第15話:冒険者ドラゴンの日常
騎士とは普段は何をしているのだろうか。
本来ならば、常日頃から訓練を詰み、警戒任務に当たったりとやることはいくらでもあるだろう。
厳しい訓練に明け暮れる毎日なのだ。
実際、騎士とは違えど民を守るという意味では同じ街の衛兵たちは毎日見回りをしているし、一見暇そうにしている門番だってそこに立っていることが仕事なのだ。
……では、基本的に高位の貴族のみで形成され、咎められることが無く、咎めることもできず、それでいて不真面目な騎士団は普段何をしているのか……?
答えは実に簡単だった。
彼女らは、何もしていないのだ。
本人たちにしてみれば、お茶会で忙しいだとかパーティで忙しいだとかそういう言い分はあるだろう。
だがそれは仕事とは言えない。
かろうじて、ギリギリまともと言えなくは無い部隊も二つほどあったが、それでも休みの日の方が多いのだ。
結果として、一応[ハイドラ戦隊]の一番隊所属となった黒竜とミラは騎士団としての仕事など無く、殆どの日々を冒険者として過ごす羽目になったのは不幸なことでは無い。
むしろあっちのお茶会やらパーティにつきあわされた方が面倒に思えたので、これで良いのだと黒竜は考えている。
だから、黒竜は騎士団の所属を前向きに捉えることにした。
即ち、身分証明証のようなものなのだと。
[禁書庫]には到底入れるようになるとは思えない。
が、騎士団所属という肩書は決して無為なものではないのだ。
それに、もう銅級の冒険者だ。街の外での依頼をこなせるのだ。
それは黒竜にとっては希望のあることだし、やることがあるというのは良いことである。
とは言え、薬草採取といった専門的な知識を必要とする依頼には資格が必要であり、基本的に銅級なりたての黒竜がこなせる依頼では無い。
だから、[魔術師ギルド]では実力者だったらしいミラを同伴していた為、薬草採取の依頼を受けることができたのは幸いである。
それだけで無く、黒竜は同じく銅級の冒険者数名を引き連れ、都市郊外の森にまでやってきたのには[冒険者ギルド]側の依頼も兼ねているのだ。
ミラが手際よく採取していく薬草を、銅級の若い魔道士と治癒士が真剣に眺め、筆ペンのようなもので紙の本に何かを記述していく。
黒竜からしてみればどれもかれもちんぷんかんぷんであったが、ミラの若い魔道士への説明によれば、よく見れば特徴がある、葉のギザギザ、根の付近、などなど、見分ける手段はたくさんあるそうだ。
それを聞いた上で、隣にいた同じく若い剣士が、
「ぜんっぜんわかんねぇ……」
とぼやく。
すぐに同じく銅級の弓使いが、
「俺も俺も」
と続き、最後に黒竜が、
「私も私も」
と続くと、剣士と弓使いは吹き出した。
「ノリ軽っ!」
「うはは、最初すっげえおっかなかったけどドラゴンさんフレンドリーな!」
結局、黒竜はギルドへの登録名を決められなかった。
それは半ば、自分の記憶を必ず取り戻すのだという決意でもあるし、名は元の世界の自分のものであるという意味も込めている。
自分はドラゴンではないという現実への抵抗であるが、その所為で他の者たちに迷惑をかけてしまっているという自覚もあり、黒竜は基本的に低姿勢で他者に接していた。
ふと、剣士の青年がつぶやく。
「でも、ギルドの天才魔導師に[引率依頼]してもらえるなんてなー」
[引率依頼]とは、[冒険者ギルド]の仕組みの一つである。
簡単な討伐依頼や採取依頼の荷物持ちを別の冒険者に依頼し、戦い方や経験を積ませる。そしていくらかの報酬をギルドからもらえるという仕組みだ。
実際ミラはギルド最年少の白銀ということもありなかなかの有名人であり、結構憧れの的だったのだそうだ。
ここ最近ミラと黒竜はそういう依頼ばかりを繰り返している。
とは言え、黒竜自体が銅級の為、黒竜もまた引率されている側であり、まずは銀級への昇級資格を得るための青銅級を目指さなけれければならない。
ミラにはその手伝いをして貰っているのだ。
ふと、パワーレベリングという単語が脳裏に思い浮かび、黒竜は苦笑した。
こんなでかい図体をしていて、助けてもらう側なのだ。
だがそれは、黒竜の孤独を少しばかり埋めてくれるものであり、あの時危険を顧みず彼らを救うことができた自分を肯定するものでもある。
だから、これで良かったのだ――。
もちろん、ミラもただ慈善活動でこんなことをしているわけでもない。
黒竜の体のありとあらゆる箇所に薬草を入れるための網カゴが大量にくくりつけられている。
黒竜の巨体と、飛行能力を当てにし、ミラは毎度毎度複数の薬草採取依頼を同時に受け持っているのだ。
薄利多売というやつなのだろう。これが案外金になるのだそうだ。
しかし、長くは続けられないだろう。
