第37話:読書仲間と歴史の勉強
今日も今日とて、黒竜は自らに許された権限を駆使し、[書庫]に入り浸る。
相棒はいつものアリス・マランビジーだ。
訓練に全く参加していなかった彼女も、少しばかり最近は顔を出しているらしい。
が、黒竜が[書庫]に入ると彼女はいつもいる為、本当に訓練に参加しはじめたのかは疑わしい。
しかし、メリアドールには申し訳ないがその方がありがたいのだ。
今日も、アリスと協力して資料を探している。
ベルヴィン、という男の痕跡を追っているのだ。
どうやらガラバと同僚の初期メンバーらしいのだが……。
既に黒竜は幾つかの見当をつけている。
それは、死亡した順番――もっと言えば、[古き翼の王]に喰われた順なのかもしれない、と。
そして最後に、あの暗闇のせいで喰われ、主人格となったのが今の黒竜なのではなかろうか。
とはいえ、その説を立証するためにも、ベルヴィンの痕跡を、そしてどういう人物だったのかを探さねばならない。
だが、数時間ほどアリスと一緒に本を読み漁るも、何の成果もあげられないまま、空が赤く染まり日が沈み始める。
アリスがぐでーっと机に伏し、言った。
「ぐえーもう駄目ですぅー。
読んでも読んでもビアレスビアレスガラバビアレスでもーやってらんないって感じですぅ……。
はーもうこのすっとこどっこい共が、も少し脇に注目しろって感じで、んはぁ……」
歴史に残されているのは賢王と初代剣聖の伝説、武勇ばかりで残りの四人は本当におまけみたいな扱いだ。
殆どの資料が失われてしまった為、残りの四人についての記述は曖昧どころか資料によってバラバラだ。
曰く、そもそも存在しない。
曰く、実は普通に死人を出していたが戦意高揚のためあえて全員生存と嘘の情報を流した。
曰く、その四人は裏切ったから抹消されたのだ。
曰く、曰く――。
辛うじてわかったものと言えば、四人の内の二人の名前の一部だけだ。
片方は、ボ何とかさん。
もう片方は何とかラ何とかさんだ。
……これでは何も進展が無いのと同じでは、と黒竜は頭を抱えた。
アリスが言う。
「小説と現実がごっちゃになってて、どーすんですかこれ……」
良くある話なのだ。
佐々木小次郎だって本当は実在していないし、宮本武蔵の武勇だって割と眉唾ものがある。
織田信長は頑張る部下に甘いし、割と最後まで励ましてくれる人だったそうだ。
つまるところ、後世に伝わる歴史なのか創作なのかがもはや区別できないのだ。
辛うじてわかったボ何とかさんと何とかラ何とかさんも、資料によって名前がバラバラであり、一応ボとラだけ全部同じだから、という部分を重点的にさかのぼった結果、焼け落ちた紙にそこだけ残っていた、というのが発端らしい。
それに気づくまでどれだけの時間を無駄にしたか……。
ボンボルド、ボーン公爵、ボストン、ミラボレアス、クラーケン、ドラケンと、四人のはずの[盾]の名前が大量に見つかり、マランビジー家[暁の盾]説の辺りでアリスからストップがかかるまで、二人はフィクションの登場人物の軌跡を追い続けていたのだ。
「はぁー……でもうちが[盾]の家系説ははじめて見ました」
呆れ顔のアリスに、黒竜は一応問う。
「それは本当なの?」
するとアリスは目元をぐしぐしとつらそうにこすりながら言った。
「んなわきゃねーです。てか、うちってそもそも[盾]じゃなくて昔の王家の家系ですから。
あ、超超分家なんでそこら辺はよろしくぅですけど」
昔の王朝――記録の中で見た[ミュール]と呼ばれる者たち。
そこもまた複雑な話なのだ。
当然、諸説ある。
ビアレスはミュールから無理やり王朝を奪った。
本物のミュールは毒殺された。
いやいや実は明け渡したのだ。
いやいやいや、明け渡さざるを得ない状況を作り無理やり奪ったのだ。
黒竜は深い深いため息をつく。
「頭痛くなってきた」
「んはぁー、千年前ってやっぱきっついですねぇ。ベルヴィン、ベルヴィンですかぁ……。
……遡るのには遠すぎますぅ……うげぇー」
やがて、
「……帰りましょか」
と切り出したアリスの意見に賛同し、黒竜は帰路につく。
「んじゃあ明日もここにいますのでぇ、来るんだったらよろしくですぅ」
去り際にアリスはそう言ったが、え、キミ明日も訓練受けないの? という言葉は飲み込んだ。
メリアドールには本当に申し訳ないが、黒竜にとってはその方が都合が良いのだ。
こればかりは譲れない。
空を飛ぶと衛兵さんに怒られるので、えっちらおっちら道を歩き、ようやく[ハイドラ戦隊]宿舎の門が見えてきた。
途中で、隊で数少ない男同士ということですぐに仲良くなれた十三番隊の友人、ケルヴィン・マクスウェルから、ミラが目を覚ましたと聞かされた。
だが、
「面会の許可は折りないだろう。……すまんな[翼]の」
という申し訳無さそうな彼の言い分には、そりゃそうだと納得する。
[司祭]と[古き翼の王]が同時に同じ場所に存在する、それだけでも恐怖の対象なのだ。
それから、数日が経った。
黒竜は思う。
――会わせない、という理屈はわかる。
そういう隔たりは必要なのだ。
だから、黒竜は彼らに異論を挟むつもりは無い。
彼らの理には正しさがある。
無事ならば、良い。
本当にそれで良いと思ったのだ。
だと言うのに……。
「ほんっとムカつく! ていうかカルベローナって! あいつ! 年下じゃん!
