたらされたのだ。

 予てより連絡を取り合っていた[グランイット帝国]から、亡命を受け入れる旨の報が届いた時は、闇に光が差したかのような希望を感じた。

 かくしてそれは決行され、百人を超えるハイエルフの仲間と共に一斉に行動を起こし――。


 ある程度の追撃は、予測していた。

 全てが完璧では無いはずだと。

だから万全を期したし、[帝国]からもさらなる救援部隊が来ると約束してくれたのだ。

 闇夜に紛れ、[帝都]の使者に譲り渡された魔力放出の少ない飛翔用[魔道具]を足につけ、ハイエルフの一団は漆黒の海面すれすれを飛ぶ。

 奇妙なことが、二つ。

 約束通り、[帝国]所属の多くの艦が、待ち受けてくれていた。

 だが様子がおかしい。

 やけに、重武装では無いか……?

 もうじき国境を超えてしまう。

 ハイエルフの追手が、早すぎる。準備が良すぎる。そして――

 追手の中に、封印されていた千年前の[魔導兵器]、[紅蓮ゴーレム]の姿を見つけたハイエルフは、ぞわり、ぞわりと悪寒が胸の内に湧き上がる。

 ここまで、するのか――。

 否、ここまでできる時間が、あったのか――?


 予感が不安になり、もしや、と答えを導き出そうとしたハイエルフの一団に、[帝都]から放たれた灼熱の閃光が襲いかかる。

 皆が息を飲んだ瞬間だった。

 上空より降り注いだ淡いオーロラ光のカーテンが、灼熱の閃光を全て防ぎ切る。

 はっとして見上げると、純白の甲冑に身を包んだ騎士を首の後ろに乗せた、夜よりも黒いドラゴンが、淡く輝くオーロラ光を再びハイエルフの一団を守るようにして撃ちはなった。



 ※



「や、やってしまった――。ダイン卿!」


 ブランダーク・ダインを背に乗せた黒竜は、彼の指示の出すがままに従い、敵の尖兵と思わしきハイエルフの集団をかばうように〝力場・障壁・広範囲〟の[息]を打ち放ってから呼びかける。

 ブランダークは迷わず言った。


「ハイエルフの尖兵にしては動きが散漫でありましたが、これは――」


 眼下のハイエルフは困惑した瞳をこちらに向け、それでも背後に迫る[紅蓮ゴーレム]から逃れるようにして一気に加速し港へと針路を取る。

 ブランダークはすぐに、耳元に装着された[魔導通話装置]に向けて檄を飛ばした。


「ハイエルフの――亡命者と思わしき集団、数は百人ほど! 敵意は無いと見える! リーダーがいるのなら、状況の確認と照らし合わせを!――そうか、これは、そういうことか……!」


