第39話:竜人の里へ
賢人リドル。それはかつての英雄[暁の勇者]の一人である。彼は子を成さない代わりに弟子を取り、代々その名を受け継いできた。
そのリドルがメスタの師であり、親代わりでもあったのは冒険者のミラでも知っていることだ。
だっが現代の賢人リドルは、メスタ以外の弟子は取っていないという噂を耳にした。
であれば、千年続いた賢人の繋がりが途切れてしまうのだろうか。
それとも、メスタがその名を継ぐことになるのだろうか。
メスタの故郷へと向かう[ハイドラ戦隊]専用の獣車に乗っているのは、五人。メスタ、リディル、メリアドール、ミラ、そしてアークメイジであるカトレア・オーキッドだ。
幸か不幸、か――。
その獣車を引く魔獣として無理やり押し通せた[翼]の彼。
確かに、彼とは[竜人の里]へと連れて行くと約束した。
だが、こういう形を想定していたわけでは無いのだ。
もっと、明るい冒険を考えていたのだ。
獣車に揺られながら、ミラはちらと正面に座るメスタとリディルを見た。
落ち込んでいる様子のメスタに寄り添うように、リディルが顔を彼女の腕にぺたりと合わせている。
ふと、ミラは出発前のリディルの様子を思い出す。
彼女は頑なに、自分は残ると言い張っていた。
それは、アークメイジがミラを連れて同乗すると決めた後のことである。
今回ばかりは、ミラがアークメイジのついでなのだ。
アークメイジは、メスタの育ての親とは友人なのだ。
だから、リディルは隊のこと、他の者たちを抑えるためと言って残ることを宣言し、そこにカルベローナが異論を挟んだ。
苛立った様子のリディルが言う。
『じゃあさーカルちゃん。聞くけど、三番隊から十二番隊、全員の名前と趣味、好きなもの言える?
無理でしょ? カルちゃんってさー、人のこととやかく言う癖して自分に甘いよねー。
内心でみんなのこと馬鹿にしてるんでしょ?』
だが、カルベローナは怯まずに言ったのだ。
『ええ、そうよ。彼女たちとわたくしは、決定的に合わないわ』
リディルが鼻で笑う。
『ほーらね。無理だよ。カルちゃんの言うことは誰も聞かない。
[魔術師ギルド]のおばさんみたいにできる?
全員のできること、やりたいこと、考えて、理解して行動できる?
……あたし残るからね。メスタちゃんにはメリーちゃんがつくし、
おばさんとミラベルちゃんだって行くんだから』
今回は先の戦いと違って、[ハイドラ戦隊]として出撃するわけでは無い。メスタの私用である。
それについていくメリアドールはある意味団長失格なのだろうが、それを言い出せばそもそも遊び歩いている[ハイドラ戦隊]は騎士団失格である。
だが、メスタを心配に思う気持ちもわかるのだ。
ミラも、それは同じだ。
しかしその気持を理由に、一番隊全員が行くわけにはいかないのだ。
その理屈も、わかるのだ。
だが、カルベローナは言った。
『……貴女は、それで良いの? 大切な友達でしょう?』
リディルが珍しく苛立った様子を見せ、これ見よがしに長いため息をつく。
『カルちゃんさぁ、ちょっとウザいよ』
『先日のことと良い、嫌な予感がするわ。貴女も一緒に行くべきよ』
リディルが舌打ちし、『だったら――』
と何かを言いかける。
同時にカルベローナが言った。
『だから、今回はわたくしが折れる』
リディルの眉間に皺が寄り、『何?』と不愉快そうに言う。
カルベローナが続ける。
『今回は、わたくしがあの子達に合わせる。
名前も、趣味も、好きなもの……。そんなの、とうに覚えているわ。
何度もあの子達と合同訓練を開こうとしてたこと、知っているでしょう?』
リディルが微かに目を泳がせ、
『……うん』
と小さくうなずいた。
『だけど、わたくしが折れて、あの子達に歩み寄ることにする。強い騎士団は……諦める。
そうすれば、リディルさんはメスタさんについていてあげることができるでしょう?』
長い沈黙の後、リディルはもう一度、うつむいたまま、
『……うん』
と小さく頷いた。
それは、カルベローナという女性の暖かさであると知ったミラは、母親とはこういうものなのかもしれないという感想を抱いていた。
自分にはいない、母親。
記憶にすら存在しない母の姿が、少しずつ形作られていくのミラは自覚していた。
それは、そうであったら良かったと思う願望である。
そしてすぐに、そうはならなかった現実へと引き戻されるのだ。
メスタにとって唯一の親が、死んだのだから。
※
広大な領土を占める[グランイット帝国]の北東に位置する[ウィンドヘイム地方]は、切り立った岩山と大森林で形成されている。
これより更にまっすぐ北東に行けば、美しく長命な種族である[エルフ]や光の届かぬ森の民[ダークエルフ]が住むエルフの国へと続く国境の門があり、付近に集落を構える[竜人の里]は、断崖絶壁と大森林を住居とした独自の文化を形成している。
帝国の中でも古い歴史を持つ[城塞都市グランリヴァル]であるが、同じくらい古く、立地の都合もあり外部との接触を避ける傾向がある彼ら[竜人]は、時代に取り残された種族である。
国からは街として認定されているが、里の[竜人]たちの反対もあり、未だに[飛空艇]の港を開設していないことも、それに拍車をかけている。
それでも、千年前の[竜戦争]、そして三百年前の[魔法大戦]では最前線で戦い、多くを屠った[竜人]という種は、敵からも味方からも戦闘民族として恐れられ、一定の敬意を持たれていることから彼らの主張は押し通るのだ。
[竜人の里]がある[ドロテア山脈]の入り口にある農村で獣車を降り、そこからは空路で行かねばならない。
[竜人の里]に続く道は、無いのだ。
早朝からずっと獣車を引き陸を走り続けていた黒竜は、休む間も無く首の後ろと背甲に装着された鞍にメスタ、ミラ、メリアドール、リディル、カトレアの五人を乗せ、飛び立った。
同時に黒竜は思う。
事情は理解した。だが何故こうなったのかがわからない。
ミラベルが約束を守ってくれたということで良いのだろうか?