黒竜がこうやって運搬や薬草採取の同時受注をこなすことができているのは、言ってしまえば銅級の冒険者、即ち報酬の安さがあるからだ。
それ以上の値が張れば、国や[商人ギルド]や所持している[飛空艇]があるわけだし、熟練の魔獣使いが行使する飛竜隊だっている。
あくまでも、今だからこそできるちょっとしたお使いでしかないのだ。
なるべく早く銀級へと昇級しなければ――。
だが、仮に青銅級に上がれたとして……。
(――筆記試験あるんだよなぁ)
焦燥が鈍い疲労となり、黒竜は小さくため息をついた。
「お疲れです?」
ふとミラが気遣うと、黒竜は「いや」と首を振り、嘘をつく。
「ものはやりようだなと、少し驚いていただけだ」
「そう?」
とミラが首を傾げ、ちらと籠の中身の薬草を確認していく。
「それだけ大きな体で、翼があって空を飛べるなら、下手に討伐依頼をこなすよりも運搬とか採取の方が良いかなって思ったんですけど。……嫌でした?」
「まさか。殺したり壊したりとかはちょっと苦手なのだ。こういう方が良いし、やりがいもある」
これは事実である。
最初に戦った相手が土塊で良かったとしみじみ思う。
あれが人間同士、そうでなくても生き物であったのなら、黒竜は迷ったかもしれないのだ。
人だろうと獣だろうと、殺し――もっと言えば、血を見たくないのだ。
スーパーに売ってる魚くらいなら大丈夫だが、生きた状態から包丁を入れるのは無理だし、夜少し眠れなくなるレベルだ。
「そうですか。――良かったっ」
一度笑みを浮かべてから、ミラは魔道士と治癒士に向き直った。
「んじゃ、ここからは二人で薬草を採取してみてください」
二人が肩をこわばらせると、ミラは二人の肩に優しく触れる。
「大丈夫です、この辺りには毒のあるものは滅多に無いし、ちゃんとわたしが確認しますので。それから――」
ミラは剣士と弓使いに二人の護衛と周囲の警戒を指示すると、計四人の冒険者たちはミラの視界の届く範囲でそれぞれの役目を全うし始める。
ふと、黒竜はミラに問う。
「なあミラ君。キミは……その、なんだ。魔法や薬の知識がとても、ある、と考えて良いのか?」
それは前々から気になっていたことである。そもそも黒竜は、一般常識すら知らないのだ。戦闘能力だけなら黄金級と言われていたメスタのことだって、そもそも比較対象の黄金級のことがわからないし、[魔術師ギルド]の天才魔導士と言われたって何がどう天才なのかまるでわからない。
だが、ここ数日共にこなした銅級冒険者たちからの羨望の眼差しを見るに、彼女(メスタもだが)は相当の使い手らしいことが良くわかるのだが……。
ミラは腕を組しばらく考えてから言った。
「んー……。とても、かはわからないです。途中で投げ出して冒険者なっちゃいましたし。でも[魔術師ギルド]にいた頃はだいたい全部一番でした」
「だいたい全部て……それ滅茶苦茶凄いじゃないか……」
あっけらかんと言ってのけたミラに、黒竜は少しばかり呆れてつぶやいた。
だが、ミラは自慢する素振りを見せずに苦笑する。
「早く戦えるようになりたかったんです。……お金、必要でしたから」
姉の為、という彼女の理由を思い出した黒竜は、
「そうか」
とだけ返し考え込んだ。
立派な理由だと思うし、自分が十五の頃は勉強で悩み、恋で悩み……即ち、彼女とはまるで違った。というかどちらかと言えば毎日ほぼ遊んでいるらしい[ハイドラ戦隊]の子ら側に近いかもしれないという自覚もあった。
が、今黒竜が気になっているのはそこではないのだ。
黒竜は意を決し、もう一度ミラに問う。
「ああ、その……[言葉と息]について、知ってたりするのだろうか? ギルドでは教えてくれるのか?」
すると、ミラはキョトンとした顔になり、首を傾げる。
「え、と……? まあ、歴史ってことで一応……」
それを聞いた黒竜は、ぱあっと表情を明るくする。
これはいよいよ彼女になんでも聞くことができるのではなかろうか。わからないこと全部教えてくれるのではなかろうか。『知っているのかミラ君!』の一言でなんでも答えてくれる役を期待して良いのではなかろうか。
「お、おお。で、だ。聞きたいのだけれど……。私、そこら辺のこと全然知らんのだ」
「えっドラゴンなのに……?」
「ド、ドラゴンだからそれ知ってなきゃおかしいとはならんでしょ?……あ、なるの?」
ふと不安になっておずおずと聞くと、ミラは目をぱちくりと瞬かせ、怪訝な顔になる。
「からかってます?」
「いや、無いです。……キミしか頼れんのだ。頼む、この通り」
黒竜は頭を垂れ顎を地面にぺたりとつけ懇願する。
プライドや面子は捨てた。
家族に合うためだ、子供に頭を下げることで道が切り開かれるのなら安いものなのだ。
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