知ってた!? 知ってました!?
わたし十五で、あいつ十四で、しかもついこの前誕生日だったとか、
もう十三歳みたいなもんじゃん!! はぁームカつく!」
黒竜に充てがわれた専用の大型飛竜小屋の寝藁の上で、ミラベルは鼻息を荒くしていた。
黒竜は慌てて周囲の様子をきょろきょろと覗い、小声で言った。
「いや何で来とるんだキミ……」
それで良いと決意したのは何だったのか。
少しばかり虚しくなった黒竜はため息をつく。
「で、聞いたんですけど」
と、ミラが切り出した。
「――聞いたこともない[盾]のベルヴィンと、[遺産]ですか。……本当にあると思うんです?」
既に、ザカールが[遺産]を求めているという話まで広まっている。
そしてベルヴィンに関してもメリアドールを通じて調査のお願いもしているのだ。
そこからミラにも伝わったのだろう。
「ベルヴィンに関しては、お手上げだ。ビアレスとガラバしか出てこない。
[遺産]は……ある、と……聞いたんだけどもね。実際扱いってどうなのだ?」
ミラはすぐに答える。
「眉唾ですよそんなん。千年探して影も形も無いんですから。――でも信じてる人は多いです。
冒険者もだいたいそれ目当てですし」
一攫千金というやつなのだろう。
浪漫を追い求める気持ちはわかる。
しかし――。
「ミラ君は冒険者なのに信じていないのか?」
問うと、ミラはまたすぐに答えた。
「あー、わたしそういうんじゃないので。わたしはただ……」
彼女は途中で言葉を止め、ほう、と息を吐き小屋の天井を眺める。
ふと、妙な感覚に黒竜は襲われた。
寂しいような、悔しいような、そんな気分だ。
だが、何故今そんな感情に襲われたのかがわからない。
これは何だ――?
ミラが、
「……先生の、方針ではあるんですけど」
と前置いてから言う。
「今救えるものを救うために、あるかもわからない未知よりも、
あるとわかっている未知を解明するほうが先である。
でなければ、人々は理想と希望に殺される。
……これ、お母さんのことがあってのことだと思うんです。
だから、[魔術師ギルド]では[遺産]からは手を引いてて――あっ」
ふと、彼女は何かを思い出し、続けた。
「一人――[遺産]のことも、ベルヴィンのことも知ってそうな人に会ったことがあります。
一度だけ、ですけど」
「――本当か」
黒竜はその話題に飛びついた。
彼女はこういう大事なもので嘘を言う子では無いことはわかっている。
「はい。メスタの――育ての親なんですけど」
「メスタ君の……」
黒竜は、彼女の家庭の事情を知らない。
踏み入るべきでは無いと思っているし、幼少から住み込みで働いていたともなれば決して楽しく語れる話では無いと思うからだ。
「わたしが会ったのは、メスタと知り合う前だったんですけど
――[竜人の里]の語り部、リドル卿」
「リドル――」
思わず、黒竜は言葉を反芻し、仰天して言った。
「え、まだ生きてるの!? [暁の勇者]の!?」
「え、生きてないですけど」
「ん!?」
「んん?」
「え、どういうこと?」
「ですから、リドルの名は襲名制で、代々受け継いでるだけですって」
「あ、ああ――そういう……」
一気に何もかも解決するかもしれないという期待から即座に現実に引き戻され、黒竜は落胆する。
「だけど、伝えられていることだってあるのかもって思いました。
――ザカールが[遺産]目当てなら尚のことです。団長に聞いてみます?」
「え、何を……?」
「会いに行けないかって」
「それは……嬉しいけど、[竜人の里]ってところにいるんでしょ? 何か遠そう」
「遠いですけど、団長って押して押して押しまくればだいたい折れてくれるから何とかなると思います」
「押しまくればって……」
すっとミラの瞳に薄暗いものが宿る。
彼女は淡々と言った。
「最近訓練少しずつ受けるようになって来たみたいなんですけど、
事務とか報告とか全部人任せなんです。
疲れたからって理由で。そのしわ寄せを、わたしは毎日やらされてます」
「は、はい……」
遠回しにアリスと一緒に[書庫]通いをしていることを咎められたような気がして、黒竜は思わず敬語になる。
「……というわけで、こっちもワガママ言います。ま、大丈夫でしょ、たぶん」
「たぶんかぁ……」
「そうです、たぶんです」
そう言いながらミラベルは立ち上がり、ぐっと伸びをした。
「じゃ、今日から毎日団長に頼み続けてみますんで」
「毎日……」
「一週間くらいしたら根負けしてくれるかもしれないんで、そしたらまた来ますね」
「あ、ああ、うん……よろしく」
メリアドール君かわいそうだなと心から思ったが、チラつかされた希望の方に縋ってしまった黒竜は、内心でこっそり謝るだけに留めた。
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