 ふと、黒竜は考える。

 情報が錯綜している。

 あまりにも、不自然なほどに――。

 黒竜は一抹の不安を覚えながらも、遠方にぬらりとそびえ立つ[紅蓮ゴーレム]の一体に向け、〝貫通・長距離・高速・破壊〟の[息]を撃ち放った。

 それは初速から圧倒的な速さで音を置き去りにし、あっという間に[紅蓮ゴーレム]の胸部を打ち貫いた。

 [紅蓮ゴーレム]の胴体がぐらりとゆらぎ、そのまま力を失って海に倒れ込む姿を確認しながら黒竜は羽ばたき高度を取る。

 そのままもう一体の[紅蓮ゴーレム]目掛け先ほどと同じ[息]を撃ち放つ。

 しかし――。

 その特徴的な単眼が赤く煌めくと、[紅蓮ゴーレム]は左腕を掲げ、肉眼で確認できるほどの分厚い[力場の層]を幾重にも重ね巨大な盾として使ってみせた。

 黒竜の鋭い[息]が十数の[力場の層]を貫くも、[紅蓮ゴーレム]の盾は未だに二十層以上が健在だった。


 ――全力だったはずだ……。


 [紅蓮ゴーレム]が右腕を黒竜に向ける。

 攻撃の意志を感じ取った黒竜は、[帝都]を背にするわけにはいかず慌てて上昇する。


「ダイン卿! こんなに連携が取れないものなのか!?」


 同時に、援護の攻撃が遅いことにも気づくと、ブランダークは[紅蓮ゴーレム]を睨みつけ、


「――対ドラゴン用のグランドゴーレム……!」


 と苦々しげに吐き捨てる。

 黒竜は続ける。


「既に! 内部に、潜り込んでいる者がいるんじゃあないのか!? 私はメリアドール君たちが心配だ……!」


 しかし、とも思う。

 [ハイドラ戦隊]は所詮、国の管理する[暁の騎士団]の一組織なのだ。

 であれば、[盾]の長にして[暁の騎士団]のトップである剣聖、ティルフィングの命令でここにいる黒竜は、好き勝手に動いていい立場でないこともわかっている。

 同時に、出撃の際に『ガラバ』と名を呼ばれたことから、ある種の意図も感じていた。


 ――俺の意思を、尊重してくれるんじゃなかったのか。


 言いようの無い不信と、焦りが黒竜の胸のうちに湧き上がる。


「それは、同感ではありますが――! 同士討ちを避け――エルフの一団には攻撃を禁じます! おそらく、この状況を仕組んだ輩の狙いは、乱戦からの、暴発!――三百年前のように、大戦を起こさせようとしているのか……!」


 星空を背にした黒竜目掛け、残った七体の[紅蓮ゴーレム]が一斉に右腕を向け、目もくらむほどの閃光を巨大な濁流のように撃ち放った。

 星空が朝焼けに染まるほどの閃光の津波が黒竜の退路を断つ。

 やばい、と声に上げる間もなく黒竜とブランダークが閃光に飲み込まれ、はっと息を呑んだ次の瞬間には黒竜とブランダークは何事もなかったかのようにして無傷でその場に留まっていた。

 ブランダークが懐から取り出した赤い宝石がべきんとひび割れ、砕け散る。

 彼はまた、苦々しげに言った。


「〝次元融合〟の[魔道具]、試作タイプで一度持てば良い方ではありますが――」


 再び[紅蓮ゴーレム]の右腕が輝き始める。


「ま、また来る――」


 黒竜が叫ぶと、ブランダークは檄を飛ばした。


「あれを[帝都]に向けるわけには……! 動き続けて、敵の足を止めます!」



 ※



「所詮は傀儡か」


 戦闘の様子を遠目で眺めていたザカールは、かつてこちらを存分に苦しめてくれた[紅蓮ゴーレム]の柔軟性の無さに落胆する。

 対ドラゴン、とはよく言ったものだ。

 優先目標が定められてしまえば、全てがそちらに集中してしまう。

 ……所詮は、千年前の骨董品に過ぎない。

 とは言え、データ収集には大いに役立ってくれたが。

 それに、と思う。


「良い指揮官がいるようだ」

 亡命を餌に誘い出したエルフは、無事に生き残ってしまったようだ。

 ならば、[ルミナス連合]側に仕込んだ次の手、今回は徒労に終わったのだろう。


「同じ手は通用しないか。三百年前のようには……。だが――」


 それでも良い、とザカールは考えた。

 今までそうやって来たのだ。

 結果として無駄に終わった仕込みは、文字通り山程ある。

 だがそれは、今回の戦いにおいての話だ。

 ザカールは別に直接手を下したわけではない。

 ほんの少しばかり背中を押しただけなのだ。

 それは毒のように蝕み、今でなくてもいつかまた、膿のようにして溢れ出るだろう。


 それに、何も仕込みは[ルミナス連合]側だけでは無いのだ。

 どうやら指揮官は、こちら側に逃げ込むエルフたちを標的から外したようだが、それは結局咄嗟の判断でしか無い。

 すでに、避難民の中に本物の暗殺者は紛れ込ましてあるのだ。

 今、混乱の最中それを見分けるのは至難の業だろう。

 事態がどう転んでも良いよう、策は既に――。


「――あれは……」


 ふと、遠方のドックからしずしずと出港した大型の空飛ぶ船が視界に入り込む。

 ビアレスの時代には、無かったものだ。

 [分離型]と呼ばれているようだが……。

 知らない技術。未知の技術。

 そのために、未だに生きながらえているのだ。

 ぞくぞくと背筋が震え、仮面の中で口元がニヤけるのを自覚したザカールは、自嘲気味に笑って火線が飛び交う夜空を飛んだ。

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