だがそもそも目的は[竜人の里]に行くことでは無く、現代のリドル卿に会うことだったはずだ。
だと言うのにリドル卿のいない[竜人の里]に行く意味は果たして……。
もちろん、彼の残した研究結果などを見せてもらえるのだとしたらそれはとてもありがたいことだ。
だが……それを、メスタの前で果たして言えるだろうか?
親代わり、ということなので諸々の権利はメスタに移るだろう。
それを幸いと、いきなりキミの義父の資料とか全部見せて! と行くのは人としてどうかと考えてしまう。
それに、彼女たちの足となるのは別に良いとして、なんで翼持ってる自分が陸で獣車引かねばならんのだ。
最初から空飛べば済む話では無いのだろうか。
そんな不満を遠回しに言ってみると、帰ってきた答えが、『航空規制』であったため、黒竜は
「いやぁ近代的……」
と納得せざるを得なかったのは不幸なことである。
ここより更に北東に位置するエルフの国に、現在[飛空艇施設]建設の為の資材運搬が頻繁に行われており、しばらくの間は申請無しの空路は全面規制されているのだそうだ。
言われてみれば、立ち寄った小さな農村には不自然な点がいくつか見受けられた。
離れにある湖にはいくつもの巨大な船――[飛空艇]が停泊しており、人も多い。
であれば、やがてその農村はエルフの国との物流の中間地点になるのだろう。
金が降り、人が増え、豊かになっていくのだろう。
それはきっと良いことだ、と黒竜は考えながら、同時に気づく。
帰りもここから獣車を引かねばならないのか、と。
げんなりと気持ちを重くしながら、黒竜は[ドロテア山脈]の空を行く。
メスタ達と出会った[アガレス山脈]は、乾いた岩肌が目立つ山々ばかりであったが、[ドロテア山脈]は打って変わって緑が生い茂っている。
だが勾配はよりきつく、巨大な鳥型の魔獣らしき存在もそこかしこに見える。
とは言え、その魔獣たちは皆黒竜の姿を捉えた瞬間、慌てふためいて逃げ惑い姿を隠してしまうため、こちら側に危害が及ぶことは無かった。
ふと、筋肉をつけると自信がつくという話を思い出し、こういうことなのか? と勝手に自問し納得する。
ようやく人の集落が見えてきた頃には、既に日は落ちかけ空は赤く染まっていた。
[竜人の里]は、峡谷の合間に作られた小さく古い集落である。
いくつもの吊橋が網目のように張り巡らされたその光景は、空から見れば巨大な蜘蛛の巣のようにも見え、その異様さに黒竜はたじろいだ。
――ここに、人が住んでいるのか……。
橋からつながる中間地点には丸いこじんまりとした建物が点在しており、どうやらそれが彼らの住居のようだ。
その建物自体は、石で作られた塔のようになっており、一瞬[魔術師ギルド]のそれを連想したが、よく見ればいくつもの接着後が見えることから、今もなお少しずつ増築されている建物だとわかる。
案の定塔には見知らぬ言語が所狭しと書き連なっており、それが[付呪]なのだとわかればこちらの世界の科学の産物なのだろうと理解する。
だけどやっぱ地震怖いな、などと思いながら黒竜は首の後ろのメリアドールから指示が飛ぶ。
集落の端にある、塔の頂上に着地しろとのことだ。
ふと見れば、その塔は飛竜の発着場として使われており、黒竜よりも二回り以上小さな通常の飛竜種の姿が何匹か見える。
既に警戒していた飛竜とそれに跨った竜人たちが、長大なランスを手に持ち黒竜の周囲を固める。
あまり歓迎されていないのか? という黒竜の疑念は正しい。
[竜人の里]は、閉鎖的な空間である。
良質な[魔獣]を行者や騎士団に販売することで生計を立て、後は山の恵みによる自給自足の生活を行う者たちであるが、この里に住む者のほぼ全てが耳の後ろにまっすぐ伸びる二対の角を持つ大柄な種族、[竜人]である。
最も戦うことに特化した種、と聞かされた黒竜は、
「サイヤ人みたいなもんかな……?」
と勝手に納得し、指定された塔の上へと降り立った。
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